決勝
決勝。
闘技場に全校生徒が詰めかけていた。前回のディオン戦以上の観客。今回はチーム戦だ。六人対六人。召喚獣も含めれば十二対十二。
ワタルチーム。ディオンチーム。
闘技場の中央で、両チームが向かい合った。
「今度は負けない」
ディオンが言った。ランキング戦の時と同じ台詞。でも——声が違う。冷たくない。熱い。
「来いよ」
俺も笑って返した。
「——始め!」
◇
ディオンのチームは強かった。
正統派。六人全員が基礎を叩き込まれた、完成度の高い連携。ディオンが前衛で指揮を取り、後衛が的確に援護する。召喚獣の連携も訓練されている。隙がない。
開始三十秒で、押された。
ユウスケの風がディオンの前衛に阻まれる。リーシャの光剣が相手の盾役に受け止められる。リクトの指示が追いつかないほど、相手の攻勢が速い。
「ディオンのチーム、戦術を変えてきてる……!」リクトが叫んだ。「前回のデータが通用しない!」
——ディオンも成長している。俺だけが成長したわけじゃない。
「フタバ、右翼を突破しろ!」
「了解!」
フタバとガンが右翼に突進した。
——待っていた。相手の大型前衛。体格はフタバの三倍。盾を構えて通せんぼしている。
「ちっちゃいな。ここは通さないぞ」
舐めた声。年下の、小さな女の子だから。
フタバの目が変わった。
「フタバを——」
炎が拳に纏った。赤い。熱い。ガンが低く唸って突進体勢に入る。
「——舐めないで!」
フタバの拳が、盾ごと大型前衛を吹き飛ばした。
轟音。相手が五メートル後方に転がった。盾にひびが入っている。
ガンが咆哮した。大地が揺れるほどの声。
フタバが拳を構えたまま立っている。十二歳。全員の中で一番小さい。でも今——一番強く見えた。
「……マジか」観客が息を呑んだ。
右翼が崩れた。フタバが突破口を開いた。
◇
ここからが本番だった。
六体の召喚獣が、同時に動いた。
ノクスが上空から闇の炎を吐いた。黒い炎が相手の後衛を牽制する。
フェンリルがユウスケと連携して風の壁を作り、相手の前衛を分断した。
ルミがハルカの肩から光の粒子を放ち、味方全員の傷を回復していく。
ソラがリーシャと空中連携。急降下して相手の解析型を散らす。
ガンがフタバと共に中央を突進。地面が揺れる。
シェルがリクトの指示通り、全員の位置をリアルタイムで表示。
十二体が一つの意思で動く。訓練の成果。
「左翼、崩れます! ユウスケさん、フェンリルと共に追撃!」
「了解」
「リーシャさん、ソラと空中から——!」
「分かっているわ」
「ハルカさん、光の壁を中央に!」
「うん!」
リクトの指示が戦場を支配した。相手チームが押され始める。
だが——ディオンだけは崩れなかった。
前衛が崩壊する中、一人で踏みとどまっている。銀の剣が閃く。ユウスケの風を斬り、フタバの炎を弾き、リーシャの光を受け流す。
——強い。あの時より、ずっと。
「ワタル」ユウスケが叫んだ。「あいつは——お前じゃないと止められない」
分かってる。
闇の剣を生成した。漆黒の刃。ノクスが俺の横に飛んできた。赤い目が光る。
「行くぞ、ノクス」
「クゥ!」
ディオンの肩から、銀色の鷹が飛び立った。鋭い嘴。銀の羽根。ディオンと同じ、冷たく美しい目をしている。
「行け、ギン」
ノクスとギンが空中で睨み合った。黒い小さな竜と、銀の鷹。体格差は鷹の方が上。でも——ノクスは退かない。主人と同じだ。
◇
闘技場の中央。
俺とディオンが向かい合った。周囲のチーム戦は決着がつきかけている。残っているのは二人と二体だけ。
頭上で、ノクスとギンがぶつかった。黒い炎と銀の風が交差する。ノクスが小さい体で急旋回して、ギンの背後を取る。ギンが翼で叩き落とそうとする。ノクスが避ける。
——あいつも、退かない。
あの日の再現。でも——二人とも、あの時とは違う。
ディオンが構えた。正統派の構え。美しい。完璧な型。
俺は闇の剣を構えた。ガレス師匠に教わった型。不格好だけど——俺の型だ。
踏み込んだ。同時に。
