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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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闇の剣

 影が、動いた。

 速い。音がない。足音も、唸り声も、何もない。ただ黒い塊が、こちらに滑ってくる。

「散開!」

 教官が叫んだ。剣を構えて前に出る。

 斬った。銀の刃が影を横に薙ぐ。

 ——素通りした。

 剣が影をすり抜けた。手応えがない。まるで煙を斬ったように。

 影の爪が教官の胸を打った。教官が吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。

「教官!」

 フタバの悲鳴。

 教官は動かない。気を失っている。

 六人と、六体の召喚獣。それだけになった。


    ◇


 ユウスケが動いた。

 風。渾身の暴風を影に叩きつける。

 ——素通り。風が影をすり抜ける。フェンリルが飛びかかった。牙が影を噛んだ——噛めない。顎が空を切る。

「物理が効かない……!」

 フタバの炎。赤い火柱が影を包む。

 ——効かない。炎が影の中に吸い込まれて、消える。

 リクトがシェルのデータを叫ぶ。「この魔物は闇属性で構成されています! 通常の五属性では——ダメージが通りません!」

 リーシャが光剣を振るった。銀の刃に白い光が纏う。影に斬りつける。

 手応えがあった。——少しだけ。影の体が揺らいだ。光属性だけが、僅かに効く。

 だが——再生した。斬った部分が、一秒で塞がる。

「足りない……! 光だけでは——」

 リーシャの声が途切れた。影の触手がリーシャを弾き飛ばす。ソラが急降下してリーシャを受け止めた。

 そして——影が分裂した。

 一体が、二体に。二体が、四体に。

 四つの赤い目が、俺たちを囲む。

 フタバがガンの後ろに隠れた。震えている。ガンが低く唸って、フタバを守るように立つ。

 ハルカがルミと一緒に回復の光を飛ばし続けている。でも——攻撃を受けるたびに傷が増える。回復が追いつかない。

 ユウスケが歯を食いしばっている。「くそ——何をすれば——」

 こいつがこんな声を出すのは、初めてだ。

 

 右手が——脈打っている。

 激しく。痛いくらいに。

 闇が、呼んでいる。


    ◇


「俺に任せろ」

 前に出た。四体の影の前に。

 右手を突き出す。闇の球を生成。漆黒の球体。ぶつける。

 影の一体に命中した。——少し揺らいだ。少しだけ。でも、倒れない。闇の球では、足りない。

 もう一発。三発目。四発目。

 揺らぐ。だが倒れない。影が大きすぎる。

 腕が痺れる。魔力が削られていく。闇の球を維持するのが限界に近い。

 ——足りない。

 今の俺じゃ、足りない。

 もっと深く。もっと強く。闇の、もっと奥へ——


 視界が暗転した。


    ◇


 暗い。

 何も見えない。音もない。匂いもない。

 真っ暗な空間に、俺は立っていた。足元も見えない。天井もない。壁もない。ただ——闇。

 ここは、どこだ。

 俺の中か。闇の中か。

 

「怖いか」


 声がした。

 低い。深い。どこから聞こえるか分からない。全方向から同時に響く。

「……怖い」

 正直に答えた。嘘をつく相手じゃない。なぜか分かる。この声に、嘘は通じない。

「逃げるか」

「逃げない」

 声が止まった。沈黙が、闇の中に広がる。

「なぜだ」

「後ろに——みんながいる」

 フタバが震えている。ハルカが傷を癒している。ユウスケが歯を食いしばっている。リクトが必死にデータを叫んでいる。リーシャが剣を握り直している。

 退いたら、あいつらが死ぬ。

 退くわけにはいかない。

 退いたことは、一度もない。

「——ならば」

 声が変わった。深かったはずの声が、少しだけ——温かくなった。

「受け入れろ」

 闇が動いた。

 足元から這い上がってくる。全身を覆う。冷たい。だけど——怖くない。

 俺の一部だ。師匠が言った。闇は悪じゃない。ただの力だ。使う者次第。

 受け入れる。

 恐れない。拒絶しない。俺の中にあるもの。最初からあったもの。

 

