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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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リーシャの素顔

 ——私には、友達がいない。


 リーシャは、それを事実として受け止めていた。

 王女。その称号は、壁だ。見えない壁。誰も超えてこない。超えようとしない。

 朝。廊下を歩く。すれ違う生徒たちが道を開ける。「おはようございます、王女殿下」。頭を下げる。目を合わせない。

 教室に入る。会話が止まる。席に座ると、周囲三メートルに誰もいない。空間が空く。まるで結界のように。

 ——慣れた。

 物心ついた時から、こうだった。城の中でも同じ。侍女たちは丁寧だけれど、対等ではない。同い年の子供と遊んだ記憶がない。剣を交えた相手は教官だけで、手加減されていた。全力で来てくれる人は、いなかった。

 ——あのランク外の男を除いて。


    ◇


 小さい頃の記憶がある。

 父——国王の膝の上で、本を読んでもらった。

 父の声は低くて温かかった。冒険の物語。勇者が竜を倒す話。お姫様が騎士に救われる話。

 「お父様、お姫様はいつも助けられるの?」

 「そうだな。でも、リーシャは違う」

 「違うの?」

 「お前は自分で剣を持て。自分の足で立て。それが、本当の強さだ」

 父が笑った。温かい笑顔。大きな手が頭を撫でた。

 あの手の温もりを、今でも覚えている。

 ——いつから変わったのだろう。

 父の目から温かさが消えた。代わりに入ったのは、冷たい光。「国のために」が口癖になった。リーシャを見る目が、娘を見る目ではなくなった。道具を見る目。

 何があったのかは、分からない。聞けなかった。聞く隙がなかった。

 膝の上で本を読んでもらった日々は、もう戻らない。


    ◇


 昼。食堂。

 いつもの窓際の席。いつもの一人の食事。スープとパンと、魔獣肉の煮込み。美味しいはずだ。でも、味が薄い。いつからか、一人で食べる食事は味が薄くなった。

 周囲では笑い声が聞こえる。友達同士で肩を組んでいる。誰かの皿からおかずを盗んでいる。

 ——別に、羨ましくない。

 嘘だ。

 トレイを持った影が、真正面に来た。

「ここ、空いてる?」

 ワタルだった。

 王女の席に、何の躊躇もなく向かいに座ろうとしている。周囲の視線が一瞬集まった。「え、王女殿下の正面に?」「あのランク外の転移者が?」

「……好きにしなさい」

 断る理由がなかった。いや——断りたくなかった。

 ワタルがトレイを置いて座った。シチューとパン。いつもと同じメニュー。

「今日も一人だったから」

「余計なお世話よ」

「そうかもな」

 笑っている。この男は、いつも笑っている。ランク外で、才能がなくて、周囲に馬鹿にされているのに。

 ——なぜ笑えるのだろう。

「リーシャちゃーん! 一緒に食べよう!」

 嵐が来た。フタバだ。トレイを持って駆け寄ってくる。ガンがその後ろをのしのし歩いている。

「ちゃん付けしないでと言ったでしょう」

「えー、じゃあリーシャさん?」

「……好きにしなさい」

「やった! じゃあリーシャちゃんで!」

「好きにしなさいと言ったのであって、ちゃん付けを許可したわけでは——」

「リーシャちゃん! リーシャちゃん!」

「……もういい」

 ハルカも来た。「隣いいかな」。穏やかに微笑んで座る。リクトが向かいの端に座ってノートを開いた。ユウスケが黙ってハルカの隣に座った。

 気づけば——テーブルが埋まっていた。

 ノクスがワタルの肩からリーシャの皿を狙っている。「おい、やめろ」とワタルが押さえる。フタバがガンにパンを分けながら「リーシャちゃん、ソラって何食べるの?」と話しかけてくる。リクトが「リーシャさん、この魔法理論の解釈なんですが」と質問してくる。

 うるさい。

 うるさいのに——嫌じゃない。

 スープを一口飲んだ。

 ——美味しかった。

 いつもと同じスープのはずなのに。同じ味のはずなのに。


    ◇


 夜。自室。

 机の上に便箋がある。ペンを持って、一行目を書こうとする。

「お父様へ」

 ——書けない。

 何を書けばいいのか分からない。「元気ですか」? 形式的すぎる。「会いたいです」? 本心だけど、あの冷たい目を思い出すと書けない。「なぜ変わったのですか」? 聞きたいけど、答えが怖い。

 ペンを置いた。

 窓の外に二つの月。

 ソラが窓枠に止まっている。金と白の羽根が月光を受けて淡く光る。

 リーシャがソラの頭を指先で撫でた。ソラが目を細める。

「……私には、あなたがいるわね」

 ソラが小さく鳴いた。高い、澄んだ声。

 ——一人じゃない。少なくとも、ソラがいる。

 でも。

 今日の昼食を思い出す。うるさい連中。笑い声。ノクスの肉泥棒。フタバの「リーシャちゃん」。ハルカの柔らかい笑顔。リクトの真剣な質問。

 そして——「ここ、空いてる?」

 あの声。何の躊躇もなく、隣に座った男。

 

 便箋を引き寄せた。

 書けないけれど——書く気は、まだある。明日にしよう。


    ◇


 翌朝。

 訓練場を通りかかった時、足を止めた。

 朝日が昇り始めたばかりの訓練場。石畳がオレンジ色に染まっている。

 その中央に、一人の男がいた。

 木剣を振っている。何度も。何度も。同じ動作を繰り返している。

 ワタル。

 額に汗。腕が震えている。手のひらの包帯に血が滲んでいる。それでも止めない。一回、また一回。

 ランク外。才能がない。セリア先輩にもそう言われたと聞いた。魔力も属性もない。剣の筋もない。

 ——なのに。

 なぜ、こんなに必死に振れるのだろう。

 リーシャは剣を知っている。幼い頃から握ってきた。才能があると言われた。何でも早く習得できた。

 だから分かる。あの素振りがどれだけ下手か。軸がぶれている。手首の角度が甘い。力の入れ方が非効率的。百点満点で言えば、三十点がいいところ。

 ——でも。

 昨日より、少しだけ良くなっている。ほんの少しだけ。軸のブレが小さくなっている。手首の角度が一度だけ正しい方に寄っている。

 毎日。毎日。一ミリずつ。

 馬鹿みたい。

 こんな地味な積み重ねで、Cランクに追いつけるわけがない。私でさえ、長い年月をかけてここにいる。ランク外からでは、何年かかるか分からない。

 ——でも。

 目が離せなかった。

 あの背中から。汗で張り付いた訓練着。震える腕。折れない膝。

 真っ直ぐだ。あの男は、何もないくせに真っ直ぐだ。


 ワタルが振り返った。リーシャと目が合った。

「おはよう」

 ——普通に。何の気負いもなく。王女に向かって。

「……おはよう」

 声が出た。自分でも驚いた。

 ワタルが笑った。朝日の中で。汗だらけの顔で。

 ——馬鹿みたい。


 柱の影を離れて、自分の訓練場所に向かった。

 胸の奥に、小さな棘が刺さっていた。痛くはない。温かい棘だ。


 王女には、友達がいなかった。

 でも今、隣にうるさい人たちがいる。

 ——それが嫌じゃないと気づいた時、少しだけ心が軽くなった。

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