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【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


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寮の日々

 朝食の食堂は、戦場だった。

 ノクスが俺の皿から肉を奪った。三日連続。もはや日課。

「おいこら!」

「クゥ!」

 悪びれもせず、自分の体の半分はある肉の塊を丸飲みにして、得意げに尻尾を振っている。こいつ、手のひらサイズのくせに胃袋だけ別次元だ。

 フタバがガンにパンをちぎって分けている。ガンはおとなしく鼻先で受け取る。行儀がいい。ノクスの百倍行儀がいい。

 ノクスがガンの皿にも近づこうとした。ガンが鼻息でノクスを吹き飛ばした。テーブルの上を転がるノクス。

「ノクスー!」フタバが拾い上げる。

「クゥ……」

 しょんぼりしている。五秒後にはまた肉を狙っている。学習しない。

 フェンリルはユウスケの足元で静かに寝ている。品格がある。ノクスがフェンリルの尻尾に飛びついた。フェンリルが片目を開けて、低く唸った。ノクスが「クゥッ」と退散する。

「こいつ……どうにかなんないのかよ」

「元気があって良いと思いますが」リクトが向かいの席でシェルの甲羅を覗き込みながら言った。シェルの紋様が青く光っている。「今日の天気、午後から雨だそうです。シェルが教えてくれました」

「シェル、天気予報もできんの?」

「大気中の魔素濃度から推測しているようです。的中率は今のところ100%です」

 ルミがハルカの肩から顔を出している。小さなあくび。ハルカが指先でルミの頭を撫でた。「おはよう、ルミ」。ルミが目を細める。

 ——この光景が、好きだ。

 賑やかで、騒がしくて、ノクスのせいで毎朝何かが起きる。でも全員が笑っている。

 ふと、隣のテーブルから女子の声が聞こえた。

「ねえ、あの亜麻色の髪の人。風属性の」

「ユウスケって名前らしいよ。Aランクの風狼を召喚した——」

「かっこいいよね……寡黙なところが……」

 ユウスケは聞こえているのかいないのか、黙々とスープを飲んでいる。フェンリルが足元で寝ている。

「ユウスケ先輩モテモテ〜」フタバがにやにやした。

「……うるさい」

「絶対聞こえてるのに無視してる〜」

「食事中だ」

 話題のフタバ本人も、最近やたら人に囲まれている。同じクラスの女の子たちが「フタバちゃん!」と寄ってくる。「フタバちゃんのガン、触っていいー?」「いいよ! ガン、おとなしくね」。ガンが鼻先を差し出すと女の子たちが「きゃー!」と歓声を上げる。フタバの周りにはいつも笑い声がある。一番年下なのに、一番騒がしい。


