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第5話:破砕

「ひ、ひるむな! 相手は二人だ!」


 氷点下四十度の暴風雪が吹き荒れる中の奇襲を受けつつも、さすがは魔術協会屈指のエリートたちである。

 彼らはパニックに陥りながらも、長年の訓練に従い、反射的に迎撃行動に移る。


「撃てッ! 『重装魔導歩兵』、防御陣形! 『上位魔術師』は最大火力の殲滅魔法をあの巨漢に叩き込め!」


 指揮官の絶叫に応え、二十名の重装歩兵が並び立ち、城壁に匹敵する「対魔障壁盾」を構えた。

 同時に、後衛の魔術師たちが杖を掲げ、極低温の空気さえ発火させるほどの高密度な術式を編み上げる。


「これほどの数、いかに騎士団の精鋭とて捌ききれまい!」 


 十名の上位魔術師による同時多重詠唱。

 視界を埋め尽くすほどの炎の槍が、バルガスという一点に向けて放たれた。

 それは小都市一つを更地にするに等しい熱量の奔流。  


 だが、バルガスは笑った。


 彼は無造作に、担いでいた巨大斧を横薙ぎに振るった。  

 それは魔力など一切込められていない、純粋な筋肉と鉄塊による「空位の真空波」の創出。


 激突の瞬間、物理法則が悲鳴を上げた。  


 斧が巻き起こした暴力的な風圧は、迫りくる炎の槍を「燃焼」という現象ごと吹き飛ばし、雪原には熱波と冷気が混ざり合う白濁した霧が立ち込める。

 直撃コースにあった数発の魔法がバルガスの鋼鉄の鎧を叩いたが、巨木の如きその肉体を揺らすどころか、煤の汚れ一つ付けることさえ叶わない。


「な、馬鹿な……我らの上位魔法が、ただの素振りに……!? 防御だ! 障壁を最大出力にしろ!!」


 バルガスが地を蹴った。


 その一歩で雪原は陥没し、周囲の空間が震動した。  


 彼は魔法障壁を展開した重装歩兵の壁に向かって、薪割りでもするかのような無造作な一撃を振り下ろす。  

 最高級の魔導盾が、まるで安物のガラス細工のように粉々に砕け散った。

 鉄塊の衝撃は盾を介して歩兵たちの腕を、そして鎧ごと肉体をひしゃげさせ、彼らは絶命する暇もなく、後方の雪山へと肉の塊となって打ち飛ばされた。

「……脆いな。これで協会最強の盾か? 紙を重ねた方がまだ持ちそうだぜ」


 バルガスが突破した刹那、絶望する魔術師たちの頭上から、飛来する死神。  


 カミラだ。


 彼女はバルガスの背を跳躍の踏み台にし、重力を無視した軌道で視察団の心臓部へと滑り込んだ。

 狙うのは、屋根の上で震える『魔導猟兵』たちだ。


「貴様、ちょこまかと! 秘奥魔法――『不可避の神雷』!!」


 猟兵が放った必中の雷。


 だが、カミラは空中で身を捻り、それを紙一重で回避するどころか、雷そのものを棍棒で殴り落とした。  


 彼女の振るう釘バットが、狙撃銃の銃身を真横から殴打する。

 精密な魔力回路が組み込まれた芸術品は、一撃で飴細工のようにひん曲がった。


「自分の力で戦えないクズは、死になさい」


 返しのスイングが猟兵の頭部を兜ごと粉砕し、脳漿と鮮血が純白の雪に彩りを添える。


 一方、混乱の極致にある視察団の影を、別の死が這っていた。  


 ヴァルグだ。


 彼は狂犬の如き笑みを浮かべ、魔術師たちが防護魔法を再構築するわずかな隙間に滑り込む。


「詠唱が長いぜ、エリートさんよぉ! 次を唱える前に、その喉から空気が漏れるようにしてやるよ」


 ヴァルグの両手に握られたナイフが、閃光となって魔術師たちの喉元を切り裂いていく。


 魔法という「奇跡」に依存しすぎた彼らは、目の前の刃を避けるという原始的な動作さえ失念していた。ヴァルグは殺戮を楽しむように、あえて急所を外し、絶叫を雪原に響かせていく。


 阿鼻叫喚の戦場。  


 断崖の上から、クラウスはただ無言で、無感情に、その惨劇を睥睨していた。  

 彼は一歩も動かず、一言も発さない。


 だが、その背後に湛えられた深淵の如き威圧感は、生き残った魔術師たちに『逃げ場などどこにもない』という絶対的な絶望を刻み込んでいた。


 雪原を埋め尽くすのは、折れた杖、砕けた盾、そしてかつて権威を誇った者たちの変わり果てた姿。  


 装甲ソリの残骸に追い詰められたメルクリウスは、ユラユラと立ち上がり、怒りに満ちた形相を見せた。


「あの時はどーも♪ メルクリウスさん」  


 ヴァルグが、血濡れのナイフを弄びながら歩み寄る。

 まるでピクニックにでも行くかのような足取り。

 それが、より一層の狂気を感じさせる。


「舐めるなよ、野良犬ども! 私は魔術協会の執行官だ! 世界を導くべき理の守護者なのだ!」  

 メルクリウスの瞳に、狂乱の光が宿る。


 彼は震える手で懐をまさぐり、漆黒の輝きを放つ一つの「石板」を取り出した。


 それは、クリスト派が北方の遺跡から極秘に発掘した「禁忌の召喚石」である。


「ははは。多少強いくらいで思い上がるなよ。目覚めよ、白銀の暴君!」


 メルクリウスが石板を勢いよく地面へと叩きつける。


 次の瞬間、大気が軋み、グラキエスの天を覆う雲が巨大な渦を巻き始める。

 大地の魔力を吸収し、主人であるメルクリウスの元へと収束していく。


 雪原の重力が歪み、空間そのものが引き裂かれるような凄まじい鳴動が周囲を支配した。


「……あ?」  


 ヴァルグが眉を潜め、足を止める。


 メルクリウスの足元から黒い影が広がり、その中心から山をも凌駕する巨大な影が立ち上がる。


 伝説に語られる吹雪の化身、魔導獣『イフリート・グラキリス』。  

 その神話の獣が、数千年の眠りから今、絶望の叫びと共に呼び覚まされようとしていた。

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