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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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18/37

ライバル

 月例ランキング戦。

 学園の闘技場。石造りの円形競技場に、全校生徒が詰めかけていた。個人戦のトーナメント。勝てばランクアップの査定に影響する。月に一度の、実力を示す場。

 対戦表が光の掲示板に映し出された。

 俺の目が、一つの組み合わせで止まった。


 Dランク ワタル vs Bランク ディオン。


 闘技場がざわめいた。

「DがBとやんの?」

「ランク外だった転移者だろ。無謀すぎる」

「ディオンは新入生最強だぞ。瞬殺だって」

 ——下馬評は全員がディオンの勝ち。当然だ。ランク差が二つ。実力差はそれ以上。

 観客席の一角に、ガレス師匠が座っていた。酒瓶を片手に。少し離れた席にセリア先輩もいる。腕を組んで、じっと闘技場を見ている。

「あの飲んだくれ、今日は起きてるんだ」セリア先輩が呟いた。

 師匠は酒をぐびっと飲んだ。


    ◇


 闘技場の中央。俺とディオンが向かい合った。

 十メートルの距離。観客の声が遠くなる。空気が張り詰める。

 ディオンが剣を構えた。訓練用の刃引きした実剣だ。Bランク以上は実剣の使用が許される。ただし試合用の魔素強化がかかっている——殺傷力はないが、重さと衝撃は本物だ。

 俺は木剣。Dランクは木剣しか使えない。こちらも試合用の魔素強化済みで、金属に当てても折れない。だが——重さが違う。リーチが違う。

「手加減はしない」

 ディオンの声。冷たい。でも、侮蔑はない。真剣な目。

「退くなら、今だ」

「退かないって言っただろ」

 ディオンの目が、一瞬だけ——何かを確かめるように細くなった。

 審判が手を上げた。

「——始め!」


 ディオンが動いた。

 速い。

 正統派の踏み込み。教科書に載るような、完璧な型。一歩で間合いを詰め、上段から振り下ろす。

 美しかった。

 観客が息を呑んだ。銀色の軌跡が空気を裂く。速く、正確で、重い。これが名門の剣か。磨き上げられた正統。

 ——見えた。

 木剣を斜めに上げて受け流す。金属と木が衝突する硬い音。腕にしびれが走る。でも——弾かれなかった。

 ガレス師匠に叩き込まれた受け方。「正面から受けるな。角度で流せ」。

 ディオンの目が動いた。「受けた」という驚き。すぐに次の手。横薙ぎ。速い。

 体を沈めて避ける。入学直後にセリア先輩が叩き込んだ基礎。「腰を落とせ。頭の位置を変えろ」。あの時は意味が分からなかった。今は——体が覚えている。

 斬り上げ。左から。見えた。後ろに跳ぶ。距離を取る。

 ——三合。Bランクの攻撃を三合しのいだ。

 観客がざわめく。「避けた?」「Dランクが?」

 でも攻撃できない。俺の木剣はディオンに届かない。速さが足りない。リーチが足りない。一方的に受けるしかない。

 四合目。ディオンの突き。鋭い。かわし切れず、肩を掠めた。痛みが走る。

 五合目。横薙ぎ。木剣で受ける。衝撃で一歩下がる。

 六合目。フェイントから上段。見えなかった。木剣ごと押し込まれる。膝をつきかけた。

「やはり——実力が足りない」

 ディオンの声。冷静な分析。その通りだ。受けることはできても、攻めに転じられない。このまま続ければ、削り殺される。

 七合目。八合目。九合目。

 押されている。確実に。一合ごとに後退している。闘技場の壁が近い。追い詰められている。

 観客が諦めた空気を出している。「やっぱりDじゃ無理か」「頑張ったけどな」。


 ——頑張った「けど」。

 その言葉が、一番嫌いだ。


 十合目。ディオンが踏み込んだ。今までで一番強い一撃。決めに来た。上段からの全力の振り下ろし。

 避けられない。受けたら木剣が折れる。

 ——なら。


 木剣を両手で握り直した。

 闇を呼ぶ。恐れない。拒絶しない。俺の一部。

 ——来い。

 闇が——応えた。


 黒い光が右手から溢れた。光が木剣に流れ込む。刀身が漆黒に染まる。修行で何百回と繰り返した、闇纏い。

 闘技場の空気が変わった。温度が落ちた。光が歪んだ。黒い光が、闘技場を染めた。

 