    ◇


 午前の授業は魔法理論。教官が黒板——じゃない、光の板に数式を書いていく。

 魔素の流れ、属性の相関関係、魔法陣の構造。理論は面白い。仕組みは分かる。でも、実践ができない。属性がないから。

 隣でリクトがノートを猛スピードで取っている。目が輝いている。こいつ、この授業だけは水を得た魚だ。

「リクトさん、この式の解を」

「はい。魔素の飽和点を超えた場合、属性変換効率は対数的に減衰します。つまり——」

 教官すら「見事だ」と頷いた。リクトの頭脳はこの世界でも通用する。

 午後は体術訓練。素手での組み手が基本だ。

「はああっ!」

 フタバの拳が訓練用のサンドバッグを揺らした。小さい体から想像できない衝撃。

「すごいな、その子!」隣で見ていた同級生が目を丸くした。

「フタバは火属性だから、パンチに熱が乗るんですよ!」フタバが得意げにガッツポーズ。

 俺は体術の後、居残りで素振りをした。セリア先輩に教わった型を繰り返す。地味だ。派手さはない。でも、昨日より一回多く振れるようになった。


    ◇


 夜。寮の自習室。

 魔法史のレポートが出た。テーマは「六属性の成立と歴史的変遷」。

「こっちの世界にも宿題あるのかよ……」

「フタバ、もう無理……」

 フタバが机に突っ伏した。開始十五分で限界。

「リクト、頼む。ちょっとだけ見せてくれ」

 俺はリクトのレポートに手を伸ばした。

「ダメです」

 即答。眼鏡の奥の目が冷たい。

「ちょっとだけ——参考に——」

「写す気ですよね。参考と写すは違います」

 ハルカが隣から俺を見た。穏やかだけど——目が笑っていない。

「ワタル。自分で書かないと、自分のためにならないよ」

「……はい」

「ワタル先輩ズルしようとしてる!」フタバが指を差した。お前もできてないだろ。

「……」ユウスケが無言でこっちを見た。目だけで「やれ」と言っている。

 全員に包囲された。逃げ場がない。

「分かったよ……自分で書くよ……」

 結局、リクトが自分のレポートをものの二十分で仕上げた後、フタバの隣に座って教え始めた。

「ここの年号が違います。ブレス暦三四二年ではなく三四七年です」

「リクト先輩、厳しい……」

「正確さは大事です」

 ユウスケは黙々と書いている。こいつは成績も中の上くらいで、地味に優秀だ。

 ハルカが俺のレポートを覗き込んだ。

「ワタル、ここ間違ってるよ。火属性の発見は第二紀じゃなくて第一紀」

「……マジか。ありがとう」

「ふふ」

 ハルカが笑った。いつもの穏やかな笑顔。こういう何気ない瞬間が、嬉しい。

 ——自習室のドアが開いた。

 リーシャだった。

 全員が一瞬見たけど、リーシャは誰にも声をかけず、部屋の端の席に座って自分の課題を広げた。

 沈黙。

 でも——昨日までは自習室に来なかった。今日、来た。

 俺たちがいる場所に。

 何も言わない。目も合わせない。でも——同じ空間にいる。

 それだけで、少し距離が縮まった気がした。


    ◇


 シェルの予報通り、午後から雨が降った。

 異世界の雨は、少しだけ甘い匂いがする。魔素を含んでいるからだとリクトが言っていた。

 寮の談話室。五人で座っている。窓の外で雨が降っている。何もすることがない午後。

 ワタルがぼんやり窓を見ていた。

 雨の日。

 ——思い出した。

 元の世界でも、雨の日は五人で集まった。フタバの家が一番近かったから、いつもフタバの家に行った。フタバのお母さんがカレーを作ってくれた。甘口と中辛を両方。フタバは甘口、俺とユウスケは中辛。リクトはどっちでもいいと言いながらいつも中辛を選んだ。ハルカはお母さんの手伝いをしていた。

