六つの属性
教室中の手が、光っていた。赤、青、緑、金——俺の手だけが、暗いままだった。
◇
属性魔法の実技授業。
教官が講堂の前に立ち、手のひらから小さな炎を出して見せた。
「魔力を手に集中させ、属性を意識しろ。お前たちの中には既に力がある。あとは、呼び起こすだけだ」
生徒たちが一斉に両手を前に出す。講堂のあちこちで、小さな光が灯り始めた。
赤い炎。青い水の球。緑の風。茶色い石の欠片。
——ユウスケの番。
ユウスケが右手を前に出した。集中している。額に汗一つ浮かべず、静かに——
風が吹いた。
教室中の窓が、一斉に吹き飛んだ。
ガラスじゃない。この世界の窓は魔素結晶だ。それが粉々になって廊下に散らばった。
「……すまない」
ユウスケが無表情で手を下ろした。教官が引きつった顔で「威力を抑えろ」と言った。廊下にいた生徒が悲鳴を上げていた。
ハルカ。
両手を合わせると、白い光が溢れた。温かい光。講堂全体がやわらかく照らされる。生徒たちが目を細めた。「きれい……」。ルミがハルカの肩で同じ光を放っている。主人と召喚獣が同調している。
「光属性。素晴らしい制御力です」教官が感心した。
フタバ。
「えいっ!」
フタバの手から赤い炎が飛んだ。勢いが良すぎた。炎が横に逸れて——リクトの机の上のノートを直撃した。
ノートが燃えた。
「フタバ!!」
「ごめんなさーい!!」
リクトが消火魔法を……使えないので、ユウスケが風で吹き消した。今度は窓を壊さなかった。成長。
ノートは半分焦げた。リクトが焦げたページを見て「三日分のデータが……」と呟いた。フタバが手を合わせて「本当にごめんなさい! お詫びに今日のデザートあげるから!」。リクトが「デザートでは補填できません」と言いつつ、少し表情が緩んだ。
リクト自身は地属性。手のひらの上に小さな石の塊を生成した。精密で、形が整っている。制御力が高い。シェルの甲羅がちかちかと光った。データ連動しているらしい。
リーシャ。金色の光が手のひらに宿った。強い。安定している。教官が「Bランク相当の出力」と報告した。ソラが翼を広げて同調する。
◇
俺の番が来た。
手を前に出した。
集中する。魔力を意識する。手のひらに力を込める。
——何も起きない。
もう一度。意識を集中させる。火でも風でも光でもいい。何か一つ、出てくれ。
十秒。二十秒。三十秒。
何も。
講堂が静まっている。さっきまでの笑い声が消えた。
「ランク外だしな……」
「属性ないんだから、そりゃ出ないだろ」
囁き声。聞こえている。全部。
教官が気まずそうに「次の生徒」と言った。
俺は手を下ろして、席に戻った。
ハルカが心配そうな目で見ていた。フタバが「ワタル先輩……」と小さく言った。ユウスケは何も言わなかった。でも、拳を握っていた。
——悔しい。
みんなには属性がある。才能がある。努力すれば伸びる基盤がある。
俺には、それがない。
剣も下手。魔法も使えない。ランク外。何もない。
右手を見た。あの夜、黒い光を出した手。でも今は何も出ない。出したい時に出せない。追い込まれた時にしか出ない力に、何の意味がある。
◇
放課後。訓練場。
一人で木剣を振っていた。魔法が使えないなら、せめて剣を。そう思って振るけど、今日は集中できない。軸がぶれる。手首が甘い。昨日より下手になっている気がする。
「まだやってるのか」
声。
振り返ると、ディオンが訓練場の入り口に立っていた。腕を組んで、壁に背を預けている。
「無駄だ。属性なし、魔力測定不能。今日の実技で何も出なかった。お前に戦う才能はない」
「……」
「仲間の足手まといになる前に、退くべきだ」
退く。
その言葉が、胸を刺した。一番言われたくない言葉。一番恐れていること。
足手まとい。俺がいることで、みんなの足を引っ張る。ハルカが心配する。ユウスケが気を遣う。フタバが悲しい顔をする。
——でも。
「退かない」
声が出た。震えてなかった。
「なぜだ」
ディオンの目が鋭い。嘲笑じゃない。本当に聞いている。なぜ退かないのか。才能もなく、力もなく、属性もないのに——なぜ。
「俺が退いたら、誰があいつらの前に立つんだ」
ディオンが目を見開いた。一瞬。ほんの一瞬。
何かが、ディオンの目の奥を走った。驚き? 苛立ち? それとも——
「……好きにしろ」
