六人
六人目が、加わった。
訓練場。朝の光の中で、リーシャが五人の前に立った。
金髪が朝日に光っている。背筋はいつも通り真っ直ぐ。でも——目が、少しだけ柔らかい。
「……一人で戦うのは、もうやめた」
短い言葉。でもリーシャにとって、それがどれだけ重い一言か——俺たちには分かる。
王女。誰にも頼らず、一人で戦ってきた少女。食堂で一人。廊下で一人。訓練場で一人。
その少女が——「やめた」と言った。
「やったー! リーシャちゃん!」
フタバが飛びついた。
「ちゃんはやめてと何度言えば——」
「じゃあリーシャ!」
「……好きにしなさい」
——いつものやり取り。でも今日は、リーシャの口元が上がっていた。隠しきれないくらい。
ユウスケが一歩前に出て、手を差し出した。
「よろしく」
リーシャが少し驚いた顔をした。それから——手を取った。
「……よろしく」
ハルカが微笑んでいる。リクトが「六人体制の戦術を再計算する必要がありますね」とノートを開いた。
ノクスがリーシャの肩に飛び乗ろうとして、ソラに羽で叩き落とされた。ソラはリーシャの肩を誰にも譲らない。
◇
六人の連携訓練が始まった。
最初は——ひどかった。
「ワタル、右!」
「分かって——うわっ」
リーシャの光剣とワタルの闇の剣がぶつかった。味方同士で。
「何やってるの!」
「そっちこそ!」
フタバが炎を放ったら、ユウスケの風に煽られて倍の大きさになった。訓練場の木が燃えた。
「フタバ!」
「ユウスケ先輩が風を出すからー!」
「先にタイミングを合わせろ」
「リクト、指示出して!」
「全員止まってください。一度整理します」
リクトが額を押さえた。シェルの甲羅が赤く点滅している。処理オーバーだ。
だが——少しずつ噛み合っていった。
リクトが各自の役割を最適化した。
前衛:ワタル(闇の剣)+ユウスケ(風の剣)。二人は昔からの幼なじみ。言葉なしで動ける。
遊撃:リーシャ(光の剣)+ソラ。空中と地上を自在に切り替える。
火力:フタバ(炎)+ガン。突破力は六人中最強。
回復+防御:ハルカ(光の壁)+ルミ。全員を支える要。
司令塔:リクト+シェル。全体を俯瞰してリアルタイムで指示。
そしてワタルの切り札:ノクスとの竜影剣。
「いい感じだ」
「いい感じですね」
リクトと目が合って、二人とも笑った。
◇
放課後。
訓練場にまだ二人残っていた。
リーシャとユウスケ。
打ち合っている。本気の模擬戦。光の剣と風の剣。
銀に金の光が走る。風が刃を纏う。二人の剣が交差するたびに、光と風の粒子が散る。
美しかった。
五十合を超えた。どちらも引かない。技量が拮抗している。
ユウスケの風が加速した。リーシャの光が輝きを増した。
最後の一合。同時に踏み込んで——互いの剣先が、互いの喉元で止まった。
相打ち。
二人とも息が荒い。汗が流れている。目が合う。
「……強いな」
ユウスケが言った。こいつが他人を素直に褒めるのは珍しい。
「あなたもね」
リーシャが返した。声に、いつもの冷たさがなかった。剣士として認め合った声。
二人が同時に剣を下ろした。
フェンリルとソラが、それぞれの主人の元に戻った。フェンリルがソラに小さく鳴いた。ソラが羽を少し広げた。召喚獣同士も、何かが通じたらしい。
◇
食堂。
六人で食卓を囲んだ。
——考えてみれば、リーシャが正式にここに座るのは初めてだ。今までは「たまたま来た」体だった。今日は最初から、ここに来た。
「新メニューだって。魔獣肉パイ」
フタバがトレイを運んできた。ガンが後ろからフタバのパイを狙っている。「ダメ、ガン。フタバの分!」
一口食べた。
「……ミートパイに似てるな」
「元の世界の?」ハルカが聞いた。
