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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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向こう側

死ぬかと思った。

 ——いや、正確には違う。死ぬかと思ったのは、もう少し後の話だ。この時はまだ、何も知らなかった。明日も学校があると思っていた。来週のテストが嫌だと思っていた。カレーが食べたいと思っていた。

 普通だった。本当に、普通の一日だった。——途中までは。


 翌日——というか、その日の夜のことだ。


 あの丘で別れた後、俺はまっすぐ家に帰った。飯を食って、風呂に入って、ベッドに転がった。明日の小テストのことを考えて、三秒で考えるのをやめた。

 そして朝が来て、いつも通り学校に行って、いつも通り授業を受けて、いつも通りの放課後が来た。

 ——ここまでは、いつもと同じだった。


    ◇


「ワタル先輩、こっちこっち!」

 フタバが走って行った路地裏に、それはあった。

 古い屋敷だ。

 石造りの壁。錆びた鉄の門。蔦が絡まった窓。まるで何十年も誰も住んでいないような、そんな場所。

「……こんなとこ、あったか?」

 俺はこの道を何百回と通ってきた。帰り道の途中、コンビニの裏を抜ける路地。この先は行き止まりのはずだ。

 なのに——屋敷がある。

「なかったよね」ハルカが俺の隣で首を傾げた。「昨日まで、なかった」

「ワタル、中を見るか?」

 振り返ると、ユウスケがいた。俺が電話したら五分で来た。さすがというか、こいつ走ってきただろ。息が少し荒い。

「リクトとフタバは?」

「フタバさんなら、もう中を覗いてますよ」

 後ろからリクトの声。眼鏡の奥の目が、好奇心で光っている。こいつもこいつで早い。

「ちょっ、フタバ! 勝手に入るなって!」

「だって気になるんだもん!」

 門が開いていた。開いていた、というか、最初から開いていたみたいに隙間があった。

 俺たちは顔を見合わせた。

「……行くか」

 ユウスケが頷いた。ハルカは少し不安そうだったけど、俺の袖をつまんでついてきた。

 屋敷の中は薄暗かった。埃が舞っている。壁に意味の分からない模様が描かれている。円と直線と、見たことのない文字。

「これ、何かの言語ですか……?」リクトがスマホのライトで壁を照らした。「少なくとも既知の言語体系には該当しません」

「リクト、今はいいから」

「いえ、これは重要な——」

「先輩! 奥になんかある!」

 フタバの声が奥から響いた。

 廊下の突き当たり。そこに——扉があった。

 木製の古い扉。だけど、おかしい。

 扉の隙間から、光が漏れている。

 白い光。蛍光灯とも、太陽とも違う。脈打つような、生きているような光。

「……なんだ、これ」

 五人で扉の前に立った。

 光が呼んでいる。そう感じた。馬鹿げた直感だと分かっていた。でも、手が勝手に伸びた。

「ワタル」ハルカの声。

「大丈夫。ちょっと触るだけ」

 指先が扉に触れた。


 ——瞬間。


 光が弾けた。

 視界が真っ白になった。体が浮く感覚。重力がなくなる。上も下も分からない。

 フタバの悲鳴が聞こえた。ユウスケが俺の名前を叫んだ。ハルカの手が俺の腕を掴んで——すり抜けた。

 意識が、沈む。


    ◇


 最初に感じたのは、草の匂いだった。

 湿った土と、甘い花の香り。知らない匂い。

 顔に風が当たっている。冷たくて、優しい風。

 俺は目を開けた。


 空が、紫だった。


 夕暮れでも、夜でもない。淡い紫色の空に、見たことのない星が散らばっている。

 そして——月が、二つあった。

 大きな月と、小さな月。並んで浮かんでいる。ありえない光景。ありえない空。

「……嘘だろ」

 体を起こした。全身が痛い。地面は石畳で、苔が生えていた。

 周囲を見回す。石の柱が並んでいる。崩れかけた壁。天井のない広い空間。——遺跡だ。古い、古い遺跡。

「ワタル!」

 ユウスケの声。すぐ近くで倒れていた。起き上がろうとして、膝をついている。

「ユウスケ! 大丈夫か!」

「俺は平気だ。他は——」

「ワタル先輩……」

 フタバが座り込んでいた。顔が真っ白だ。唇が震えている。その手をハルカが握っている。ハルカも顔色が悪いけれど、フタバの手だけは離していない。

