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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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大きな木の下で

 丘の上に、大きな木がある。

 その下に、確かに俺はいた。

 ——これは、そこにいた俺の、たった一つの物語だ。


    ◇


 あの日、俺は世界を救う勇者ではなく、世界に拒絶される「禁忌」になった。

 右手から溢れる黒い光。止められない。止め方を知らない。

 視界の端で、ハルカが泣いている。ユウスケが叫んでいる。

 ——だけど、それはまだ、ずっと先の話だ。


 あの日の俺は、まだ何も知らなかった。

 自分が支払うことになる「代償」の重さも、二度と戻れない日常の眩しさも。


    ◇


「俺、将来の夢決めたわ」

 夕暮れの帰り道。どこかの家から漂うカレーの匂い。

 腹を鳴らしながら、俺——ワタルは、高らかに宣言した。

「世界を救う勇者になる」

 三秒の沈黙の後、幼なじみたちの声がぴったり揃った。

「「「無理」」」

 ユウスケ、ハルカ、フタバの声がぴったり揃った。

「ひどくない!? せめて一秒くらい考えてくれよ!」

「考えた結果だ」

 隣を歩くユウスケが、前だけ見たまま言った。亜麻色の髪を風に揺らしながら、口元だけ微かに上げている。こいつは昔からこうだ。真顔のまま人を刺す。

「統計的に言えば、勇者の定義が曖昧なので判定不能ですが——」

「リクト、難しい話はいいから!」

 フタバが遮った。小さな体をぴょんと跳ねさせて、俺の顔を覗き込んでくる。

「ワタル先輩、勇者っていうかさ、まず明日の小テスト大丈夫なの?」

「……それは別問題だろ」

「同じだと思いますよ」リクトが眼鏡を押し上げた。「基礎がなければ応用は成り立ちません」

「俺は夢の話をしてるんだよ!」

 ハルカが隣で笑っている。声は出さない。ただ目を細めて、俺たちのやり取りを見ている。夕陽がハルカの横顔を照らしていて、なんというか——いや、なんでもない。

「ワタル先輩、明日も一緒に帰ろうね!」

 フタバが両手を広げて前を歩く。制服のスカートが揺れた。こいつは中学一年生だが、俺たちの中では一番声が大きい。

「当たり前だろ」

 俺は笑った。五人で帰るこの道が好きだ。

 ユウスケは最初から俺の隣にいた幼なじみ。言葉は少ないが、誰よりも信頼できる。ハルカは穏やかで優しくて、いつも一歩引いて全体を見ている。フタバは三つ下の妹みたいな存在で、泣き虫のくせに誰より元気だ。リクトは一つ下だけど頭は俺たちの中で一番よくて、いつも冷静で、たまにずれたことを真顔で言う。

 五人。いつも五人。

 この帰り道を、俺たちは何年も歩いてきた。


    ◇


 帰り道の途中、ゆるやかな坂がある。

 坂を登った先——小さな丘の上に、一本の大きな木が立っている。

 幹は太くて、枝は広くて、葉っぱは空を覆うように広がっている。いつ来ても変わらない。春も、夏も、秋も、冬も。ずっとそこに立っている。

「着いたー!」

 フタバが駆け上がって木の根元に座った。鞄を放り投げて、大きく伸びをする。

「あー、今日も疲れたー!」

「お前、体育一コマしか動いてないだろ」

「一コマでも疲れるんです!」

 俺も木の幹に背中を預けて座った。ユウスケが隣に腰を下ろす。リクトは鞄からノートを出して何か書き始めた。ハルカは俺の少し離れた場所に座って、夕暮れの空を見上げている。