一合目。闇と銀がぶつかった。衝撃波。石畳にひびが入る。あの時は一方的に押されたのに——拮抗している。
二合目。ディオンの横薙ぎ。速い。でも見える。避けて、カウンター。ディオンが後退する。
三合目。四合目。五合目。互角。どちらも引かない。
ディオンの目が変わった。驚きじゃない。喜びだ。
「——やるな」
「お前もな」
六合目。七合目。打ち合うたびに、互いの剣が語っている。言葉じゃなく、剣で。
ディオンの剣は正統派だ。一つ一つが教科書のように正しい。何千回、何万回の反復で磨き上げられた剣。才能がないと自分で言ったあの男が、血反吐を吐いて積み上げた剣。
俺の剣は泥臭い。不格好で、型破りで、闇が混じっている。でも——師匠が教えてくれた剣だ。セリア先輩が直してくれた剣だ。101回目の素振りが作った剣だ。
八合目。
ディオンが踏み込んだ。全力の一撃。上段から。あの日と同じ攻撃。あの時は闇纏いで受け止めた。
——今は違う。
闇の剣で受け止めた。衝撃が走る。膝がきしむ。でも——折れない。
空いた左手に——闇の球を灯した。小さな漆黒の球体。仲間に教わった技。
ディオンの目がそちらに向いた。一瞬。陽動だ。
その一瞬で——闇の剣を振り上げた。
ディオンの胸元に。寸止め。
静寂。
頭上で——ノクスがギンの背中に乗っていた。小さな爪で羽根を掴んで、「クゥ」と勝ち誇っている。ギンが悔しそうに翼を畳んだ。
主人と同じタイミングで、決着がついた。
「——勝者、ワタルチーム!」
闘技場が爆発した。歓声。悲鳴。六人の名前を叫ぶ声。
俺は闇の剣を消した。息が荒い。全身が汗まみれ。
ディオンが目の前にいる。剣を下ろして。銀灰色の目が、俺を見ている。
あの日と同じ構図。でも——逆だ。
ディオンが、手を差し出した。
「……やるな、ワタル」
あの日は俺が手を差し出した。今度はディオンから。
握った。強い手。剣士の手。
「お前もな、ディオン」
「……次こそは」
「何度でも」
ディオンが——笑った。初めて見た。ちゃんとした笑顔。口元だけじゃない。目が笑っている。
——こいつ、笑うとけっこう良い顔するじゃねーか。
◇
打ち上げ。
食堂が宴会場になった。勝ったワタルチームも、負けたディオンチームも、全員が集まっている。
特別メニュー。魔獣肉の丸焼き。テーブルに載りきらないサイズ。フタバとガンが食べ比べをしている。ガンの方が早い。当たり前だ。
「フタバ、お前の拳すごかったな」
「でしょでしょ! フタバ、やる時はやるんだから!」
ガルド先輩が「弟子が師を超えたか」と豪快に笑っている。
リクトがシェルとデータを整理している。「今回の戦闘データは論文三本分の価値が——」リーネ先輩が隣で頷いている。
ユウスケがルーク先輩と静かに杯を交わしている。二人とも無言。でも、互いに認め合った顔。
リーシャがハルカと話している。「あなたの光の壁、助かったわ」「リーシャのソラとの連携も綺麗だったよ」。微笑み合っている。
セリア先輩が俺の隣に座った。
「おめでとう。——ガレスが見たら、きっと喜ぶわね」
「……ありがとうございます、先輩」
胸が痛んだ。でも——温かい痛みだった。
ディオンが、俺の向かいに座った。
丸焼きの肉を一切れ、皿に載せて。
「……ワタル」
名前で呼ばれた。二回目。でも、今回の声は——全然違う。
「今日は——悔しかった。だが」
肉を一口食べた。
「……悪くない」
祭りの日と同じ台詞。でも、意味が違う。あの日は「カレーが悪くない」。今日は——
全部が。この場所が。ここにいることが。
悪くない。
食堂の喧騒。笑い声。肉の匂い。魔素灯の温かい光。
ノクスが俺の皿から肉を盗んだ。もはや恒例。
「おい!」
「クゥ!」
ノクスがディオンの皿にも近づこうとした。ギンが翼でノクスを弾いた。ノクスが「クゥッ」と抗議する。ギンが冷たい目で見下ろしている。主人に似ている。
ディオンが——声を出して笑った。初めて聞いた。
敵だった奴が、隣で笑っている。
——こういうのを、友達って言うのかもしれない。