ディオンが背を向けた。
去り際、足が一度止まった。振り返りはしなかった。でも止まった。
何か言いたそうだった。言わなかった。そのまま行ってしまった。
——あいつの目の奥に見えたものは、何だったんだろう。
没落貴族。実力で這い上がるしかない男。何も持っていない場所から始めた男。
俺と——同じだ。
◇
夜。寮の廊下でリクトに呼び止められた。
「ワタルさん。少しお時間をいただけますか」
リクトの部屋。机の上にノートが広がっている。焦げたページもある。フタバの火のせいだ。
「分析結果が出ました」
リクトが眼鏡を押し上げて、ノートを開いた。シェルが机の上に置かれていて、甲羅の紋様が青く光っている。
「今日の実技で、教官が各生徒の魔力データを測定していました。僕はシェルを通じて、そのデータをリアルタイムで記録していました」
「……それ、許可取ってるのか?」
「事後承諾を得る予定です」
取ってないな。
「結論から言います。ワタルさん、あなたの体内には魔力があります。それも——膨大な量が」
「え? でも今日、何も出なかったぞ」
「出なかったのではなく、出せなかったんです。あなたの魔力は、この世界の五属性——火、水、風、地、光——のどれにも当てはまらない」
リクトが眼鏡を押し上げた。
「ただし——もう一つ、属性があります。五属性とは別の。200年前に封印された、禁忌の属性」
「……まさか」
「闇です。あなたの右手から、闇属性の反応が検出されています」
「闇……」
「この世界の魔法体系は五属性で成り立っています。闇はかつて存在したが、200年前に封印された。教科書にも『かつての六番目の属性』としか記載がない。使い手は——200年間、一人も現れていません」
「じゃあ、なんで俺から闇の反応が出るんだ」
「それが分からない。200年前の記録も乏しくて、比較データがほとんどない。確実に言えるのは——あなたの右手の奥に、膨大な力が封じられているように眠っていること。そして、それが闇属性であること」
「封じられてる……」
「まだ仮説の段階です。データが足りない。でも、必ず解明します。データは嘘をつきませんから」
「……頼りにしてる、リクト」
「ええ。任せてください」
シェルの甲羅がちかちかと光った。こいつもまだ処理中らしい。
リクトがノートを閉じた。真剣な目のまま言った。
「ワタルさん。このことは——まだ他の人には言わない方がいいと思います」
「……俺もそう思ってた」
「闇属性は200年間封印されていた禁忌です。知れ渡れば、学園側がどう動くか分からない。最悪、拘束される可能性もある」
「ハルカたちにも?」
リクトが少し迷った。
「……今は。まだデータが揃っていない段階で不確かな情報を伝えても、混乱させるだけです。確証が持てたら、僕から説明します」
「……分かった。二人だけの秘密だな」
「秘密というか、情報管理です」
リクトらしい言い方に、少し笑えた。
◇
翌朝。食堂。
「ワタル、昨日リクトと遅くまで何してたの?」
ハルカが首を傾げた。
「あー……シェルのデータ整理を手伝ってた」
「ワタル先輩がデータ整理? 宿題すら写そうとしてた人が?」フタバが目を丸くした。
「……うるさい」
「怪しいー」
ユウスケが黙って俺を見た。嘘をついていることに気づいている目。でも——追及しなかった。こいつはこういう奴だ。
「まあ、お前が話したい時に話せ」
小さく言って、スープを飲んだ。
——ありがとう、ユウスケ。
その日は一日中、上の空だった。
授業が耳に入らなかった。ノートの端に意味のない線を引いていた。ハルカが何度か心配そうに横を見ていたけど、聞かなかった。ユウスケが「話したい時に話せ」と言ってくれたのを、ハルカも聞いていたのだろう。
放課後。一人で屋上に行った。二つの月が出始めている。
右手を見た。
闇属性。200年間、誰も持たなかった力。それが俺の中にある。
ノクスが肩に乗って、俺の右手を見ている。赤い目が——今日は、少しだけ穏やかだった。まるで「大丈夫だよ」と言っているみたいに。
「お前は何か知ってるのか、ノクス」
「クゥ」
答えにならない答え。でも、頬を俺の手に擦りつけてくる。
闇属性。200年間封印されていた——禁忌の力。
なぜ俺に。何のために。




