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英雄の系譜  作者: 松葉
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第三話:各々の道

「……さて、これからどうするよ、隊長」

 ヴァルグが、欠伸を噛み殺しながら尋ねる。



 四人は、法廷を出た後、そのまま真っすぐに聖王国の城外へと出た。

 少しでも早く、この国から出ていきたいという思いが、彼らを突き動かしていた。



「だからといって、荷支度もしないってのはさぁ……」


 茂みから、もう一人の第四部隊の隊員であるジーンが現れた。

 諜報を得意とするジーンは、いつも姿が見えない。

 今回も、彼一人だけが裁判を免れていた。


「あ! ジーン、てめえ! 一人だけ逃げやがったな」

「ヴァルグさん、役得ですよ、役得。英雄って言われたことない身なんですから、これくらいはラッキーがないとね」



 ジーンは、ひらりとヴァルグのパンチを避ける。そして、クラウスの前で片膝をついた。



「隊長、今までお世話になりました。足、確保しておきましたので、使ってください」

 ジーンは、茂みの奥を指さした。そこには、四頭の馬が立派な馬具をつけて控えていた。



「おお、これは助かる。ありがとう」

「で、どうするつもりなんです?」

「そうだな……、冒険者でもやろうと思ってる」



 クラウスは、西方を指さした。

「まずは、フェルゼンに行こうと思うが、みんな構わないか?」



「冒険者か……。ま、行ってから考えるよ」

 カミラは、指を立てて肯定した。

 


 ジーンは、ニッコリと笑みを浮かべる。

「わかりました。また、何かあったら呼んでください」


 そういって、彼はさっさと影の中へ消えてしまった。





 聖王国の国境を越え、隣国フェルゼンへと足を踏み入れた四人を待っていたのは、罵声でもなければ、冷淡な拒絶でもなかった。



 関所を守る衛兵たちは、まるで彼らの到着を予期していたかのように恭しく敬礼し、そのまま一台の馬車へと案内したのである。



 聖王国より西側、厳密には南西部に位置する隣国フェルゼン。

 この国は交通の要衝にあり、聖王国の経済圏を支える重要な国家でもある。

 


 フェルゼン領主で名君たるアルリック卿は、交通の要衝という利点を活かし、また大戦後に多くの兵士が冒険者へと転身することを見越し、フェルゼンをいち早く冒険者ギルドの拠点へと転換させ、魔獣討伐や未踏地の調査を産業として確立させた。



 馬車の窓の外には、新調した鎧を誇らしげに鳴らす若者や、傷だらけの武器を手に酒場へと消えていく熟練の冒険者たちが溢れている。  



 活気あふれる市街地を越えて辿り着いた先は、郊外にひっそりと佇む質素な館であった。



「……気に食わないな」

 馬車を降りたバルガスが、なにやら納得いかないという表情を浮かべている。

「ここは聖王国の隣国だぞ。しかも、領主は聖王の血縁者だ。俺たちのような『追放者』を歓迎するはずがないんだ」


「落ち着けバルガス。罠なら関所の段階でもう攻撃されてる。それにな、アルリック卿は、昔会ったことがあるが、そんな人じゃない」

 クラウスが、バルガスを静かに諭す。



 館の扉が、両開きにスッと開かれた。まさに、歓迎しているという合図である。

 中へ案内され、応接室に通される。



 置いてある家具や彫像品に華美な装飾は一切なく、それでいて品があり、持ち主が高い格式を備えていることが十分に伝わってくる。



 応接室のドアが開き、一人の男性が現れた。



 整えられた銀髪に、知性を宿した深い蒼色の瞳。

 身に纏う衣服は上質だが派手ではなく、彼の纏う空気そのものが、洗練されたワイングラスのような気品を放っている。



「ようこそ、フェルゼンへ。このような場所で済まないね」



 アルリックは、穏やかな微笑を浮かべ、深々と頭を下げた。



「アルリック卿、お招きいただき、光栄です」

 クラウスが立ちあがり、頭を下げる。

 他の三人も慌てて立ち上がり、同様に首を垂れた。



「さ、どうぞ」

 座るように促され、アルリックと四人は席につく。



「アルリック卿、ご無沙汰しております」

「クラウス隊長、お久しぶりです。聖都の観覧試合以来ですかな。それにしても、今回は災難でしたな」



 メイドたちが部屋にお茶を運び、それぞれのカップに注いでいく。

 バルガスやカミラは警戒をしているのか、お茶をしばらく見つめている。



「大丈夫ですよ。毒などは入っていない。英雄達にそんな卑怯な真似をするものですか」

 そういいつつ、アルリックは自らのお茶に口をつける。毒などないということを証明するようにグイっと飲み干し、おかわりをメイドに要求した。



「英雄だって? 追放者だよ。ここは聖王国と仲良しじゃないの?」

 カミラは、恐る恐るお茶に口をつけながら、アルリックを睨みつけた。



「聖都での出来事は、当然知っています。そして、聖都が醜い政争の場になっていることも、あなたたち以上に知っています。メルクリウスの暗殺はいつか起こると思っていましたし、あなた方が嵌められただけということも、状況を見ていればわかります」



(さすが名君と言われるだけのことはある……) 

