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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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魔素炉のシチュー

 学園で一番楽しみにしていた場所がある。

 食堂だ。


 食堂が、すごかった。

 広い。学校の体育館くらいある。天井から魔素灯が吊り下がっていて、温かい光で満たされている。

 カウンターの奥に巨大な石窯——じゃない、魔素炉がある。青白い炎が燃えていて、その上で鍋や鉄板が浮いている。料理人が手を振ると、炎の大きさが変わる。魔法で火力調整。

 トレイを持って列に並ぶと、料理が盛られた。

 焼きたてのパン。分厚い。外がカリカリで、中がふわふわなのは見た目で分かる。

 魔獣肉のシチュー。赤茶色のスープに大きな肉の塊が沈んでいる。湯気と一緒に、濃厚な匂いが立ちのぼる。

 果物のジュース。見たことのない紫色の果物を絞ったもの。

 席について、食べた。

「——うま」

 シチューが美味い。肉が柔らかい。箸で——いや、フォークで持ち上げるとほろりと崩れる。スープが深い。コクがある。何時間煮込んだらこうなるんだ。パンにつけて食べると最高だ。パンが汁を吸って、口の中で全部混ざる。

 匂いがすごい。焼きたてのパンの香ばしさと、シチューの濃厚な湯気と、果物のジュースの甘酸っぱさが混ざっている。食堂全体が美味い匂いに包まれている。

「これなに!? おいしい!!」フタバが目を見開いた。二口目に入る前に叫ぶな。

「魔素炉で調理すると分子レベルで——」

「難しい話はいいから食べて!」

 リクトの説明をフタバが遮った。

 ユウスケは黙々と食べている。美味い時のこいつは無言になる。三杯目のスープに手を伸ばした。一杯目が美味い時の倍速で食べている。

 ハルカがスープを一口飲んで「おいしい……」と小さく微笑んだ。目を閉じて味わっている。ハルカは食べ方がきれいだ。フォークの持ち方。スープの飲み方。隣で見ているだけで行儀が良くなる気がする。

 周囲のテーブルでは、他のクラスの生徒たちが食事をしていた。剣士クラスの大柄な男子が肉を丸ごとかぶりついている。魔法クラスの女子が果物を分け合っている。後輩らしい小さな子がトレイを落としそうになって、先輩に助けられている。

 ——学食の風景は、元の世界と似ている。少し騒がしくて、美味い匂いがして、誰かが笑っている。

「……カレーが食べたいな」

 俺がぽつりと言った。

「分かる」

 ハルカが即答した。

 そう。美味い。この世界の料理は美味い。でも——あの味が恋しい。フタバのお母さんが作ってくれたカレー。学校帰りに寄ったラーメン屋。コンビニのおにぎり。

 元の世界の、当たり前の味。

「フタバはこれで満足! おかわり!」

 フタバがトレイを持って立ち上がった。切り替えが早い。羨ましいくらいだ。

 二杯目を食べているフタバの隣に、大きな影が立った。ガルド先輩だ。自分のトレイに山盛りの肉を載せている。

「お前、俺より食うのか」

「食べ盛りです!」

「はっはっは! いい食いっぷりだ!」

 ガルド先輩が豪快に笑った。フタバも笑っている。この二人、気が合いそうだな。


 ——ふと、食堂の隅に目がいった。

 窓際の席に、一人で食事をしている人影。

 金髪。まっすぐな背筋。昨日、玉座の間の柱の影に立っていた少女。

 リーシャだ。

 王女。

 周囲の席は空いている。誰も近づかない。近づけないのか、近づきたくないのか。リーシャはそれを気にする様子もなく、静かにスープを飲んでいた。

 ——一人は、寂しくないのかな。

 そう思った。でも声をかける勇気はなかった。ランク外の俺が王女に話しかけるなんて、場違いにもほどがある。

 ハルカが俺の視線を追って、リーシャを見た。

「……一人だね」

「ああ」

「話しかけないの?」

「……今は、やめとく」

 ハルカが小さく頷いた。何も言わなかった。


    ◇


 夜。寮の自室。

 ベッドに仰向けになって、天井を見つめた。

 ランク外。

 その二文字が、頭の中でぐるぐる回っている。

 みんなはDランク。新人としては標準以上だと言われた。俺だけがランク外。属性なし。昨日の魔力測定では球体が壊れて、今日のランク測定でもゼロ。

 何もない。

 俺には——何もない。

 拳を握った。右手。あの光を放った右手。

 あれは何だったんだ。あの瞬間、確かに何かがあった。でも、測定には何も出なかった。

 昼間、笑って見せた。平気な顔をした。でも本当は——悔しい。

 みんなの隣に立ちたい。みんなと同じ場所にいたい。守りたいって言ったのに、守る力がないなんて。

「……くそ」

 小さく呟いた。

 天井の魔素灯が、淡い光で部屋を照らしている。窓の外に、二つの月。

 ——でも。

 セリア先輩が言った。「やめなければ、可能性はゼロじゃない」。

 俺はまだ、やめていない。

 明日から特訓が始まる。ランク外でも剣は振れる。振るしかない。何百回でも、何千回でも。

 右手を持ち上げて、天井に向けた。

 何もない手。何も出ない手。——でも、あの夜、確かに黒い光が弾けた手。

 この手の中に、何かがある。

 まだ分からない。でも——ある。

 胸の上に手を置いた。心臓の音が聞こえる。生きている。ここにいる。

 ——いつか、この手で誰かを守れるだろうか。

 

 今日のことを思い返す。

 食堂のシチュー。フタバの「おかわり!」。リクトの「分子レベルで——」。ユウスケの無言のおかわり。ハルカの穏やかな笑顔。

 一人で食堂にいたリーシャの横顔。——いつか、隣に座れるだろうか。

 明日の朝も食堂に行く。フタバが笑う。ユウスケが無表情で食べる。ハルカが「おいしいね」と言う。リクトが何かを分析する。

 ——この日常を、守りたい。


 俺だけがランク外。俺だけが、何も持っていない。

 ——だけど。右手の奥で、何かが待っている気がした。

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