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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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紫の光

 リクトが、真剣な顔で言った。

「闇属性の歴史について、調べたいことがあります」

 放課後の図書室。リクトが古い文献を積み上げている。シェルが甲羅に文字を表示して補助している。

「200年前に封印されたという闇属性。その経緯が、どの文献にも詳しく書かれていない。まるで意図的に消されたように」

「消された?」

「はい。断片的な記述はあります。『闇属性の騎士が存在した』『彼は世界を救った』。でも、その先が——ない」

 リクトがページを開いた。インクが褪せた古い本。その中の一行を指差す。


『闇属性の騎士は世界を救い——そして消えた』


 消えた。

 その一語が、妙に引っかかった。死んだ、ではなく——消えた。

「これ以上の情報は王家の書庫にしかないと思います」

 リクトが眼鏡を押し上げた。

「リーシャさん、王家の書庫にアクセスできませんか」

 リーシャが少し間を置いた。

「……いいわ。ただし、私も一緒に行く」


    ◇


 夜。

 リーシャが寮の廊下で俺を待っていた。

「……付き合って」

 声が小さかった。いつもの高圧的な声じゃない。

「一人じゃ——怖いから」

 リーシャがプライドを捨てて言った、珍しい一言。

「行こう」

 俺は迷わなかった。

 月明かりの学園を抜けて、王城に向かう。リーシャが裏道を知っていた。王女の特権。使用人用の通路、庭園の抜け道、衛兵の交代時間。全部頭に入っている。

「子供の頃、よくこの道で城を抜け出した」

「王女が脱走?」

「父が——まだ優しかった頃、庭園で星を見せてくれた。その帰り道を覚えているだけ」

 声が少し沈んだ。俺は何も言わず、横を歩いた。

 ノクスが俺の肩で目を光らせている。暗闘の索敵はこいつの得意分野だ。ソラがリーシャの肩から飛び立ち、上空から偵察する。

 衛兵の足音。壁に身を隠す。リーシャの肩が俺の腕に当たった。心臓が跳ねたが、今はそれどころじゃない。

 足音が遠ざかる。

「行くわ」

 走る。廊下を曲がる。階段を下りる。

 国王の書斎。重い扉。リーシャが鍵を持っていた。

「父の予備の鍵。昔……もらったの。まだ使えるかは——」

 かちり。開いた。

 書斎は広かった。壁一面の本棚。古い地図。巻物。そして——鍵のかかった引き出し。

 リクトから聞いた情報を頼りに、棚を探す。魔素灯をつけると見つかるかもしれないから、ノクスの闇の炎で手元だけを照らした。黒い光。暗闘に溶ける。

「あった」

 リーシャが古い日記を引き出した。表紙に王家の紋章。だがインクが褪せている。相当古い。

 ページを開く。走り書きの文字。


『闇属性の騎士——世界の守り手。魔素の根源たる大きな木より生まれし者』


 大きな木。

 ——心臓が跳ねた。

 俺たちが転移した時、遺跡の中にあった木。元の世界の丘の上の木と同じ形の——あの木。

「ワタル? 顔色が——」

「続き。続きを読んでくれ」


『その使命を果たせば——』


 ページが破られていた。

 そこから先が、ない。物理的に破り取られている。

 

「誰かが……意図的に」リーシャが呟いた。

 足音。

 遠くから、衛兵の声。

「まずい——出るわよ!」

 日記を懐に入れた。扉を閉めて、走る。

 廊下を駆ける。リーシャが俺の手を引いた。小さい手。でも強い手。剣を握る手だ。

 角を曲がる。階段を駆け上がる。衛兵の声が近づく。

 リーシャが壁のくぼみに俺を引っ張り込んだ。狭い。二人分のスペースしかない。密着する距離。

 衛兵が通り過ぎる。足音。一人、二人、三人。

 ——通り過ぎた。

 息を吐いた。同時に。

 顔を見合わせた。暗闘の中で、リーシャの青い目が月明かりに光っている。距離が近い。息がかかるくらい。

 ——同時に、吹き出した。声を殺して。

「……こんなこと、したの初めて」

 リーシャが小さく笑った。頬が赤い。暗闘でも分かる。

「俺もだ」

「王城に忍び込むなんて、不敬罪よ」

「お前が連れてきたんだろ」

「……そうだったわね」

 二人で笑った。声を殺して。肩が揺れて。

 ——こういう時のリーシャは、王女じゃない。ただの、同い年の女の子だ。


    ◇


 翌日。リクトが日記を解読した。

「破られた部分の前後から推測すると——闇属性の騎士は、何らかの使命を果たすことで消滅する可能性があります」

「消滅……?」

「あくまで推測です。データが不足しています。ただ、『消えた』という表現が複数の文献で使われている点が気になります。『死んだ』ではなく『消えた』」

 消えた。

 200年前の闇の騎士は——消えた。

 俺も、闇属性だ。

 ——俺も、消えるのか?

 考えすぎだ。分からないことを恐れても仕方ない。

「リクト、引き続き調べてくれ」

「もちろんです」

 リクトの目が真剣だった。この男は答えを見つける。いつか必ず。


    ◇


 その夜。屋上。

 ハルカと二人で練習していた。いつもの場所。いつもの時間。

 ハルカが光の球を練習している。俺は闇の球を練習している。月明かりの下、白い光と黒い光が交互に灯る。

「せーの」

 同時に放った。何となく。二人の魔法を同時に出してみたくなった。

 白い光と黒い光が——ぶつかった。

 対消滅するかと思った。光と闇。対の属性。打ち消し合うのが道理だ。

 ——打ち消されなかった。

 二つの光が混ざり合った。白と黒が溶けて、渦を巻いて。

 紫の光が生まれた。

 淡い紫。美しい紫。屋上が紫色に染まった。光の粒子がゆっくりと舞い上がる。螺旋を描いて、夜空に溶けていく。

「……きれい」

 ハルカが呟いた。目が光を反射して、紫色に輝いている。

「何だ、これ……」

 リクトなら興奮して分析を始めるところだ。でも今は二人きりで、分析する声はない。ただ——紫の光が、俺たちを包んでいた。

 光と闇。対のはずなのに。

 混ざった。調和した。

「ワタル」

「ん」

「私たち——なんで混ざるのかな。光と闇なのに」

「分からない。でも——綺麗だ」

 ハルカが笑った。紫の光の中で。

「うん。綺麗」

 

 光が消えた。二人きりの屋上に、月明かりだけが戻った。

 何が起きたのか、まだ分からない。でも——大切なことだと、直感で分かった。

 帰り道、リクトに報告した。

「光と闇が対消滅せず共鳴している!? 理論上あり得ません!」

 リクトの声が裏返った。シェルの甲羅が高速で明滅している。

「ワタルさんとハルカさんの関係性が力に反映されている可能性があります。属性の共鳴は術者間の精神的な結びつきに影響されるという仮説がありますが——これほど明確に発現した例は——」

「リクト、ゆっくり」

「すみません。興奮しました」

 精神的な結びつき。

 俺とハルカの。

 ——考えるな。今は。


 部屋に戻った。ベッドの上でノクスが丸くなっている。

 目を閉じると、紫の光が瞼の裏に浮かぶ。光と闇が混ざった色。

 200年前の闇の騎士は消えた。闇属性の使命を果たせば——何かが起きる。

 そして、俺の闇とハルカの光は——混ざる。対なのに。

 まだ何も分からない。でも——繋がっている気がする。全部が。


 光と闇が混ざった時、紫の光が生まれた。

 対のはずの二つが、調和する。

 ——俺たちは、何か特別なのかもしれない。

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