「ああ。コンビニで売ってたやつ。こっちの方がうまいけど」
「フタバはこっちの方が好き!」
「僕はどちらでも構いませんが、この肉の繊維質は地球のものとは異なりますね」リクトがパイの断面を観察している。食え。
ユウスケが黙々と食べている。三個目に手を伸ばした。美味い時のこいつは大食いだ。
リーシャがパイを一口かじった。
「……こんなに大勢で食べるの、初めて」
小さな声。テーブルの喧騒にまぎれそうな声。
でも——聞こえた。
「これからは毎日だよ!」フタバが即座に言った。
「……毎日」
リーシャが呟いた。その言葉を、噛みしめるように。
ソラがリーシャの肩で羽を畳んだ。安心したように。
◇
午後。
ハルカがリーシャを庭園に誘った。
「リーシャ、少し歩かない?」
「……なぜ」
「なんとなく。女の子同士で話したくて」
リーシャは警戒した目をしたが——ついていった。
庭園。花が咲いている。この世界の花は、元の世界にはない色をしている。青い薔薇。紫の百合。金色の小さな花。
「ねえ、好きな食べ物は?」
「……急に何」
「知りたいの。リーシャのこと」
リーシャが戸惑った顔をした。誰かに「好きな食べ物」を聞かれたことがないのかもしれない。王女に、そんなことを聞く人間はいない。
「……果物のタルト」
「へえ。甘いもの好きなんだ」
「悪い?」
「全然。私も好き。今度一緒に食べよう」
歩きながら、たわいない話をした。好きな季節。嫌いな授業。朝起きるのが辛いこと。
——リーシャが、少しずつ話し始めた。最初は一言二言。でも、ハルカが笑って聞いてくれるから。否定しないから。ただ「うん、うん」と頷いてくれるから。
「……友達って、こういうもの?」
リーシャが呟いた。
「うん。こういうもの」
「……こんな、たわいない話をして。くだらないことで笑って。それだけ?」
「それだけ」
ハルカが笑った。
「それが、一番大事なの」
リーシャの目が——潤んだ。一瞬だけ。すぐに逸らした。でも、見えた。
「私、友達がいなかった。王女だから。誰も——こんな風に、話しかけてくれなかった」
「今はいるよ」
ハルカがリーシャの手を取った。
「私がいる」
リーシャが唇を噛んだ。泣きそうで、でも泣かない。この子のプライドが、涙を許さない。
——でも、手は握り返していた。
「何してるのー? フタバも混ぜて!」
嵐が来た。フタバが走ってきた。ガンがのしのし後ろからついてくる。
「花冠作ろう! この花きれい!」
フタバが金色の小さな花を摘み始めた。
「花冠……?」リーシャが眉を寄せた。「そんな子供じみたこと——」
「いいじゃない。やってみよう」ハルカが笑って花を摘んだ。
三人で花冠を編んだ。
ハルカは器用だった。すぐに綺麗な輪ができた。
フタバは不器用だったが、勢いで完成させた。少しいびつだけど、元気な花冠。
リーシャは——苦戦していた。
「こう……? 違う。こう……? なぜ崩れるの」
「ここを押さえて、こっちを通すの」ハルカが手を添えた。
「あ、できた」フタバが拍手した。
リーシャの花冠は、少し歪んでいた。でも——ちゃんと輪になっていた。
フタバがリーシャの頭に花冠を載せた。
「似合う! リーシャ、お姫様みたい!」
「……お姫様は事実よ」
「あはは! そうだった!」
ハルカが笑った。リーシャも——笑った。花冠を載せたまま。金髪に金色の花。
風が吹いて、花びらが舞った。
三人の笑い声が、庭園に響いた。
遠くから見ていた。
ノクスが肩の上で「クゥ」と鳴いた。穏やかな声。
——いい景色だ。
六人になった。
今までより少しだけ騒がしくて、少しだけ心強い。
明日から——六人で、前に進む。




