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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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木剣

 木剣は、思ったより重かった。

 長さは七十センチくらい。素材は普通の木じゃない。魔素を含んだ硬木で、ずっしりとした重量感がある。握ると、じんわりと手に馴染む——ような気がするのは気のせいだろう。俺にはまだ、魔力がない。

「全員、構え」

 教官の声が訓練場に響いた。

 石畳の上に百人近い新入生が並んでいる。全員が木剣を持ち、教官の指示を待っている。

「基本の構え。右足を前、左足を後ろ。膝を軽く曲げろ。剣は正面に。肩の力を抜け」

 教官が見本を見せる。滑らかな動作。無駄がない。

 俺は見よう見まねで構えた。右足前、左足後ろ。膝を曲げて——

「お前、腰が高い」

 教官が素通りざまに言った。俺だけじゃなく、ほとんどの新入生に何かしら指摘している。でも、その後に付け足した一言が刺さった。

「ランク外の転移者か。まあ、焦るな」

 ——焦るなと言われると、焦る。


 素振りが始まった。

 上段から振り下ろす。基本中の基本。教官の掛け声に合わせて、全員が同時に木剣を振る。

 一回。二回。十回。三十回。

 隣のユウスケの動きが見えた。初日とは思えない。体幹がぶれない。足の運びが安定している。教官が通りかかって足を止めた。

「お前、何か武道をやっていたか」

「……元の世界で、剣を少し」

「なるほど。筋がいい」

 教官が去った後、離れた場所からルーク先輩がユウスケを見ていた。腕を組んで、無言で。でも小さく頷いた。認めている目だった。

 ユウスケは強い。最初から強い。

 ——俺は。

 五十回目で腕が震えた。百回目で握力がなくなりかけた。振り方がバラバラだと自分でも分かる。右に流れたり、軌道が曲がったり。周囲の生徒と比べても明らかに下手だ。

 二人組で打ち合いになった時は、もっとひどかった。

 相手の木剣が見えない。見えているのに、体が反応しない。三合で弾き飛ばされた。尻もちをつく。周りから笑い声が聞こえた。

「おい、あいつランク外だぞ」

「マジかよ。なんで剣術の授業受けてんの」

 聞こえている。全部。

 俺は立ち上がって、木剣を拾った。また構えた。


    ◇


 昼休み。中庭のベンチで一人、木剣を膝に置いて座っていた。手のひらが赤い。まめができかけている。

 通りかかる生徒たちの視線を感じる。「ランク外」はもう学園中に知れ渡っている。

「転移者か。ランク外がいるとは聞いていたが」

 声。頭上から。

 見上げると、一人の男が立っていた。

 端正な顔立ち。きっちりと整えられた銀灰色の髪。制服の胸元の宝石が青白く光っている。そして——雰囲気が違う。周囲の新入生とは明らかに。

「よく入学できたものだな」

 感情のない声だった。見下しているのとも違う。ただ事実を述べている、という態度。

 ユウスケが一歩前に出た。「何の用だ」

「別に。ただの確認だ」

 男がユウスケを見た。少しだけ、目の色が変わった。

「お前は多少マシだな。風属性か。午後の授業で会うだろう」

 ユウスケには声をかけて——俺は無視だった。視界に入っていないかのように、男は背を向けて去っていった。

「……誰だ、あいつ」

 近くにいた生徒が教えてくれた。

「ディオン。入学時からCランク。新入生じゃ最強って言われてる」

 Cランク。一人前の騎士レベル。入学時点でそれは異例らしい。

「没落貴族の家だって聞いた。名前だけ残ってて、金はない。実力で這い上がるしかないんだと」

 ——俺と同じだ。何も持っていない場所から始めている。

 でも、あいつには才能がある。実力がある。

 俺には、何もない。

 拳を握った。悔しい。でも——悔しいと思えるなら、まだ終わっていない。


    ◇


 放課後。訓練場に残ったのは俺一人と、セリア先輩だけだった。

「さて」

 セリア先輩が木剣を構えた。夕暮れの光が訓練場を赤く染めている。

「基礎からやり直すわよ。構え」

「はい」

「足。違う。もっと広く。——そう。次、腰。落として。もっと。手首の角度が高い。下げなさい」

 一つ一つ直される。全部ダメ。足も、腰も、手首も、肩も、目線も。

「振って」

 振った。

「遅い。もう一回」

 振った。

「軸がブレてる。もう一回」

 振った。振った。振った。

 五十回。百回。手のひらのまめが潰れた。血が木剣の柄に滲む。

「先輩……一つ聞いていいですか」

「何」

「俺に、才能はありますか」

 セリア先輩が木剣を下ろした。俺を見た。数秒の沈黙。嘘をつかない目だ、と思った。

「ないわね」

 はっきり言われた。分かっていたけど、胸に刺さった。

「あなたには剣の才能はない。体術の才能も、魔力の才能も。今のところ、何一つ突出したものは見当たらない」

「……そうですか」

「でも」

 セリア先輩が微かに笑った。

「あなた、諦めないでしょう」

「……はい」

「それが一番大事なのよ。才能がある人間は、壁にぶつかると折れる。自分が特別だと思っているから、特別じゃなくなる瞬間に耐えられない。でもあなたは——最初から何もない。だから折れない」

 セリア先輩が木剣を構え直した。

「何もないところから積み上げた人間は、強いわよ。私が保証する」

 その言葉が、暗くなりかけていた胸の奥に、小さな火を灯した。

「——もう百回、振れる?」

「振れます」

「嘘ね。腕、震えてるもの」

「震えてても振れます」

 セリア先輩が笑った。今日一番の笑顔だった。

「いい返事。——じゃあ、振りなさい」


    ◇


 寮に帰ったのは日が暮れてからだった。

 腕が上がらない。握力がない。箸を持つのも辛い。食堂でフタバが「ワタル先輩、大丈夫?」と心配してくれたが、「平気」と笑って流した。平気じゃない。

 風呂に入って、ベッドに倒れ込んだ。全身が叫んでいる。もう動きたくない。

 ——でも。

 起き上がった。

 木剣を持って、寮の裏庭に出た。

 月明かりの下。一人で木剣を振る。腕が痺れている。手のひらの傷が痛い。それでも振る。

 一回。五回。十回。

 ——足音。

 振り返ると、ユウスケが立っていた。

 木剣を持っている。

 何も言わなかった。俺の隣に立って、同じように振り始めた。

 ユウスケの素振りは綺麗だ。俺のとは全然違う。でも、俺は俺の振り方で振る。下手でも、不格好でも。

 二人で黙々と振った。虫の音が聞こえる。二つの月が照らしている。

 三十回。五十回。七十回。百回。

 腕が限界だった。次の一振りで木剣を落としそうだった。

 ——百一回目を、振った。

 隣でユウスケが、ほんの少しだけ口角を上げたのが見えた。


 俺には才能がない。

 でも、ここにいる理由くらいは——自分で作る。

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