祭り
学園祭。
年に一度、三日間にわたって行われる。各クラスが出し物を準備し、騎士団の関係者や王都の住民も観覧に来る。一年で最も賑やかな行事。
そして俺たちのクラスの出し物は——
「異世界料理の屋台、やります」
俺が宣言した瞬間、クラスの視線が集まった。
「異世界? お前らの世界の料理ってこと?」
「ああ。この世界にない味を出す」
ざわめき。「面白そう」「でも材料どうすんだ」「味は保証できるのか」。
リクトが眼鏡を光らせて立ち上がった。
「材料リストと香辛料の配合比は算出済みです。この世界の食材で元の世界の味に最も近い組み合わせを、百二十七通りの中から選定しました」
「百二十七通りも試したの!?」
「計算上の話です。実測は十四通りで十分でした」
フタバが手を挙げた。「フタバ、味見担当やる!」
全部美味しいって言うだろ、お前は。
◇
準備は三日間。
魔素炉の火力調整にリクトが付きっきりになった。この世界の香辛料は元の世界とは微妙に違う。辛味の成分が強すぎたり、甘味が足りなかったり。
「ワタルさん、味見を」
差し出されたスプーン。茶色いルー。見た目はカレーっぽい。
口に含んだ。
「——お」
カレーだ。完璧じゃない。フタバのお母さんの味には程遠い。でも——カレーだ。スパイスの奥にある、あの懐かしい味のベクトルがある。
「七十点。でも、すごいぞリクト」
「七十点ですか。八十点を目指します」
フタバが横から味見して「百点!」と叫んだ。お前の採点は信用ならない。
ハルカが味見して「……うん。懐かしい」と小さく笑った。その一言が、一番嬉しかった。
ユウスケも食べた。黙って三口食べて、「もう少し煮込め」とだけ言った。分かってる。こいつの舌は正確だ。
魔素炉の火力を落として、弱火で三十分追加。
結果——八十二点になった。リクトが満足げに頷いた。
◇
祭り当日。
屋台の看板には「異世界カレー」と書いた。リクトの美しい文字で。
開始と同時に——行列ができた。
「なにこれ、初めて食べる味!」
「辛い! でもうまい!」
「おかわりある!?」
異世界の人間にとって、カレーは未知の味だったらしい。香辛料の組み合わせがこの世界にはないのだ。物珍しさも手伝って、あっという間に行列が伸びた。
フタバがガンに乗って会場を練り歩いている。
「いらっしゃいませー! 異世界カレー、美味しいですよー!」
子象サイズのガンの上に小さなフタバ。目立ちすぎる。でも宣伝効果は抜群だった。人が集まってくる。ガンがフタバの指示で鼻を上げると、赤い光が飛び出して空にハートマークを描いた。
「あの子可愛い!」「召喚獣すごい!」
フタバのアイドル性が爆発している。
ユウスケがカウンターで冷静に接客していた。「一杯三百ギル。おかわりは二百ギル」。淡々と。でも正確で丁寧。ルーク先輩がふらりと立ち寄って、何も言わずに皿を洗い始めた。「……頼んでないが」「……暇だ」。似た者同士は行動も似る。
ハルカが接客の合間に、疲れた客にルミの光を当てていた。「お疲れ様です。少し回復しますね」。ルミの浄化と、ハルカの笑顔。カレーと癒しのセット。行列がさらに伸びた。
「ありがとうございます」「お疲れ様です」。ハルカの笑顔が効いている。カレーより、笑顔の方が集客力があるんじゃないか。
——行列の男子の何人かが、明らかにカレー目当てじゃない顔でハルカの前に並んでいる。食べ終わった皿を持ったまま、もう一杯頼もうとしている。お前もう三杯目だろ。
「あの光属性の子、めちゃくちゃ可愛くない?」「名前なんていうの?」「ハルカさん。転移者の」
……なんだろう。胸の奥がざわつく。
別に怒っているわけじゃない。ハルカは俺のものじゃない。ただ——あいつら見すぎだろ。
「ワタル先輩、焦げてる」
フタバの声で我に返った。フライパンの上の肉が黒くなっていた。
問題は——ノクスだった。
盗み食い。