 時間が止まったように感じた。

 

 観客が凍りついた。

 声が出ない。動けない。全員が——黒い剣を見ている。

「闇——」

 誰かが呟いた。

「闇属性——!?」

 叫びが上がった。闘技場が騒然となる。「ありえない」「禁忌の——」「二百年ぶりの——」


 ディオンの振り下ろしが来る。

 闇を纏った木剣で、受けた。

 黒い光と銀の刃が衝突する。衝撃波。闘技場の石畳にひびが入った。ディオンの体勢が崩れる。全力の一撃が——止められた。

 一瞬の隙。

 踏み込む。ガレス師匠に教わった型。「隙は一瞬だ。迷うな」。

 闇を纏った木剣が、ディオンの胸元に到達した。

 寸止め。

 先端が、ディオンの鎧に触れた。黒い光が散った。


 静寂。


 審判の声が響いた。

「——勝者、ワタル!」


 闘技場が爆発した。

 歓声。悲鳴。困惑。恐怖。全部が混ざった音が降ってくる。

 俺は木剣を下ろした。刀身を覆っていた闇が霧のように消える。息が荒い。全身が汗まみれだ。

 目の前で、ディオンが仰向けに倒れていた。目を開けている。空を見つめている。


    ◇


「……闇属性」

 ディオンが呟いた。空を見たまま。

「禁忌の力。それを使ってまで、勝ちたかったのか」

 俺はディオンの前に立った。息を整えて。

「勝ちたかったんじゃない」

 右手を、差し出した。

「退きたくなかっただけだ」

 ディオンが俺の手を見た。

 数秒の沈黙。闘技場の喧騒が遠い。ディオンの銀灰色の目が、俺の目をまっすぐ捉えている。

 何かが、あの目の奥で動いた。怒り? 悔しさ? それとも——

 ディオンが、手を取った。

 引き上げる。立ち上がる。手の力が強い。剣を握る手だ。俺と同じ。

「……次は、負けない」

「望むところだ」

 ディオンが背を向けた。去り際に、一度だけ足を止めた。今度は——振り返った。

「ワタル」

 初めて、名前を呼ばれた。

「お前は——俺が思っていたより、強い」

 それだけ言って、行ってしまった。

 ——足手まとい、とは言わなかった。


    ◇


 闘技場を出た。

 仲間が待っていた。——いつもの笑顔じゃなかった。


 フタバが最初に走ってきた。飛びつく——と思った。でも、途中で足が止まった。

「ワタル先輩……あの黒い光、何……?」

 声が小さい。怖がっている——のではない。怖がっていいのか分からない顔。

「……闇属性だ」

 言った。隠せない。もう隠す意味がない。

 沈黙。


 ユウスケが口を開いた。

「……いつから」

「リクトが分析してくれたのは、一ヶ月くらい前だ」

「一ヶ月……」

 ユウスケの目が、一瞬だけ鋭くなった。怒り——ではない。「なぜ言わなかった」という問い。でも口にはしなかった。拳を握って、開いて、もう一度握った。

「……そうか」

 それだけ言った。それだけで——許してくれた。


 ハルカが俺の前に立った。目が潤んでいる。でも泣いていない。

「闇属性って……禁忌って言われてるやつだよね。200年封印されていた」

