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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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湯けむりと策謀

 学園の大浴場は、月に一度の特別開放日がある。

 普段は小さな寮の風呂しか使えないが、この日だけは全校生徒に開放される。温泉に似た魔素水。疲労回復効果あり。

 ——要するに、ご褒美の日だ。


 男子浴場。

 湯気の向こうに、だだっ広い湯船。魔素灯が淡い光を放ち、幻想的な雰囲気——を、ぶち壊すように。

「お前、ハルカのこと好きだろ」

 ユウスケが唐突に言った。

 俺は湯の中に沈んだ。顔まで。泡がぶくぶくと上がる。

「図星か」

「……ぶくぶく」

「統計的に、思春期の男性が特定の女性に対して頻繁に視線を向ける場合——」

「リクト、黙れ」ユウスケが遮った。

「——好意の確率は九十七パーセントです」

「黙れと言ったんだが」

 俺は顔を上げた。湯が顎から滴る。

「別に、好きとかじゃ——」

「嘘つけ」ユウスケが即答した。

「データ上も同意見です。月明かりの屋上で二人きりの時、ワタルさんの心拍数は平常時の一・七倍でした」

「リクト、お前いつ測った!?」

「シェル経由です。常時計測しています」

「やめろ! プライバシー!」

 ユウスケが鼻で笑った。こいつら、楽しんでる。

「……そっちはどうなんだよ、ユウスケ」

「俺は別にいない」

「嘘だろ。リーシャとの模擬戦、毎日やってるじゃねーか」

「あれは剣の話だ」

「剣の話で毎日一時間も打ち合うか?」

「打ち合う」

 真顔で返された。こいつは本気で剣の話しかしてない可能性がある。


 隣の湯船から、知らない男子の声が聞こえた。

「なあ、光属性のハルカさんって、彼氏いるの?」

「いないんじゃない? いつも転移者のグループで固まってるけど」

「俺、舞踏会で誘おうかな」

「やめとけ。あの闇属性のやつが怒るぞ」

「あいつ? ランク外の? 付き合ってんの?」

「分かんないけど、いつも隣にいるじゃん」

 ——湯の温度が、急に上がった気がした。顔が熱い。湯のせいだ。湯のせい。

 ユウスケがこっちを見ている。見るな。

「……動揺してるぞ」

「してない」

「九十七パーセントが九十九に上がりました」リクトが言った。

「黙れ」


    ◇


 一方、女子浴場。

「ハルカお姉ちゃん、スタイルいい〜!」

「やめてよ、フタバ……」

 ハルカが肩まで湯に沈んだ。フタバが遠慮なく見ている。十二歳の無邪気は凶器だ。

 リーシャが端の方で、そっと湯に入った。タオルで体を隠している。

「リーシャ、こっちこっち!」フタバが手招きする。

「……近づかないで。騒がしいわ」

「えー。じゃあ恋バナしよ!」

 リーシャが固まった。

「ねえねえ、好きな人いる?」

 沈黙。湯気が漂う。

 リーシャの耳が——赤くなった。湯の温度のせいじゃない。

「い、いないわよ。そんなもの」

「嘘だー。耳赤いもん!」

「湯が熱いだけよ!」

 フタバがリーシャに近づいた。リーシャが後退る。湯がぱしゃぱしゃ揺れる。

「ねえリーシャ、髪洗ってあげる!」

「は? 自分で洗えるわよ」

「いいからいいから! リーシャの髪きれいなんだもん。触りたい!」

「触るな——」

 フタバがもう触っていた。金色の長い髪に指を通して、湯で流している。リーシャが抵抗を諦めた。

「……勝手にしなさい」

「やった! ハルカお姉ちゃんもこっち来て!」

 ハルカが笑って隣に来た。二人でリーシャの髪を洗っている。リーシャは背を向けたまま、黙っていた。

「リーシャの髪、すっごいさらさら。どうやってるの?」

「……別に。何もしていない」

「嘘だー。絶対手入れしてるー」

「していないと言っている」

 ハルカが優しく髪を梳かした。「リーシャ、髪、腰まであるんだね。小さい頃から伸ばしてるの?」

 リーシャが少し黙った。

「……母上が。伸ばしなさいと。母上も——長かったから」

 声が小さくなった。母上の話は、ほとんどしない。

 フタバとハルカが顔を見合わせた。

「じゃあ——大事な髪だね」ハルカが言った。静かに。

「……そうよ」

 フタバが丁寧に髪を流した。さっきまでの雑さが消えて、そっと、大事に。

「フタバ、丁寧にやるね。ありがと」

「だって大事な髪だもん」

 リーシャの肩が——少し震えた。泣いてはいない。でも——何か、ほどけたものがあった。

「……あなたたち」

「ん?」

「友達に——こういうこと、するものなの?」

 フタバが首を傾げた。ハルカが微笑んだ。

「するよ。友達だもん」

 リーシャが振り返った。目が赤い。湯気のせいだと言い張るだろう。

「……そう」

 笑った。小さく。不器用に。でも——本物の笑顔。

 ソラが浴場の入口で翼を畳んで待っていた。主人が笑ったのが分かったのか、小さく「きゅ」と鳴いた。


「ハルカお姉ちゃんは? 好きな人いるー?」

 ハルカが一瞬、口を閉じた。

 それから——穏やかに笑った。

「……いるよ。ずっと」