屋台に並べた肉を、調理済みの肉を、他の屋台の肉を——手当たり次第に奪って飛び回っている。
「ノクスーーー! 商品だぞそれ!」
俺が追いかける。ノクスが翼をバタバタさせて中庭を飛ぶ。手のひらサイズのくせに速い。
「クゥ!」
口に肉を咥えたまま、得意げに鳴くな。
フェンリルが冷めた目で見ている。ルミがハルカの肩で目を丸くしている。シェルは微動だにしない。ソラが屋根の上から見下ろして、かすかに首を傾げた。「何やってるの」と言いたそうだ。
最終的にフタバがガンの鼻でノクスを捕まえた。
「確保ー!」
「クゥ……」
ノクスがしょんぼりしている。反省はしていない。
◇
午後。行列が途切れた隙に、一人の客が来た。
ディオン。
銀灰色の髪。冷たい目。いつもの無表情。
同じクラスなのに、準備の段階から一切手伝わなかった男。「くだらない」の一言で不参加を決め込んでいた。なのに——客として来るのか。
カウンターの前に立って、屋台の看板を見ている。
「……異世界カレー」
「食ってく?」
俺が皿を差し出した。ディオンが一瞬、怪訝な顔をした。ランク外の俺が気安く話しかけたことに。
でも——皿を受け取った。
スプーンで一口。
沈黙。
「……こんなものが」
二口目。三口目。四口目。
「……悪くない」
小さな声。聞こえるか聞こえないかのギリギリ。皿は空になっていた。
「おかわりもあるけど」
「要らない」
ディオンが背を向けて去っていった。
——皿は、綺麗に空だった。
◇
夜。祭りの最後のプログラム。
魔法の花火。
教官たちが魔素を空に放つ。魔素が夜空で弾けて、光になる。赤、青、緑、金、紫。元の世界の花火とは違う。光の粒子が空中に留まって、ゆっくりと渦を巻く。螺旋を描いて消えていく。星空に光の花が咲いて、散る。
きれいだった。
五人で——いや。
ふと、周囲を見た。リーシャの姿がない。食堂で一人だった時の横顔を思い出した。祭りの日も、一人でいるんだろうか。
「ちょっと待ってて」
走った。会場の端。案の定——リーシャが一人で、建物の影から空を見上げていた。ソラが肩にいる。
「リーシャ」
「……何」
「一緒に見よう。花火」
リーシャが目を見開いた。
「……なぜ」
「なぜって——きれいなものは、一人より誰かと見た方がいいだろ」
手を差し出した。リーシャがその手を見た。数秒。長い数秒。
「……勝手にしなさい」
手は取らなかった。でも——歩き出した。俺の隣を。
戻ると、フタバが「あ! リーシャ!」と飛びついた。「一緒に見よう!」。ハルカが微笑んだ。ユウスケが小さく頷いた。
六人で並んだ。
リーシャが空を見上げている。光が金髪に反射して、宝石みたいに輝いている。
「……こういうのは、初めて」
リーシャが呟いた。
「花火?」
「花火を……誰かと、見るの」
王女として花火を見たことはあるだろう。でも——誰かと「一緒に」見たことはなかった。専用の観覧席で、一人で。臣下に囲まれて、でも一人で。
「えー! じゃあ来年も一緒に見よう!」
フタバが即座に言った。空気を読むとか、遠慮するとか、そういうものがフタバにはない。だからこそ、この子は強い。
リーシャが目を見開いた。それから——
「……勝手にしなさい」
横を向いた。でも口元が、ほんの少し上がっていた。ソラが肩の上で羽を広げた。リーシャの感情を映すように。
ハルカが穏やかに笑っている。ユウスケが腕を組んで空を見ている。リクトがノートに花火のスケッチを描いている。フタバがガンの背中に座って「きれー!」と叫んでいる。
ノクスが俺の肩で「クゥ」と鳴いた。光を見て目がキラキラしている。
——この時間が、ずっと続けばいいと思った。
六人と、六体の召喚獣と、光の花と、笑い声。
永遠に続くはずのない時間。
でも今はまだ——この瞬間が全てだった。
光が空に舞う。みんなが笑っている。
この景色を、俺は忘れない。