 この丘からの景色が好きだ。

 街が見える。学校が見える。オレンジの空が全部を染めている。

「この木、でかいよな」

 俺は見上げた。太い枝が空に伸びて、夕陽を透かした葉っぱが金色に光っている。

「昔からあるんだろうな」

「小さい頃からここで遊んでたよね」ハルカが言った。

「樹齢は推定三百年以上ですね」リクトがノートから目を上げずに答えた。

「三百年か……」

 幹に手を当てた。ざらざらした樹皮。温かい。太陽の熱を吸っている。

 手の下に、掘り跡がある。古い傷。

 ——俺たちが小学生の時に掘ったのだ。

 ワタル。ユウスケ。ハルカ。フタバ。リクト。

 五つの名前。石で一生懸命掘った。フタバの字だけ少し大きい。リクトの字だけ几帳面に等間隔。ユウスケの字は深い。ハルカの字は丸い。俺の字は——下手だ。

「まだ残ってるな、これ」

「当たり前だよ。木は覚えてるの」フタバが笑った。

 五人の名前が、この木に刻まれている。俺たちがここにいた証。

 三百年前。俺たちが生まれるずっと前から、この木はここに立っていた。

 ——ふと、思い出した。

 この木の下で、フタバが泣いていた日のこと。

 幼稚園の頃だった。フタバが迷子になって、一人でこの丘に登ってきて、泣いていた。俺が見つけて、声をかけた。「大丈夫だよ」って。

 そしたらユウスケが来て、「お前、勝手に行くなよ」って言って。ハルカが来て、「フタバちゃん、大丈夫?」って手を握って。リクトが——あいつだけは後からだったけど——「泣いている原因を特定しましょう」って真顔で言った。

 あの日から、五人だった。

 ずっと、五人だった。

「そろそろ帰るか」ユウスケが立ち上がった。

「うん」俺も腰を上げた。

 最後にもう一度、木を見上げた。

 なんだろう。

 何かが——引っかかった。

 胸の奥で、かすかに。言葉にならない違和感。この木を見上げるたびに感じる、不思議な感覚。懐かしいような。寂しいような。

 でも、気のせいだと思った。

「ワタル、行くぞ」

「おう」

 俺は木に背を向けた。

 五人で坂を下りる。夕暮れの帰り道。影が長く伸びている。

 フタバが鼻歌を歌っている。リクトがノートを閉じた。ユウスケが前を歩いている。ハルカが隣にいる。

 ——当たり前の景色だった。

 この帰り道が、明日も続くと思っていた。五人で笑って、くだらない話をして、あの木の下に座って、夕暮れを見て、「また明日」って別れる。

 それが、ずっと続くと。

「じゃあな、また明日」

「うん、また明日」

「明日も一緒に帰ろうね、ワタル先輩!」

「当たり前だろ」

 手を振って、別れた。

 ハルカと二人になった。俺の家とハルカの家は同じ方向だ。

 しばらく無言で歩いた。影がさらに長くなっている。空のオレンジが少しずつ紫に変わっていく。

「ワタル」

「ん?」

「勇者、なれるといいね」

 ハルカが笑った。からかっているのか、本気なのか、分からない笑い方。

「……なれるよ。たぶん」

「たぶんなんだ」

「たぶんだよ。勇者って、なろうと思ってなれるもんじゃないし」

「じゃあ、なんで夢にしたの?」

 俺は少し考えた。

「……みんなを守れたら、かっこいいかなって」

 言ってから恥ずかしくなった。ハルカが笑うかと思ったけど、笑わなかった。

「うん」

 それだけ言って、ハルカは前を見た。

「ワタルなら、なれると思うよ」

 心臓が一回、強く鳴った。

 でも俺は何も言えなくて、「サンキュ」とだけ返した。

 ハルカの家の前で別れた。「おやすみ」「おやすみ」。いつもと同じ。

 

 一人になった帰り道、振り返った。

 遠くに、丘の上の木のシルエットが見えた。夕暮れの空を背景に、黒い影になっている。

 大きくて、静かで、ずっとそこにある。

 ——なんだろう。

 今日は、あの木が少しだけ違って見えた。

 まるで、何かを待っているみたいに。


 俺は首を振って、家に向かって歩き出した。

 明日も、いつもと同じ一日が来ると思っていた。



 ——けど。

 「明日」は、来なかった。

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