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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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師匠の木剣

 指名手配の翌日から、世界が二重に歪んだ。


 廊下を歩く。すれ違う生徒が道を開ける。昨日までは「闇属性」を恐れていた。今日からは「裏切り者の弟子」が加わった。

「あいつの師匠、反逆者だろ」

「やっぱり闇属性は……」

「近づかない方がいいって」

 囁き声が、刃のように刺さる。

 ——師匠は裏切ってなんかいない。

 そう叫びたかった。でも叫べない。国王の密談を盗み聞きしただけだ。証拠がない。


 食堂に入った。

 空席が広がった。俺の周りだけ、波が引くように人がいなくなる。昨日まではテーブル一つ分の距離。今日は三つ分。

 ——こういうものか。

 トレイを持って立っていると、声が飛んできた。

「ワタル先輩! こっちこっち!」

 フタバがテーブルの上から手を振っている。テーブルの上に立つな。ガンが横で鼻を鳴らしている。

 いつもの席。六人分の場所。誰一人欠けていない。

 ユウスケが黙って俺の隣の椅子を引いた。ハルカが「おはよう」と微笑んだ。リクトが「今日のスープの魔素含有量は昨日より高いですね」といつも通りのことを言った。リーシャが窓際で「早く座りなさい」と言った。

 ——こいつらは、変わらない。

 座った。スープを飲んだ。温かかった。


    ◇


 授業が終わった放課後。

「ワタル。今日、付き合え」

 ユウスケが言った。いつもの短い台詞。

「どこに?」

「黙ってついてこい」

 ハルカが笑った。「行こう、ワタル」。フタバが俺の腕を引っ張った。リクトが「目的地の気象データは良好です」と言った。リーシャが「……仕方ないから、私も行くわ」と腕を組んだ。

 六人と六体の召喚獣が、学園の裏門を抜けた。


 歩くこと三十分。

 森を抜けた先に、丘があった。

 なだらかな斜面。頂上に——大きな木が一本。

 風が吹いた。草が波打った。空がオレンジに染まり始めている。異世界の夕暮れ。

 ——似ている。

 元の世界の、あの丘に。

 木の形も、丘の傾斜も、風の匂いも違う。でも——夕暮れの空の色だけは、同じだった。

「ここ……あの丘に似てるね」

 フタバが言った。小さな声。

 全員が立ち止まった。木の下で。夕暮れの中で。

「……似てる」ユウスケが呟いた。

「似てるね」ハルカが微笑んだ。

「座標も緯度も異なりますが——感覚的な類似性は否定できません」リクトが言った。それは「似てる」って意味だ。

 リーシャだけが黙っていた。元の世界の丘を知らないから。でも——何かを感じたのか、木の幹に手を触れた。

「……いい場所ね」

 座った。六人で。木の下に。

 フタバがガンの背中にもたれた。ユウスケがフェンリルと並んで寝転がった。ハルカがルミを膝に乗せた。リクトがシェルの甲羅に夕暮れの色を記録させた。リーシャがソラを肩に乗せて、空を見上げた。

 ノクスが俺の膝の上で丸くなった。赤い目を細めて、温かい体を押し付けてくる。

 しばらく、誰も話さなかった。

 風の音。木の葉が擦れる音。遠くで鳥が鳴いている。

「……ワタル先輩」

 フタバが言った。

「フタバね、師匠のこと、分からないよ。会ったこともほとんどないし。でも——ワタル先輩が好きな人が、悪い人なわけないと思う」

 単純な理屈だ。根拠がない。でも——胸の奥に、じわりと染みた。

「私もそう思う」ハルカが言った。

「データ不足で断定はできませんが——ガレス氏の行動には合理的な説明が存在する可能性が高いです」リクト。それは「信じてる」って意味だ。

「……ああ」ユウスケが目を閉じたまま言った。

 リーシャが空を見ていた。

「……あなたの師匠のことは知らない。でも——あなたが信じるなら、私は疑わない」

 ——泣くな。泣くな。

 泣かなかった。でも、目が熱かった。

「……ありがとう」

 それだけ言った。それ以上は声にならなかった。


 夕暮れが、夜に変わっていく。二つの月が顔を出した。

「帰ろっか」フタバが立ち上がった。

「うん」

 帰り道。六人で歩いた。星が多かった。

 師匠はいない。でも——一人じゃない。


    ◇


 寮に帰ると、ユウスケが呼び止められた。

「ユウスケ」

 廊下に立っていたのは——ロイドだった。

 真面目な顔。いつもより、少しだけ疲れている。

「少し話がある。二人で」

 ユウスケが俺を見た。俺は頷いた。「行ってこい」。

 二人が廊下の奥に消えた。フェンリルだけが残って、俺の足元で伏せた。ユウスケを待っている。

 十分後。ユウスケが戻ってきた。表情が硬かった。

「……何て?」

「『ガレスのことで軽率に動くな。今は耐えろ』と」

 耐えろ。何に。何を。

「それだけ?」

「……もう一つ。『剣を振り続けろ。何があっても』」

 ロイドの声が聞こえた気がした。真面目で、硬くて、でも温かい声。

 ユウスケの拳が震えていた。何かを感じ取っている。ロイドの言葉の裏にある、不穏な何かを。

 ——嫌な予感がした。


    ◇


 深夜。

 一人で寮を抜け出した。

 道を覚えている。暗くても、体が覚えている。何十回も通った道。

 学園の外れ。蔦に覆われた古い建物。

 ——師匠の道場。

 扉を開けた。

 もぬけの殻だった。

 酒瓶がない。奥の部屋の寝具もない。壁に掛かっていた写真——若いガレスとロイドとエレアが笑っていた写真もない。

 全部、持っていったのか。逃げる前に。

 道場の真ん中に立った。ここで転がされた。ここで素振りした。ここで闇を剣に纏わせた。ここで酒瓶を置いてくれた。ここで「お前らしいな」と名前を呼んでくれた。

 全部、ここだ。

 膝が折れた。道場の床に手をついた。冷たい。師匠がいた頃は——もっと温かかった気がする。

 ——ふと、目に入った。

 壁。木剣が掛かっていた場所。全ての木剣が消えている。一本を除いて。

 一本だけ残っていた。

 俺がいつも使っていた木剣。柄に小さな傷がある。素振りでつけた傷。握り癖で削れた跡。俺の木剣。

 師匠が——残していった。

 壁から外した。握った。手に馴染む。重さを覚えている。

 柄の根元に、小さな文字が刻まれていた。以前はなかった文字。

 ——「退くな。折れるな」

 六文字。師匠の字だ。乱暴で、太くて、不器用な字。

 握りしめた。

 声が出なかった。涙は出た。


 ノクスが肩で「クゥ」と鳴いた。小さく。静かに。


 木剣を持って、道場を出た。振り返らなかった。

 師匠も振り返らなかったから。

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