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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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裏切り

 休日の朝も、修行は休みじゃない。

「遅い。三秒縮めろ」

「無理です」

「無理と言うな。やれ」

 朝六時の道場。ガレス師匠の木剣が飛んでくる。避ける。受ける。転がる。立ち上がる。

 一ヶ月前より確実に強くなっている。十回転がされていたのが、三回に減った。師匠の二手目が見えるようになった。三手目はまだ見えない。

 修行の合間に師匠が酒を飲む。俺が作った卵焼きを食べる。

「今日のは少し甘いな」

「フタバが砂糖を入れろって」

「あのガキ、料理に口出すようになったか」

 師匠が笑った。いつもの飄々とした笑顔。

 ——いつもと同じ朝。いつもと同じ師匠。

 のはずだった。


    ◇


 異変に気づいたのは、その日の午後だった。

 修行中、師匠の動きが鈍かった。いつもなら一瞬で俺を転がすのに、二手分の隙があった。

「師匠、どうしたんですか」

「……なんでもない」

 目が合わなかった。師匠は酒を飲みながら窓の外を見ていた。遠い目。何かを考えている目。

 ——初めて見る表情だった。

 師匠はいつも飄々としている。深刻な顔をしない。酔っぱらいのような顔か、剣を構えた時の鋭い顔か。その二つしか知らなかった。

 今日の師匠は、そのどちらでもなかった。

 壁の写真を見ていた。若い頃の三人。ガレス、ロイド、そして——名前を聞けなかった女性。

「……師匠」

「帰れ、ワタル。今日の修行は終わりだ」

 早い。いつもなら夕方まで続くのに。

「でも——」

「帰れ」

 師匠の声が硬かった。有無を言わせない声。

 帰った。でも——胸騒ぎが消えなかった。


    ◇


 夜。眠れなかった。

 師匠の様子がおかしい。何かがある。何かが起きようとしている。

 寮の窓から外を見た。月明かりの中、影が動いた。

 師匠だ。

 ガレスが一人で学園の外に向かっている。足取りが速い。普段のだらしない歩き方じゃない。目的がある歩き方。

 ——追った。

 ノクスが肩の上で「クゥ」と低く鳴いた。小さな体が強張っている。何かを感じ取っている。

 師匠は王城に向かっていた。裏口から入る。衛兵が道を開ける。——顔が知られている。元最強の騎士だ。

 俺は塀を越えて中に入った。城の裏庭。月明かり。師匠の背中を追う。

 廊下の奥。扉が少しだけ開いている。中から声が聞こえた。

 ——盗み聞き。良くないと分かっている。でも、体が動かなかった。


「ガレス。お前にはまだ利用価値がある」

 国王の声だった。低くて、冷たい。玉座の間で聞いた「歓迎しよう」の温かさは、どこにもなかった。

「……陛下。あの子供たちを巻き込むつもりですか」

 師匠の声。抑えている。怒りを。

「転移者は駒だ。闇属性の少年は特にな。あの力は——管理するだけでは足りない。活用すべきだ」

 活用。

 俺の力を。

 膝が震えた。壁に手をついた。

「エレアの時と同じだ」

 師匠の声が変わった。怒りを隠さない声。

「お前はまた、人を道具にするのか」

 エレア。写真に写っていた女性の名前。師匠が「昔の仲間だ」とだけ言った人。

「エレアは世界のために必要な犠牲だった。お前も分かっているはずだ」

 犠牲。

 あの写真の中で笑っていた女性が——犠牲。

「……断る」

 師匠の声が、鉄のように硬くなった。

「あいつを、あんたの道具にはさせない。エレアの時は止められなかった。俺は——仲間を見殺しにした。あの後悔を、一生背負ってきた」

 声が震えていた。怒りだけじゃない。痛みだ。何年も抱えてきた痛み。

「だが今度は違う。あの子供は——俺の弟子だ」

「ならば、お前も——不要だな」

 国王の声に温度が消えた。

 金属の音。衛兵が剣を抜く音。多い。十人以上。

 師匠が剣を抜いた。一人で。


    ◇


 城の外に飛び出した。

 城壁の外の広場。月明かりの下、師匠が走ってきた。背中に斬り傷がある。血が流れている。でも——衛兵は追ってきていない。師匠が一人で突破したのだ。十人以上を。

「師匠!」

 叫んだ。師匠が足を止めた。

 振り返った目が——今まで見たことのない目だった。

 覚悟の目。全てを捨てた目。もう戻れない場所に立っている人間の目。

「ワタル」

「何が——何が起きてるんですか。国王が何を——エレアって誰——」