 クラウスは、自分とそう年齢が離れていないこの男に尊敬の念を抱いた。



「それに……」

 アルリックは、グルっと四人を見る。



「冒険者とは、最も自由な存在だ。過去にどれほどの罪を背負っていようと、ギルドの掟さえ守れば誰でもなることができる。だからこそ、フェルゼンはあなた達を歓迎する」



 アルリックの言葉に、四人の肩から見えない重荷が一つ、下ろされたような気がした。



「……感謝します、アルリック卿」

 クラウスが深く一礼する。

「で、本題は何でしょうか?」



 クラウスの問いにアルリックはニヤリと笑い、紅茶を飲み干す。



「あなたたちは、これから冒険者で自由の身だ。だからこそ、お願いがあります」

 アルリックは、背後にある書棚から世界地図を取り出し、机に広げた。



「あなたたちの持っている技術を、世界に伝えて欲しいのです。種族は問いません。できれば、聖王国の影響が届かない辺境の地へ……」



 アルリックは、広げた地図に筆で円を描いた。

 聖都を中心に、地図の三分の一が埋まるくらいの巨大な円である。



「理由を聞いても?」

 カミラがアルリックの真意を確認するかのように、鋭い眼光を向けた。



 アルリックは声のトーンを落とし、真剣な表情を浮かべる。

「今回のメルクリウス暗殺の件で、政争は一つの区切りを迎えました。今、聖王国で主流の考え方は、領土拡張です。魔族が消えた今こそ、聖王国が覇を唱えるべきである、と……」



 アルリックはカミラをじっと見つめる。

 その目は、信じてほしい、と必死に訴えていた。



「必ず、侵略戦争が始まります。北部の魔石採掘を聖王国が独占した今、もはや魔法で太刀打ちはできません。だから、あなたたちの力を、魔法を打ち破る『クオリア』を世界に広めて欲しいのです」

  


「あのさ……」

 ヴァルグが、気怠そうに声を出す。

「悪いんだけど、俺はやりたいことがあっから、勝手にやらせてもらうよ。冒険者って身分はありがたく引き受けるけど」

「わしも同意見だ。もう束縛されるのは好かん」



 アルリックは、朗らかに微笑み、大きく頷いた。



「それで結構です。私は、あなた方を信じていますので。ギルドには既に話をしてあります。冒険者に登録すれば、冒険者カードである程度の都市は入ることができる。移動に困ることもなくなるでしょう」


 アルリックはフェルゼン内の地図を取り出すと、冒険者ギルドの位置に印をつけ、それぞれに手渡した。



 ヴァルグとバルガスが、部屋を出ていく。



 カミラは、じっとクラウスを見つめた。

「で、隊長はどうすんのさ?」

「ん? ああ……」

 クラウスも腰を上げようとしたが、アルリックがそっと片手を挙げた。



「クラウス殿、貴殿には少し、折り入って頼みたいことがある。残っていただけるかな」

「なーんだ。さすがは有名人。隊長、あたしは南に行こうと思うんだ。昔の仲間が、ギルドやってるもんでさ。じゃ、また落ち着いたら連絡いれるから」

 


 カミラは不要とばかりにもらった地図を机に置くと、そのまま部屋を出ていった。


 


 アルリックは、追加の紅茶を啜りながら窓の外、遥か西の空を見つめながら口を開いた。



「……西の果て、海洋国家アンダルスをご存知かな」

「ええ。貿易で栄える自由都市国家だと聞いています」

「うむ。実は、アンダルスの元首は、私の弟が務めているのだが……彼から、軍の指南役を探してくれと泣きつかれましてね」



 アルリックは苦笑した。

「アンダルスは自由な気風が売りな多種族国家です。所属している兵士は、同一の種族が見当たらないほどバラバラだ。それに、人間が非力だと見下すような種族もいて統制が取れていないと聞きます」



「……なるほど。それで、私に?」



「はい。クオリアを使いこなせば、種族の力の差など関係ないのでしょう? ぜひ、あなたの技術を彼らに伝承してあげてほしい」



 クラウスは顎に手を当て、考え込んだ。



(指南役……か)



 今まで人に物を教えた経験といえば、第四部隊の面々しかいない。

 別種族といってもバルガスのドワーフがせいぜいだし、多種族を教えるというのは未知の経験だ。



 だが、不思議と嫌な予感はしなかった。

 せっかく手に入れた自由の身だし、気楽に考えようという思いがクラウスの背中を押した。

 


「わかりました。やってみましょう」



 クラウスの返事に、アルリックは手を叩いて喜んだ。

「おお、受けてくれるか! 弟も喜ぶだろう。これが推薦状だ。よろしく頼みます!」



 クラウスが退室した後、アルリックは懐から小さな鳥の彫像を取り出した。

 貴族が秘密のホットラインに利用している魔導具『白鴉』である。



「……ああ、私だ。ラミロか」



 通信相手は、アンダルス元首であり実の弟であるラミロ。

 アルリックの声色は、今までと一変し、慎重なトーンへと変化していた。



『兄上か。クラウス氏は引き受けてくれたか!』

「ああ。無事にな。これで、何とかなるかもしれない」


 アルリックは、紅茶に映る自分の顔をじっと見つめた。



「聖王国の動きは、やはり予想した通りだ。新型の兵器を大量生産して、着々と準備を進めてる。もう数年以内には兵を動かし始めるだろう」



『兄上、フェルゼンは大丈夫か? 聖王を傀儡にしようとしているあの老人のことだ。フェルゼンに難癖をつけて、滅ぼすなんてことは……』


「そこは上手くやるさ。だが、上手くやったところで付け焼き刃だ。一刻も早く、あの老人に対抗できる勢力を作り上げなければならない」


『ああ……、そのためにこの辺境の国家に移ったんだ。何とかやってみせるさ。兄上も、気を付けて』


 通話を終えると、アルリックは紅茶を一気に飲み干し、急いで部屋を出て行った。

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