表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/37

黒い刃

 ガレス師匠の修行は、地獄だった。

 朝六時。授業が始まる前の二時間だけ。一秒でも遅れたら破門。

「構え」

 木剣を構えた瞬間に転がされる。朝の挨拶代わり。

「遅い。寝ぼけるな」

「起きてます……」

「体が起きてない。もう五十回振れ」

 朝の二時間で素振りと組み手。授業に出て、放課後また道場に戻る。夕方は体術と走り込み。夜まで。

 昼食は授業の合間に食堂で食べるが、休日は道場で師匠と食べた。ガレス師匠の手料理——これが修行より辛かった。

「師匠。これ、何ですか」

「肉の煮込みだ」

「黒いんですけど」

「味はある」

「ないです」

 三日目から俺が料理を作るようになった。師匠は「お前の方がマシだな」と言って酒を飲んだ。褒めてるんだか何なんだか。

 修行の合間、師匠は酒を飲む。

「お前も飲むか」

「未成年です」

「異世界に法律はないぞ」

「ダメです」

「真面目か」

「師匠が不真面目すぎるんです」

 ——でも。木剣を構えた瞬間、この人は別人になる。

 一切の無駄がない。俺の動きの全てが見えている。どこに力を入れて、どこで抜くか。足の運び一つで相手の重心を崩す方法。剣は力ではなく技だと、体で教えてくれる。

「剣は人を守るためにある。それを忘れたら終わりだ」

 何度も言われた。殺すための剣ではない。守るための剣。

 ——俺には、ちょうどいい教えだった。


 六日目。いつものように酒瓶を持ったまま俺を転がした後——師匠が止まった。

「……もう一本やるか」

「はい!」

 構えた。師匠が酒瓶を——

 ——置いた。

 初めてだった。六日間、何十回転がされても、一度も置かなかった酒瓶。

 空気が変わった。道場の温度が二度下がった。

「百年早いと言ったが——」

 木剣を構えた。目が変わった。別人だ。酒瓶を持っていた時の何倍も鋭い。

「——思ったより飲み込みが早い。退屈はしなさそうだ」

 五秒後、俺は天井を見ていた。酒瓶ありの時とは次元が違った。見えなかった。一手目すら。

 でも——嬉しかった。認められた気がした。


    ◇


 修行が始まって一週間が経った夜。

 寮に帰る途中、屋上にハルカがいた。いつもの場所。二つの月を見上げている。

「隣、いいか」

「うん」

 並んで座った。月明かり。風が少し冷たくなってきた。季節が変わりつつある。

 ハルカが光属性の練習をしていた。手のひらの上に小さな白い光を灯している。蛍みたいに、ふわふわと揺れる。

「上手くなったな」

「ミレイ先輩に教えてもらってるの。制御が大事だって」

「俺も師匠に同じこと言われてる。力じゃなくて制御」

「似てるね」

 沈黙。でも、居心地がいい。

「ワタルは」

「ん?」

「怖くないの? 属性がないこと」

 ハルカが月を見たまま聞いた。小さな声。でも真剣な声。

「怖いよ」

 正直に言った。

「毎日怖い。みんなは伸びてるのに、俺だけ何もできない。師匠の修行で剣は少し上手くなったけど、魔法は何も出ない。このまま何も変わらなかったらって——考えると、怖い」