「ここは……どこですか」

 リクトが眼鏡を直しながら立ち上がった。声が微かに震えていた。こいつが動揺するのは珍しい。それだけで、事態の異常さが分かる。

「分からない」俺は言った。「でも——元の場所じゃない」

 二つの月を見上げた。星の配置が違う。空気の匂いが違う。重力すら、わずかに軽い気がする。

 ここは——俺たちの世界じゃない。

「ワタル先輩、怖い……」

 フタバの声が震えていた。泣きそうだった。

 俺は立ち上がった。膝が笑っている。心臓がうるさい。怖い。正直、怖い。何が起きたか分からない。ここがどこかも分からない。帰り方も分からない。

 でも——フタバが泣きそうな顔をしている。リクトの手が震えている。ハルカが不安そうに俺を見ている。ユウスケだけは平気な顔をしているけど、拳が白い。

 こういう時、前に立つのは俺だ。

 昔から、そうだった。

「大丈夫だ」

 声が震えないように、腹に力を入れた。

「俺がいる。全員いる。なんとかなる」

 根拠なんてない。何の保証もない。でも、言わなきゃいけなかった。

 フタバが顔を上げた。ハルカが少し笑った。リクトが頷いた。ユウスケが「ああ」と短く言った。

 それだけで、少しだけ空気が緩んだ。


 ——その時、気づいた。


 遺跡の中央に、小さな丘がある。

 石段を数段登った先。崩れた柱に囲まれた、開けた場所。

 そこに——木が立っていた。

 大きな木。

 太い幹。広がる枝。空を覆う葉。

 俺は息を呑んだ。

「……嘘だろ」

 知っている。この木を、俺は知っている。

 毎日、帰り道の途中で見上げていた。丘の上に立つ、あの木。

 同じだ。形も、大きさも、枝の伸び方も。

「ワタル……あれ」

 ハルカが同じものを見ていた。目が大きく見開かれている。

「あの木だよね。……私たちの、あの木」

「同一の樹木とは断定できませんが——」リクトの声が掠れた。「形態的特徴が酷似しています。偶然とは考えにくい」

 風が吹いた。

 木の葉が揺れた。さわさわと、優しい音を立てて。

 あの丘の上で聞いた音と、同じだった。

 ——なぜ、ここにある?

 俺たちの世界の木が、なぜこの場所に——


 地鳴りがした。


 足元が震えた。遺跡の石柱がガタガタと揺れる。

 音。重い音。何かが近づいてくる。

 遺跡の入り口——崩れた門の向こうから、影が現れた。

 大きい。

 俺の三倍はある。四足の獣。赤い目。口から煙のような黒い霧を吐いている。

 ——魔物。

 頭の中で、そんな言葉が浮かんだ。馬鹿げている。魔物なんてゲームの中にしかいない。でも目の前のそれを他に何と呼べばいい。

「逃げ——」

 ユウスケの声が途切れた。出口は魔物が塞いでいる。逃げ場がない。壁は高い。登れない。

 フタバが悲鳴を上げた。

 魔物が一歩踏み出した。地面が揺れた。赤い目が俺たちを捉えている。

 ——殺される。

 そう思った。体が凍りつきそうだった。


 でも。

 フタバが、俺の後ろにいた。


 体が動いた。

 考えるより先に、俺はフタバの前に立っていた。両手を広げて。武器もない。力もない。何もない。それでも——退かなかった。

「来るなっ!」

 叫んだ。

 魔物が跳んだ。巨大な影が空を覆う。


 ——右手が、熱くなった。


 脈打つような熱。指先から肘まで、何かが駆け上がってくる。

 そして——弾けた。

 黒い光。

 俺の右手から、黒い光が放たれた。ほんの一瞬。閃光のように。

 魔物が空中で怯んだ。着地が乱れ、石柱にぶつかって体勢を崩す。

 一秒。いや、それ以下の時間。

 でも——それで十分だった。


 銀色の剣閃が、走った。


 風を切る音。魔物の悲鳴。次の瞬間、魔物は石畳の上に崩れ落ちていた。

 剣を持った男たちが、遺跡の壁を越えて飛び込んでくる。銀色の鎧。揃った動き。統率された部隊。

 ——騎士だ。

 本物の、剣を持った騎士たち。

 先頭の男がこちらを見た。兜の奥の目が、鋭い。

 その目が——俺の右手に向けられた。

「……お前たち、人間か?」

 俺は自分の右手を見た。

 さっきまで黒い光を放っていた手。今はもう何もない。普通の手だ。

 でも——かすかに、震えていた。


 俺は、何をした?

 あの黒い光は——何だ?


 答えは、まだ分からなかった。

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