 フタバが「えー! 誰誰!?」と身を乗り出す。ハルカは笑って首を振った。

 リーシャが湯の中で、ハルカの横顔を見ていた。

 ——分かっている。誰のことか。

 リーシャは何も言わなかった。ただ、湯にもう少し深く沈んだ。


 風呂上がり。全員が休憩室に集まった。

 この世界にも牛乳に似た飲み物がある。魔獣乳。味はほぼ牛乳。名前だけが怖い。

 腰に手を当てて飲む。なぜか全員同じポーズになった。

「「「ぷはー」」」

 笑った。六人で。

 外では召喚獣たちが水浴びをしていた。フェンリルが優雅に泳いでいる。ガンが水鉄砲のように鼻から水を噴射して、フタバがびしょ濡れになった。「ガン!!」

 ノクスだけが断固として水を拒否していた。木の上に逃げて「クゥクゥ!」と抗議している。

「ノクス、降りてこい」

「クゥ!」

 嫌だ、の意味だ。こいつ、闇の竜のくせに水が怖い。


    ◇


 翌週。

 クラス対抗戦の掲示が出た。

 六人一チームのトーナメント。学年全クラスが参加。勝てばランキングポイントが大量に入る。個人戦と違い、チーム戦は召喚獣の使用が許可されている。六人と六体。総力戦だ。

「やるぞ」

「もちろん」

 六人で拳を合わせた。ノクスが上から飛び乗って、六つの拳の上にちょこんと座った。


 ——その頃、別のチームで。

 ディオンが対戦表を見ていた。

 腕を組んで、壁に背を預けて。銀灰色の目が、一つの名前で止まる。


 ワタル。


 ——家は没落した。名前だけが残った。

 父が事業に失敗し、母は病に倒れ、家督は形だけ。ディオンが騎士になるしか、家を立て直す道はなかった。

 だから努力した。血反吐を吐いて。夜明け前から日が暮れるまで剣を振って。才能がないなんて言われたくなかった。才能がないのは分かっていたから。それでも——Cランクまで来た。実力で。

 なのに。

 ランク外のあいつが、禁忌の力で一気に追いついてきた。俺が何年もかけて積み上げたものを、数ヶ月で。

 許せなかった。妬ましかった。

 ——いや。

 怖かったのかもしれない。

 あいつの目が、俺と同じだったから。

 「退かない」目。何も持っていない者の目。何もないところから這い上がるしかない者の目。

 同じ目をした人間に、先を越される恐怖。

 ……だが。

 あいつは、手を差し出した。あの試合の後。倒れた俺に。

 誰もそんなことをしてくれたことはなかった。没落貴族の息子に、手を差し出す人間は。

 拳を握った。

 ——次は、負けない。今度こそ。


    ◇


 一回戦。

 相手チームは平均的な構成。前衛二人、後衛三人、回復一人。

 ワタルが闇の剣で突っ込んだ。ユウスケが風で援護。フタバとガンが横から突進。

 三分で終わった。

「強すぎない……?」と観客が呟いた。

 

 二回戦。

 ここで苦戦した。

 相手チームに解析型の生徒がいた。リクトと同じタイプ。こちらの動きを読んで、弱点を突いてくる。

「ワタルの闇の剣は右腕に集中している! 左からの攻撃に0.5秒遅れる!」

 相手の解析が的確だった。ユウスケの風のパターンも読まれた。フタバの突進ルートも予測された。

 押されている。

「リクト!」

「分かっています」

 リクトが目を閉じた。シェルの甲羅が高速で明滅する。データを処理している。

 三秒。五秒。

「——見つけました」

 リクトの目が開いた。

「相手の解析型は中央後方に位置しています。彼を守る前衛の左翼——防御の切り替えが0.3秒遅れる癖がある。次の攻撃サイクルで必ず隙が生まれる」

 0.3秒。

「ユウスケさん、次の攻撃から三手目。左翼の防御が落ちます。そこを突いてください」

「了解」

「ワタルさん、その瞬間に闇の球を中央に。陽動です」

「分かった」

「フタバさん、右翼から回り込んで。ガンの突進で解析型を直接——」

「任せて!」

 開始。

 ワタルの闇の球が中央に飛ぶ。相手が防御に集中する。

 一手。二手。三手目——

「今です!」

 リクトが叫んだ。

 ユウスケの風が左翼を貫いた。0.3秒の隙を正確に突いた。前衛が崩れる。

 その裏で、フタバとガンが右翼から回り込んだ。解析型の生徒に直進する。

 相手の解析型が気づいた時には——ガンの突進が目の前だった。

 吹き飛んだ。相手チームの指令塔が落ちた。

 残りは三十秒で片づいた。

「リクト! すごい!」フタバが叫んだ。

「データは嘘をつきませんから」

 リクトが眼鏡を押し上げた。シェルの甲羅が誇らしげに光った。

 ——解析で戦場を覆す。リクトの武器は、剣でも魔法でもない。頭脳だ。


    ◇


 準決勝も勝った。

 そして——決勝の対戦表が発表された。


 ワタルチーム vs ディオンチーム。


 闘技場で、ディオンと目が合った。

 銀灰色の目が、真っ直ぐに俺を見ている。

 あの日、手を差し出した相手。「次は負けない」と言った男。

 ——来た。

「望むところだ」

 俺が言うと、ディオンの口元が——上がった。

 

 決勝の相手は、ディオン。

 因縁の対決が、始まる。

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