 闇が——右手に集まった。

 凝縮する。圧縮される。形を取る。球体じゃない。もっと細長い。鋭い。

 ——剣だ。

 右手に、闇の剣が生まれた。


    ◇


 目を開けた。

 ダンジョンの二層。影の魔物が四体。仲間が背後に。

 右手に——漆黒の剣がある。

 刀身が闇でできている。黒い。光を吸い込む深い黒。だが輪郭は鮮明で、鋭い。師匠に教わった木剣より少し長い。握りの感触は——ない。重さもない。でも、手の延長のように動く。

 全員が俺を見ている。

「ワタル……その手……」ハルカの声。

「大丈夫だ」

 影の一体が襲いかかった。

 振った。

 闇の剣が、影を斬った。

 ——通った。

 今度は素通りしない。手応えがある。刃が影を切り裂いた。斬られた部分が蒸発するように消えていく。再生しない。

 闇が、闇を断つ。

「通った……!」リクトの声が裏返った。「闇属性の攻撃が——闇の魔物に有効です!」

 二体目が来た。横薙ぎ。一閃。両断。消滅。

 三体目。突進してくる。踏み込む。ガレス師匠に叩き込まれた型。足の幅、腰の高さ、手首の角度。闇の剣が、真正面から突き刺さった。影が内側から崩壊する。

 最後の一体。一番大きい。本体。

 赤い目が俺を見ている。逃げない。向かってくる。

 ——来い。

 全力で踏み込んだ。闇の剣を振りかぶる。全身の力を——いや、全身の闇を込めて。

 上段から、振り下ろした。

 漆黒の軌跡が、空間を断った。

 影が——真っ二つに裂けた。

 裂け目から光が漏れた。闇の奥に封じられていた光が、解放される。

 影が消えた。

 四体全て。消えた。

 

 膝をついた。

 力が抜けた。闇の剣が手の中で消える。全身が汗まみれで、息ができない。視界が霞む。

 でも——全員無事だ。

「ワタル先輩!」

 フタバの声。駆け寄ってくる足音。小さな体がぶつかってきた。

「怖かった……! ワタル先輩、すごかった……! 怖かったよう……!」

 泣いている。フタバが俺の服を掴んで泣いている。ガンが横でおろおろしている。

「よくやった」

 ユウスケの声。短い。でも、震えていた。手が俺の肩を掴む。強く。

「データ通り——いえ、データを超えています」リクトの声も震えている。シェルの甲羅が青白く明滅している。処理が追いついていないらしい。

 リーシャが俺の前に立った。何も言わない。ただ、俺を見ている。

 その目に——畏怖があった。そして、畏怖とは別のものも。信頼、だろうか。分からない。でも、さっきまでの冷たい目じゃなかった。

「……すごかったね」

 ハルカが、俺の手を握った。

 闇の剣を握っていた手。禁忌の力を振るった手。

 ハルカは、その手を——温かく握っていた。


    ◇


 ダンジョンから出た。

 夕暮れの空。オレンジの光。全員が地上の風を吸い込む。

 教官も意識を取り戻した。「お前たちだけで影の魔物を……信じられない」。顔色は悪いが、無事だ。


 帰り道。リクトが隣に並んだ。小声で、俺にだけ聞こえるように。

「闇の剣の生成データを解析しました。興味深い結果です」

「……何が分かった」

「理論上、闇の剣の生成数に上限がありません。あなたの魔力が許す限り——何本でも同時に生み出せる可能性がある」

「何本でも……?」

「ただし、現状では一本が限界です。制御が追いついていない。二本目を出そうとした瞬間、一本目が崩壊するでしょう」

 リクトが眼鏡を押し上げた。

「制御力が上がれば——いずれ、二本、三本……その先も」

 その先。何十本。何百本。——想像もできない。今は一本で精一杯だ。

 ノクスが俺の肩に戻ってきた。戦闘中は離れていた。今は小さな体を俺の首に擦りつけている。

「クゥ」

 小さな声。甘い声。

 ——でも。

 帰り道、ノクスが俺を見た。

 あの目。

 悲しそうな目。

 召喚獣契約の夜にも見た。同じ目。深くて、静かで、何かを知っている目。

「……ノクス」

 ノクスは何も言わない。言葉を持たない。ただ、赤い目が俺を見ている。

 闇の力が強くなるたびに——この目が、深くなる気がする。

 なぜだ。俺が強くなることが、悲しいのか。

 分からない。でも——胸の奥に、小さな棘が刺さった。

 ——なぜ、お前はそんな目をするんだ。

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