「ああ」

「危ないの? ワタルの体に、悪い影響とかないの?」

 ——心配してくれている。闇を怖がるんじゃなく、俺の体を。

「大丈夫だ。師匠にも見てもらってる」

「……ほんとに?」

「ほんとに」

 ハルカがじっと俺の目を見た。嘘をついていないか確かめるように。それから——手を伸ばして、俺の右手を取った。闇が宿る手を。

「……温かいね。普通の手だ」

「当たり前だろ」

「うん。当たり前だね」

 ハルカが笑った。少し安心した顔。


「リクト先輩は知ってたんだ?」フタバが振り返った。

 リクトが眼鏡を押し上げた。

「……はい。データの解析上、早い段階で判明していました。ですが——確証が持てるまで公表を控えていました」

「フタバには言ってくれなかったんだ」

 フタバの声が少し震えた。怒っているのではない。寂しいのだ。

「……ごめん、フタバ。心配かけたくなくて」

 フタバが顔を上げた。目が潤んでいる。でも——笑った。

「心配するに決まってるじゃん! フタバたち、仲間でしょ!」

 ガンが「ブオォ」と鳴いた。同意らしい。

「次は、ちゃんと言ってね。——フタバ、怖くないから。ワタル先輩の力なら」

 鼻を赤くしながら笑うフタバに、胸が熱くなった。


 リーシャが歩いてきた。腕を組んで。いつもの冷たい顔。

「禁忌の闇、ね。——道理で、あの夜の光が普通じゃなかったわけだ」

 あの夜。魔物に襲われた夜。ワタルの右手から弾けた黒い光。あれを覚えていたのか。

「怖いか?」

「愚問よ。——あなたが退かない人間だということは、もう知っている」

 横を向いた。でも——口元が、ほんの少し上がっていた。


 ノクスが肩の上で「クゥ!」と鳴いた。嬉しそうに尻尾を振っている。こいつだけは最初から何も変わらない。


    ◇


 トーナメントは続いた。個人戦は召喚獣なしのルール。純粋な騎士としての力を問う場だ。

 ユウスケはBランクの剣士を風の連撃で圧倒した。召喚獣なしでもこの強さ。「ユウスケ先輩つよー!」とフタバが叫んでいた。

 ハルカは直接戦闘ではなく支援型として出場し、光属性の回復速度で判定勝ち。「戦い方は一つじゃないから」と穏やかに笑った。

 フタバはBランクの相手に炎の拳で挑んで惜敗。でも「次は絶対勝つ!」と拳を握っていた。

 リクトは相手の攻撃パターンを読み切り、カウンターで勝利。「データは嘘をつきません」。いつもの台詞がいつもより誇らしげだった。

 リーシャはBランク同士の対戦で圧勝。剣技だけで観客を沸かせた。

 ——全員が、強くなっていた。


    ◇


「闇属性か……」

 背後からガレス師匠の声。酒瓶を持ったまま、壁にもたれている。

「面倒なことになりそうだな」

「師匠?」

「闇属性が学園にいると知れ渡った。噂はすぐに城まで届く。王にも。……気をつけろ、ワタル」

 師匠の目が、いつになく真剣だった。酔っていない目だ。

「気をつけるって——何にですか」

 師匠は答えなかった。酒を一口飲んで、去っていった。

 

