戦友
前線基地で、友達ができた。
カイル。俺と同い年の騎士。茶色い髪。人懐っこい笑顔。こっちが黙っていても勝手に話しかけてくる。
「お前が闇属性のワタルか! 噂は聞いてる。すげーな!」
「……噂?」
「魔族の精鋭を一人で三体倒したって。英雄じゃん」
「英雄なんかじゃない」
「謙遜すんなよ! 俺なんかDランクだぜ。平凡もいいとこ。でもま、平凡なりにやってるさ」
カイルは前線生まれの騎士だった。実家は街の飯屋。両親と妹がいる。
「妹がさ、お前んとこのフタバに似てるんだよ。元気で泣き虫で。まっすぐで」
「フタバに似てる?」
「そ。だからフタバ見てると妹を思い出す」
フタバもカイルに懐いた。「カイルお兄ちゃん!」と呼んでいた。カイルが「お兄ちゃんって歳でもないけどな」と笑っていた。
カイルは料理ができた。前線の粗末な食材で、驚くほど美味い料理を作る。
「実家が飯屋だからさ。親父に仕込まれた。包丁より先に剣を握ったけど、包丁の方が上手いかもな」
ある夜、カイルが作ったスープをみんなで飲んだ。温かくて、優しい味。香辛料が効いていて、体の芯まで温まる。
「美味い」ユウスケが二杯目を取った。ユウスケがおかわりするのは本当に美味い時だけだ。
「でしょ。母さんのレシピ。前線じゃ材料が足りないけど、味だけは再現できるんだ」
ハルカが「ワタルのカレーに少し似てる」と言った。カイルが「カレー? 何だそれ」と興味を示した。
「元の世界の料理だ。今度作る」
「約束な。俺のスープと交換だ」
ある夜。焚き火を囲んで話した。
「戦争が終わったらさ、実家の飯屋を継ぐんだ」
「飯屋か」
「親父の代から続いてる。大した店じゃないけど、常連がいてさ。スープが美味いんだ。母さんのレシピ」
「スープ」
「ああ。具がたっぷりで、温かくて。——帰ったら食わせてやるよ。お前たちにも」
カレーの話をした。フタバのお母さんのカレー。元の世界の味。
「カレーか。食ったことないな。美味いのか」
「世界で一番美味い」
「ははっ。じゃあ俺の母さんのスープと勝負だな」
笑い合った。焚き火の光の中で。
——普通の夜だった。何も特別じゃない夜だった。
◇
翌日。偵察任務。
ワタル、ユウスケ、フタバ、カイル。四人で森を抜ける。
魔族の領地の境界付近。静かだった。静かすぎた。
「……嫌な予感がする」ユウスケが呟いた。
その瞬間——木の陰から影が飛び出した。
魔族の兵士。二体。大型。黒い鎧に赤い紋章。
速い。学園で戦った魔物とは次元が違う。殺意が本物だ。
ユウスケが双剣を抜いた。ワタルが闇の剣を生成した。
一体目はユウスケが斬った。風が閃いて、魔族の鎧を切り裂いた。
二体目が——フタバに向かった。
速い。フタバが反応する前に。ガンが間に入ろうとしたが——角度が悪い。
「フタバ!」
カイルが飛び出した。
フタバの前に立った。盾を構えた。魔族の一撃を——正面から受けた。
盾が砕けた。剣が折れた。カイルの体が——吹き飛んだ。
「カイル!!」
ワタルが闇の剣で魔族を斬った。二体目が崩れ落ちた。
駆け寄った。カイルが地面に倒れていた。胸に——深い傷。血が広がっている。
「カイル——カイル!!」
フタバが膝をついた。ハルカの回復魔法が——ここにはない。ハルカは基地にいる。
「おい、しっかりしろ——」
カイルが目を開けた。焦点が合っていない。でも——笑っていた。
「あ……フタバ、無事か……」
「無事だよ! 無事だからカイルお兄ちゃんも——」
「よかった……妹と、同じ顔して泣くなよ……」
血が口から溢れた。
「ワタル……実家の飯屋……母さんのスープ……」
「食いに行く。絶対に。だから——」
「食いに行けよ……戦争、終わったら……約束……」
目が——閉じた。
手から——力が抜けた。
フタバが泣き崩れた。声を上げて。ガンがフタバの横で低く鳴いた。
ユウスケが拳を握っていた。白くなるまで。
ワタルは——カイルの顔を見ていた。笑っていた。死んでも——笑っていた。
◇
基地に戻った。カイルの遺体を運んだ。
カイルの持ち物を整理した。鞄の中に——手紙が入っていた。妹宛。「戦争が終わったら帰るから。待っててくれ」。
帰れなかった。
ハルカがフタバを抱きしめていた。リクトが黙って遺品をまとめていた。
セリア先輩が来た。「……いい子だったわね。カイル」
「知ってたんですか」
「新人の頃から見てた。真面目で、優しくて。——こういう子から先に、死んでいく」
夕暮れ。前線基地の外。
カイルの墓標を立てた。木の板に名前を刻んだ。「カイル」。
フタバが花を供えた。枯れかけた野の花。
「カイルお兄ちゃん……約束、したのに……」
ワタルは墓標の前に立って、拳を握った。
——名前のある人間が死んだ。
昨日まで笑っていた。カレーの話をした。飯屋を継ぐと言っていた。母さんのスープが美味いと。妹が待っていると。手紙を書いていたと。
もういない。
これが——戦争だ。
ユウスケが墓標の横に立っていた。何も言わなかった。ただ——拳が白かった。
ハルカが手を合わせていた。ルミが小さな光を墓標に灯した。回復の光。もう届かない。でも——灯した。
リクトがノートに書いていた。「カイル。前線基地所属。享年17歳。夢:飯屋を継ぐこと。好きなもの:母のスープ」。データとして。記録として。忘れないように。
ノクスが墓標の前で静かにしていた。いつもは落ち着きがないのに。今日は——動かなかった。赤い目が墓標を見ている。
「……帰れなかったね。ごめんね」
フタバの声が震えていた。ガンが鼻先でフタバの背中を押した。支えるように。
夜。テントに戻った。一人。
カイルが作ってくれたスープの味を思い出した。温かくて、優しくて。——もう飲めない。
右手を見た。闇が宿る手。この力で——守れなかった。隣にいたのに。
師匠の言葉が蘇る。「剣は人を守るためにある」。守れなかった。カイルを。名前のある、夢のある、一人の人間を。
カイルの手紙が目に浮かぶ。「戦争が終わったら帰るから。待っててくれ」。妹が読むことのない手紙。
——強くならなきゃいけない。もっと。もっと速く。もっと深く。
この闇を使い切ってでも——隣にいる人間を死なせない。
ノクスが肩に乗った。何も言わない。「クゥ」とも鳴かない。ただ——いる。隣に。
そういえばカイルが言っていた。「お前の肩のそいつ、いい目してるな。飼い主に似てる。頑固で、真っ直ぐで」。
——似てるか。こいつに。
ノクスの赤い目が俺を見ている。悲しそうな目。いつもの悲しそうな目。
今日は——俺も同じ目をしているだろう。
戦場は、学園とは違う。
ここでは人が死ぬ。本当に。
名前のある人間が。笑顔のある人間が。夢のある人間が。
——もう二度と、この食事を一緒にすることはない。
だから——次は守る。絶対に。