「……」

「でも。怖いからってやめたら、もっと怖い」

「もっと怖い?」

「みんなの隣に立てなくなることが。俺がいない戦場でみんなが戦うことが。それが一番怖い」

 ハルカが俺を見た。月明かりの中の横顔。

「……強いね、ワタルは」

「強くないよ。ただの意地っ張り」

 ハルカが笑った。月明かりに照らされた笑顔。柔らかくて、温かい。

 ——ふと、思い出した。

 小学生の頃。フタバとリクトが些細なことでケンカした。ユウスケが仲裁しようとして失敗した。ハルカが泣いた。

 俺が、丘の上の大きな木の下に全員を集めて言った。

 「もうケンカ禁止。俺たちは絶対に離れない」。

 子供の約束。馬鹿みたいに真っ直ぐで、何の根拠もない約束。

 でも——まだ守られている。

「帰れたら」

 ハルカが言った。

「あの丘の木の下に行こうね。みんなで」

「ああ」

「約束」

「約束だ」

 ハルカが小指を出した。子供みたいな仕草。——でも、迷わず小指を絡めた。

 指先が温かかった。

 月明かりの下で、約束をした。

 あの木の下で、また会おうと。


    ◇


 修行が本格化して三週間。

 剣の稽古は続いている。だが師匠はもう一つ、別の訓練を始めた。

 ガレス師匠が、俺の右手を見た。

「お前の中に眠ってるもの……こいつは闇だ」

「闇……?」

「六属性の一つ。だが禁忌とされている。二百年前に封印された属性」

 リクトの分析と一致する。闇属性。二人だけの秘密。師匠もまた、同じ答えに辿り着いた。

「封印された属性が、なぜ俺に?」

「知らん。だが事実としてお前の中にある。封印が薄い。少しずつ漏れ出している。あの黒い光は、漏れ出した闇だ」

 師匠が酒瓶を置いた。珍しく真面目な目だ。

「いいか。闇を恐れるな。拒絶するな。お前の一部として受け入れろ。そうすれば、制御できる」

「受け入れる……」

「闇は悪じゃない。ただの力だ。火が善でも悪でもないように、闇もそうだ。使う者次第」

 師匠が壁から木剣を取って、俺に渡した。

「お前は剣士だ。手のひらから光を出す芸人じゃない。——闇を、剣に流せ」

 木剣を握った。右手に集中する。闇を呼ぶ。剣に流す。

 ——何も起きない。

「もう一回」

 集中する。闇を。剣に。

 指先が一瞬だけ黒く光った。木剣には届かない。三秒で消える。

「弱い。だが方向は合っている。毎日やれ」


 毎日やった。

 木剣を握って、闇を流す。三秒で消える光が五秒に。五秒が八秒に。八秒が十秒に。指先だけだった光が、手のひらまで広がるようになった。でも——木剣には届かない。

 少しずつ。一秒ずつ。地味で、派手さのない積み重ね。

 師匠が見守っている。酒を飲みながら。でもその目は、一瞬も俺から離れていなかった。


 修行から一ヶ月が経った日。

 その日は、妙に集中できた。

 木剣を握る。右手に意識を集中する。闇を呼ぶ。恐れない。拒絶しない。俺の一部。

 黒い光が灯った。いつもより強い。指先から手のひら全体に広がる。——手のひらだけじゃない。初めて——光が、木剣に流れ込んでいった。

 木剣の刀身が、黒く染まった。

 漆黒。光を吸い込むような深い闇が、木の刀身を覆っている。でも不思議と温かい。ノクスの温もりに似ている。

 肩の上でノクスが「クゥ!」と鳴いた。嬉しそうに。

「安定してるか?」師匠の声。

「……はい。消えない」

 十秒。二十秒。三十秒。消えない。黒い光が木剣を包んだまま、静かに脈打っている。

「振ってみろ。あの木を斬れ」

 道場の外。十メートル先の古い木を狙う。

 踏み込んだ。振り下ろした。

 ——木が、両断された。

 斬り口が黒く焦げている。切断面が滑らかだ。木剣で——木の剣で、木を両断した。闇が切れ味を与えている。

 沈黙。

「……ほう」

 師匠が酒瓶を下ろした。口元が、かすかに上がっていた。

「闇を剣に纏わせたか。——お前らしいな、ワタル」

 名前で呼ばれたのは、初めてだった。

 足が震えた。嬉しさで。ようやく——ようやく、一歩。


    ◇


 翌日。学園の掲示板。

 光の文字が更新された。

 ワタル——ランクD。

 ランク外から、D。Dはランクの一番下。みんなはCだ。まだ追いついていない。でも——ランク外とDの間には壁がある。「何もない」から「何かある」への壁。ゼロから一への距離は、一から百より遠い。

 食堂で報告した。最近はリーシャがたまに同じテーブルにつくようになっていた。「たまたま席が空いてなかっただけよ」と言い張るが、空席は山ほどある。

「ランク、Dになった」

 一瞬の沈黙。そして——

「やったー!!」

 フタバが椅子から飛び上がった。ガンが鼻を上げて赤い光を放った。祝砲のつもりらしい。

「師匠の修行の成果だね!」ハルカが嬉しそうに言った。剣の修行のおかげだと思っている。

「遅いぞ」ユウスケが言った。でも——笑っていた。こいつが笑うのは、本当に珍しい。

 リクトが眼鏡を押し上げた。目だけで俺を見た。——二人だけの秘密。リクトは知っている。剣だけじゃない。闇属性の力が安定し始めていることを。でも何も言わなかった。ただ頷いた。

「おめでとう、ワタル」

 ハルカが言った。六人の中で——一番嬉しそうな顔をしていた。目が少し潤んでいる。

「泣くなよ」

「泣いてない。……ちょっとだけ」

 食堂の向こう。窓際の席で、リーシャがこちらを見ていた。

 目が合った。

 リーシャが——ほんの少しだけ、微笑んだ。すぐに目を逸らしたけど。

 そして——食堂の入り口に、ディオンが立っていた。

 腕を組んで、掲示板を見ている。「ランクD」の文字を。

 俺と目が合った。

 ディオンは何も言わなかった。ただ一瞬だけ——目が、鋭くなった。

 ——来る。

 そう思った。次は、あいつとやる。


 ランク外から、D。

 ゼロから、一。

 ここからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