 カレーの匂い。温かい部屋。雨音。テレビのバラエティ番組。

 当たり前すぎて、大切だと気づかなかった日々。

「あー……カレー食いたいな」

 ぽつりと言った。三回目くらいだ。

「また言ってる」ハルカが笑った。

「フタバのお母さんのカレー、世界一だもんね」

 フタバが言った。声が少しだけ震えた。

 空気が変わった。

「……お父さんとお母さん、心配してるかな」

 フタバが窓の外を見た。雨が流れ落ちる窓ガラスを見つめている。

 沈黙。

 ハルカが目を伏せた。リクトがノートを閉じた。ユウスケが天井を見上げた。

 全員が、同じことを考えている。帰りたい。会いたい。あの日常に戻りたい。

「——よし」

 俺は立ち上がった。

「この世界でカレー作ろう」

「え?」

「材料探して、魔素炉で試して、フタバのお母さんの味に近いやつ作ろう。帰るまでの間、ホームシックになったらカレー食えるように」

 フタバが顔を上げた。目が潤んでいる。でも、笑った。

「……うん! 作ろう!」

「香辛料の配合は僕が計算します」リクトが即座にノートを開いた。

「買い出しは俺が行く」ユウスケが立ち上がった。

「私も手伝う」ハルカが微笑んだ。

 ——帰りたい。でも、泣いていても仕方ない。

 ここで笑おう。ここで、元の世界と同じように。


    ◇


 深夜。

 みんなが寝た後、俺は一人で寮を抜け出した。

 学園の裏庭。月明かりだけが照らしている。ノクスが肩の上にいる。こいつは俺が動くと必ず起きる。

 右手を前に伸ばした。

 集中する。あの熱を呼ぶ。指先に意識を集中させる。

 ——黒い光が灯った。

 小さい。豆粒くらいの光。右手の中に、闇の欠片。

 維持する。一秒。二秒。三秒——消えた。

「くそ……」

 もう一回。集中。灯る。一秒。二秒。三秒。四秒——消えた。

 一秒伸びた。でも、たった四秒。魔物を止めた時のような力は出ない。あの時は無意識だった。コントロールできない。

 何度も繰り返す。灯しては消え、灯しては消え。手のひらに汗が滲む。

「……何やってんだ」

 声。後ろから。

 振り返ると——ユウスケだった。

「……見つかったか」

「お前が夜中に部屋を出たら分かる。足音がうるさい」

「嘘つけ。俺、音立ててないぞ」

「立ててる」

 ユウスケが俺の隣に腰を下ろした。黒い光を出す俺の手元を、黙って見ている。

 灯す。三秒。消える。灯す。四秒。消える。灯す。二秒。消える。

 安定しない。出力もバラバラ。どうすれば制御できるのか、分からない。

「……俺にできることはないけど」

 ユウスケが静かに言った。

「ここにはいてやる」

 ——ずるい。こいつも、ハルカと同じくらいずるいことを言う。

「……ありがとう」

 何度目かの灯火。今度は五秒持った。少しだけ、嬉しかった。


 帰ろうとした時、廊下の角に光が見えた。

「——巡回だ」

 ユウスケの声が低くなった。教官が巡回している。深夜に寮を抜け出したのがバレたら説教だ。

 二人で柱の影に飛び込んだ。肩が当たる。ノクスが「クゥ?」と鳴きかけて、俺が口を塞いだ。

 教官の足音が近づく。十歩。八歩。五歩。

 ——通り過ぎた。

 足音が遠ざかっていく。

 二人で顔を見合わせた。息を殺したまま、三秒。

 同時に吹き出した。声を殺して、肩を震わせて笑った。ノクスが「クゥ?」と首を傾げている。

「……馬鹿だな、俺たち」

「お前がな」

 ユウスケが小さく笑った。こいつが笑うのは珍しい。


 寮に戻る。廊下を忍び足で歩く。部屋の前で別れる。

「おやすみ」

「ああ。——無茶すんなよ」

「善処する」

「しろよ」

 ドアを閉めた。ベッドに倒れ込む。ノクスが胸の上に乗る。

 天井を見上げた。


 帰る場所がある。帰りたい場所がある。

 だから、ここで強くなる。


 ——翌朝。

 食堂に行くと、四人がテーブルで眠そうな顔をしていた。フタバがスープに顔を突っ込みそうになっている。リクトの眼鏡がずれている。ハルカが目をこすっている。ユウスケだけがいつも通りの無表情。

「……何があった」

「昨日、ラウンジで夜更かしした」フタバがあくびした。

「ワタルが寝た後、みんなで集まってたの」ハルカが笑った。「フタバが宿題を聞きに来て、リクトが教えてて、私も起きてて」

「ユウスケ先輩も来て、四人で朝まで——」

「朝までは嘘だ。二時には寝た」ユウスケが訂正した。

 ——俺のいない夜に、四人で過ごしていたのか。

 少しだけ寂しい。でも——嬉しかった。俺がいなくても、こいつらは一緒にいる。

「ユウスケ先輩がね、ワタル先輩のこと心配してたよ」フタバがにやにやした。

「してない」

「嘘だー。『あいつ無茶するから』って——」

「黙れ」

 ハルカが俺を見た。穏やかな目。

「私たちが後ろにいるから。ワタルは前を向いてていいんだよ」

 ——ずるい。こいつらは本当にずるい。

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