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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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二つの月

 眠れなかった。

 ベッドの中で何度も寝返りを打って、天井を見て、目を閉じて、また開けた。

 ランク外。その二文字が消えない。

 昼間の講堂。光の文字が点滅して、「ランク外」と表示された瞬間。周囲のざわめき。「あいつだけ一般人」という声。

 ——悔しいのは、否定できないからだ。

 ユウスケには風がある。ハルカには光がある。フタバには火があって、リクトには地がある。俺にだけ、何もない。それが事実で、覆しようがない。

 右手を見た。暗がりの中で、自分の手のひらを見つめた。あの夜、黒い光が弾けた手。でも今は、何もない。

 時計を見た。深夜二時。

「……散歩でもするか」

 ベッドから出て、上着を羽織った。寮の廊下に出る。魔素灯が夜間モードで、淡い青白い光を放っている。静かだ。自分の足音だけが響く。


 廊下の突き当たりに、大きな窓がある。

 月明かりが差し込んでいた。二つの月。大きい方の月が、校庭を銀色に照らしている。

 ——何か、動いた。

 校庭の向こう。学園の外壁沿いに、影が移動している。

 人影だ。一つ、二つ。三つ。——数えきれない。

 俺は窓に顔を近づけた。


 騎士だった。

 鎧を着た騎士たちが、一列に並んで歩いている。整然と。一定の間隔で。一定の速度で。

 足音がない。

 あれだけの人数が歩いているのに、一切の音がしない。革靴が石畳を踏む音も、鎧が擦れる音も。まるで影だけが歩いているみたいに、無音で進んでいく。

 月明かりが、先頭の騎士の顔を照らした。

 ——目が、空っぽだった。

 昨日、城の廊下ですれ違った騎士と同じだ。光がない。表情がない。生きている人間の目じゃない。

 五人。十人。二十人。次々と外壁沿いを通過していく。全員が同じ虚ろな目。同じ無表情。同じ歩幅。

 人形の行進だ。

 背筋が凍った。


「——見たのね」


 声。すぐ後ろから。

 跳ね上がるように振り返った。

 セリア先輩が立っていた。腕を組んで、壁にもたれている。いつからいたのか分からない。

「せ、先輩……」

「眠れないのは分かるわ。でも深夜に寮を出歩くのは感心しないわね」

「あの人たちは——」

「ナンバーズ」

 セリア先輩が窓の外を見た。声の温度が、少し下がった。

「王族直属の最強戦力。通常の騎士団とは別の指揮系統で動く」

「最強……?」

「一人で騎士十人分の戦力があると言われている。痛みを感じない。恐怖も感じない。疲労もしない。命令に絶対服従する、完璧な兵器」

 兵器。人間を、兵器と呼んだ。

「あの人たちは……生きてるんですか」

 セリア先輩は少し黙った。

「……生きてはいるわ」

 声が小さくなった。

「でも——もう、人間じゃない。かつては優秀な騎士だった。私たちと同じように学園で学び、剣を振り、仲間と笑い合っていた人たち」

 ——だった。過去形だ。

「何が、あの人たちをあんな風に?」

 セリア先輩が俺を見た。目が鋭い。でも、その奥に——怯えがあった。この人も、怖いんだ。

「……忘れなさい」

「でも——」

「忘れなさい、ワタル。あなたには関係のないことよ」

 セリア先輩が背を向けた。

「部屋に戻りなさい。明日から訓練が始まるんだから。寝不足では剣も振れないわよ」

 足音が遠ざかっていく。

 俺は窓の外を見た。ナンバーズの行列は、もう見えなくなっていた。

 ——忘れろ、と言われた。

 でも、忘れられなかった。あの虚ろな目が、脳の奥にこびりついて離れない。

 かつては笑っていた人たち。仲間がいた人たち。

 それが——ああなった。


    ◇


 部屋に戻る気になれなくて、屋上に出た。

 夜風が冷たかった。見上げると、二つの月が並んでいる。星が多い。元の世界より、ずっと多い。

 ——先客がいた。

「ハルカ」

 屋上の柵にもたれて、空を見上げている横顔。風が長い髪を揺らしている。

「……ワタル」

 ハルカが振り返った。少し驚いた顔。でもすぐに、いつもの穏やかな表情に戻った。

「眠れないの?」

「ああ。……お前もか」

「うん」

 隣に立った。二人で月を見上げた。しばらく、何も言わなかった。

 風の音だけが聞こえる。遠くで虫が鳴いている。この世界の虫は、少し音程が高い。

 沈黙は気まずくなかった。ハルカとの沈黙は、昔からそうだ。何も言わなくても、隣にいるだけで落ち着く。

「怖い?」

 ハルカが聞いた。空を見たまま。

「……少しだけ」

 正直に答えた。ハルカの前では、格好をつけられない。

「この世界のこと。帰れるか分からないこと。俺だけランク外なこと。……全部、少しだけ怖い」

「うん」

「お前は?」

「私も。怖い」

 ハルカが俺を見た。月明かりの中で、目が少し光っていた。泣きそう——じゃない。違う光だ。

「でも、ワタルがいるから大丈夫」

「……俺、ランク外なのに?」

 自嘲するつもりはなかった。でも口に出たら、思ったより情けない声だった。

 ハルカが笑った。

 月明かりの中で、柔らかく笑った。

「ランクなんて関係ないよ」

 真っ直ぐに、俺を見て言った。

「ワタルはワタルでしょ」

 ——ずるい。

 なんでこいつは、こういう時にこういうことを言えるんだ。

 胸の奥がじわっと温かくなった。さっきまで凍っていた場所が、溶けていくみたいに。

 目が熱くなりそうで、空を向いた。二つの月が滲んで見えた。

「……サンキュ」

「どういたしまして」

 また沈黙。でも、さっきまでとは違う沈黙だった。温かい沈黙。

 右手がかすかに疼いた。あの黒い光の残響。痛みじゃない。何かが応えるみたいに、脈打っている。

 俺は何者なんだろう。この右手には何があるんだろう。

 分からない。でも——隣にハルカがいて、同じ月を見ている。それだけで、もう少し頑張れる気がした。

「明日から、剣の訓練だ」

「うん。頑張ってね」

「ああ。——ランク外から始めてやる」

 ハルカが笑った。今度は声を出して。

「ワタルらしい」

 二つの月が、俺たちを照らしていた。

 明日から、剣と魔法の授業が始まる。

 何も持っていない俺だけど——隣に、みんながいる。

 それだけで、もう少し走れる。

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