 ——何に、気をつけろと言ったんだろう。

 闇属性。禁忌。二百年封印されていた力。

 それが俺の中にあることを、世界が知った。

 嬉しいはずだった。強くなった。ランク外から、Dから、Bランクのディオンに勝った。仲間が——驚いて、心配して、それでも受け入れてくれた。

 なのに——師匠の目が、頭から離れなかった。


    ◇


 その夜。寮のラウンジ。

「ねえ、ワタル先輩。一つ聞いていい?」

 フタバが首を傾げた。

「今日の試合、闇を剣に纏わせてたよね。でも——あの授業で、みんなが手から属性の玉を出してたやつ。あれはできないの?」

 属性魔法の実技授業を思い出す。全員が手のひらから属性の光を出した。フタバの炎。ユウスケの風。ハルカの光。リクトの石。——俺だけ、何も出なかった。

「……できない。剣に流すことはできるけど、手のひらから球にするのは——」

「教えようか」

 ハルカが言った。穏やかに。当たり前のように。

「属性は違うけど、コツは同じだと思う。魔力を手のひらに集めて、形を意識する。私も最初は光がぼやけてたの。ミレイ先輩に教わって、球にできるようになった」

「フタバも最初は火が散らばるだけだったよ! ガンの鼻が焦げた!」

 ガンが「ブオォ」と不満そうに鳴いた。

「魔力の収束率を上げれば球体化は可能なはずです。データ上、ワタルさんの闇纏いは既に制御できている。同じ原理を手のひらに応用するだけです」リクトが眼鏡を押し上げた。

 ユウスケが黙って頷いた。「やるぞ」。一言。


 ——ただし問題がある。

「俺が闇を出したら、人目につく。禁忌だって知れ渡ったばかりだし……」

「じゃあ夜やろう! 抜け出して!」フタバが目を輝かせた。

「校則違反だぞ」

「前も抜け出したじゃん、ワタル先輩」

「……バレたら説教だからな」

「バレなきゃいいんだよ!」


 深夜。裏庭。

 五人と五体の召喚獣。月明かりだけが照らしている。

「まず見ててね」

 ハルカが手のひらを上に向けた。白い光が灯る。ふわりと丸くなって、光の球が浮かんだ。きれいだ。

「手のひらの中心に集中して。散らばらないように、丸く包み込むイメージ」

 俺も手のひらを上に向けた。闇を呼ぶ。

 黒い光が灯った。——散らばる。煙みたいに広がって、形にならない。

「散らすな。握るな。包め」ユウスケが短く言った。

「風の球を作る時と同じだ。力を込めるんじゃない。流れに形を与える」

 もう一回。集中する。包み込む。——散らばる。

「リクト、データで何か分かるか?」

「収束点がずれています。もう少し手首を内側に傾けて——そうです。そのまま」

 フタバが横から見ている。「がんばれワタル先輩!」。応援が騒がしい。

「フタバ、声」

「あ、ごめん」


 十回目。黒い光が——丸くなった。一瞬だけ。すぐに崩れた。

「今の! 今のいけてた!」フタバが小声で叫んだ。

「もう一回……」

 十五回目。球体が五秒持った。

 二十回目。十秒。

「——巡回だ」

 ユウスケの声が低くなった。遠くから教官の足音。

 全員で茂みに飛び込んだ。ノクスが「クゥ?」と鳴きかけて、俺が口を塞いだ。ガンの体がでかくて隠れきれない。フタバがガンの上に伏せた。リクトがシェルを甲羅ごと帽子みたいに被った。ハルカが光を消した。ユウスケがフェンリルと一体化するように動かない。

 教官が通り過ぎた。

 全員で息を吐いた。フタバが笑いを堪えている。リクトの頭にシェルが乗ったままだ。

「……馬鹿だな、俺たち」

「前にも同じこと言ってたよね」ハルカが小さく笑った。


 三十回目。

 手のひらの上に、黒い球体が浮かんだ。拳より少し小さい。漆黒。安定している。

「できた……!」

「おめでとう、ワタル」ハルカが微笑んだ。

「データ上、安定しています。実戦で使えるレベルです」リクト。

「やったーーー!」フタバが声を殺しきれなかった。

「静かにしろ」ユウスケ。でも、笑っていた。


 手のひらの上の闇の球。仲間に教わった球。

 剣に纏わせる闇は師匠に教わった。球にする闇は仲間に教わった。

 ——一人じゃない。全部、誰かがくれた力だ。


 俺の力が、闇であること。

 世界が知った。

 ——これが始まりだと、まだ知らなかった。

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