「聞いていたのか」

 師匠が静かに言った。怒ってはいなかった。

「お前に教えることは、もう終わりだ」

「何を言って——」

「国王は……お前が思っているような人間じゃない。気をつけろ」

「師匠、待ってください——」

 ガレスが剣を構えた。

 ——俺に向かって。

「最後の授業だ」

 月光が、師匠の刃を照らした。

「——全力で来い」


    ◇


 嘘だ。

 嘘だと思った。師匠が剣を向けてくる。俺に。弟子に。

 でも——師匠の目は本気だった。

 右手に闇の剣を生成した。漆黒の刃。今の俺にできる最速の生成。

 踏み込んだ。

 ——弾かれた。

 一合目で。体勢が崩れる。こんなことは修行では——いや、修行でも十回転がされた。でも今は闇の剣がある。闇の球がある。あの頃とは違う。

 立て直す。二合目。三合目。闇の剣が師匠の剣と打ち合う。火花が散る。

 見える。師匠の動きが見える。一手目。二手目。三手目——

 四手目が見えない。

 脇腹に衝撃。吹き飛ぶ。地面を転がる。

「遅い」

 師匠の声。修行の時と同じ声。

 立ち上がる。踏み込む。闇の剣を全力で振る。

 受け流された。手首を返されて、バランスが崩れた瞬間に肩を打たれた。膝をつく。

「軽い」

 立ち上がる。

 今度は闇の球を三発同時に放った。牽制。その隙に間合いを詰める。闇の剣を下段から——

 三発の闇の球が、全て斬り落とされた。師匠の剣が三回閃いた。同時に。見えなかった。

 そして——師匠の剣先が、俺の喉元に止まっていた。

「読みやすい」

 S級。

 次元が、違う。

 闇の剣も、闇の球も——何一つ、届かない。

 最後の一撃。渾身の力を込めて振った闇の剣が——師匠の平手に止められた。

 素手で。

 闇の剣が砕けた。闇の欠片が夜空に散った。

 完敗。


    ◇


 地面に倒れていた。仰向け。空に二つの月。

 立ち上がれない。体が動かない。闇の剣を出し切って、力が残っていない。

 師匠が、背を向けた。

「強くなったな」

 その声は——温かかった。

「だが、まだ足りない。もっと強くなれ」

「師匠……」

「師匠と呼ぶなと言っただろう」

 いつもの台詞。いつもの返し。でも——声が、少し震えていた。

「……師匠。なぜですか。なぜ——」

 ガレスが振り返った。月明かりの中。傷だらけの顔。片目の下の古い傷が、光に照らされている。

「お前は、お前の仲間を守れ。それだけでいい」

 一歩、歩き出した。止まった。

「——ワタル」

 名前で呼ばれた。師匠が俺の名前を呼ぶのは、いつも大事な時だけだ。

「お前に教えたことは一つだけだ。剣の型じゃない。闇の使い方じゃない」

 月明かりの中で、師匠が笑った。飲んだくれの笑顔。飄々として、だらしなくて——でも、今日だけは少しだけ、優しかった。

「——退くな。折れるな」

 六文字。いつも修行で言われた言葉。でも今は——遺言に聞こえた。

 背を向けた。歩き出した。

 追えなかった。体が動かなかった。

「——師匠!」

 叫んだ。声が夜空に消えていく。

 師匠は振り返らなかった。

 月明かりの中を歩いていく。背中がだんだん小さくなっていく。あの背中。飲んだくれで、だらしなくて、でも剣を持ったら世界が変わる背中。俺に剣を教えてくれた背中。

 見えなくなった。

 

 ノクスが俺の胸の上に降りてきた。小さな体を擦りつける。「クゥ」と鳴いた。悲しい声。

 俺は動けないまま、月を見ていた。

 二つの月が、ぼやけて見えた。


    ◇


 翌朝。

 学園の掲示板に、光の文字が浮かんでいた。


『元S級騎士ガレス。反逆罪により指名手配。発見次第、報告せよ』


 廊下が騒然としていた。

「ガレスって、あの飲んだくれの……」

「元最強だろ。あいつが反逆?」

「闇属性の弟子を取ってた人だぞ。やっぱり——」

 やっぱり。

 その言葉が刺さった。闇属性に関わったから、裏切った。そう思われている。

 俺のせいだ——と、一瞬思った。

 違う。

 師匠は俺を守るために動いた。国王が俺を「活用」しようとしたから。エレアの時と同じ犠牲にさせないために。

 でも——何も言えない。「国王が黒幕だ」なんて、誰が信じる。証拠もない。盗み聞きしただけだ。

 ユウスケが隣に来た。

「聞いた。——大丈夫か」

「……大丈夫じゃない」

 初めて、正直に言った。強がらなかった。

 ユウスケが何も言わず、肩を掴んだ。強く。

 

 師匠が、消えた。

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