【第35話】 歪な関係
「僕の魔法の一つは『いない者』っていうんだけど、僕自身の姿を他の人から視認できなくなるんだ。僕の体に触れているモノも一緒にね。」
さらわれたときのことを思い出す。
たしかに姿も装飾物もなにも見えてなかった。
見えていたのは影だけだ。
「ただ、透明になっているわけではないから僕に触ることは可能で、声も聴こえる。ここまではいいかな?」
「ええ、大丈夫」
「うん、続けるね。僕のもう一つの魔法である『共有する侵犯』が君にとっても重要で、これは僕が触れている人間や天使も僕と同じように周りから視認されなくなる魔法なんだ」
何度もいろいろな人物に説明したのだろう淀みのない話口調で香霧さんは説明を続ける。
「僕と接触している人間を数珠つなぎにして今のところ、最大五人までなら魔法は適用されるよ。ただ、声は数珠つなぎされたメンバーにしか聞こえない点もあるけどね」
「すげえだろ? 香霧のおかげでどんだけ犠牲を出さずに安全に仲間を助け出せたかマジわかんねえよ!」
リーダーの言葉に香霧さんの口角が緩み笑みが零れた。
「これで体力があればなぁ」
「リ、リーダーそれは言わないでよ。僕だって頑張ってるんだから」
表情が一転してムッとした顔で香霧さんが小声で反論する。
「わりぃわりぃ」
リーダーの軽い謝罪を受け入れたのか一息はくと再度、香霧さんは口を動かし始めた。
「話を戻すよ。ただこの魔法には欠点もあるんだ。注意点は三つ。ここが一番大事だからよく聞いてね」
あらためて念を押すように彼は口調を重くして語りだす。
「まず、自分たちや物の影は隠せない。これは僕を含めて能力の対象になっているみんなも該当する」
そう影があったから私は香霧さんの存在にあのとき、気付けた。
「夜間や雨天時ならいいんだけど、日光が指す時間、特に今から出発する時間はまだ影ができる時間だから極力、日陰に入ること。これが一つ目」
この注意点はすでに私自身が体験したことなので、分かり易い。
「二点目。接触箇所を離さないこと。例えば僕が電車の先頭車両として僕の後ろに五車両が連結されているとする。連結の部分は手を連想してくれるといい」
自分の手を見てみる。
香霧さんを電車の先頭だとすると、香霧さんから順番に人が手と手を繋いでいくということでいいのかな?
「連結されている間は僕の魔法は適用しているけど、もし三両目が連結部分を外した場合、三両目を含む以降の二車両は僕の魔法は適用されなくなる」
「それはつまり、姿が見えてしまうってことですよね?」
「そういうこと。天使側には僕の魔法の一部を知っている者もいるから、下手したら残りのメンバーにも危険が訪れてしまう。そういうのも踏まえて、必ず、接触箇所を離さないように頼むよ」
「分かりました」
「うん、理解と飲み込みが早くて助かるよ。最後の三点目だけどこの魔法の効果時間は大体三十分だ。すぐに再使用は可能だけど一日に使用できる回数は今の僕には三回が限界」
香霧さんは手のひらを私の前に出し、親指と小指を内側にたたむ。
そして、次に人差し指を内側にたたんだ。
ピースサインじゃなければ、これは数字の二を表す。
「つまり今日は既に一度使用しているから残りは行きと帰り分しか使用できないのを認識して行動して欲しい」
「つまり行きと帰りの電車賃しか財布の中にないつもりで、注意点の一つ目と二つ目を絶対に遵守すればいいんですね」
「そう! 電車でもマナーを守らないと運行がままならなくたったりして他の人に迷惑をかけるでしょ? それと一緒だよ。僕の自己紹介はこんなところ、次はルーファスかな?」
香霧さんの呼びかけに呼応するように、長身の男性が威風堂々と闊歩して私の前に立つ。
長髪の金髪に大きく見開いた碧眼、白のロングコートに青い外套を羽織っており、どこかの映画俳優かと思えるほどの端正な顔立ちだ。
背後に背負う弓から、生殺与奪を余儀なくされる場所へ向かうということが嫌でも伝わってくる。
「お初にお目にかかる。私はルーファス・タイラー、国籍はアメリカで年齢は十九歳。縁あって『理想郷の鐘』に世話になっている。さきほどは不躾な物言い失礼した。どうか気を悪くしないで欲しい」
「いえ、当然の言い分です。気にしないでください」
「そういってもらえると私の気持ちも楽になるものだ。決して君に悪意を持っているわけではないことだけを今は理解して欲しい。私からはそれだけだ。最後は……ソフィアになるな」
自己紹介を終えてない最後の一人がカツカツとヒールの音を鳴らし、ルーファスさんと入れ替わる様に私の前に現れるとフンっと鼻を鳴らした。
雪のように輝く銀色の髪をさらに鮮やかに彩るように二つの青いリボンによって、ツーサイドアップにまとめ上げられている。
艶やかな白いドレスに負けずに映えるマシュマロのように白い肌は触れれば溶けるような繊細さ、彼女の幼い容姿もあってか儚い印象を受けた。
「わらわはソフィア・ルキーニシュナ・トルスタヤです。ソフィアと呼ぶことを許してあげる。国籍はロシアであり年齢は十五歳。悪いけど、あなたと仲良くするのもおしゃべりする気も毛頭ないの」
分かり易いほどの塵も灰もつかぬような言い方だ。
「もう『人間接待』は始まっている。急がないとあの人が!」
今にも飛び出しそうなソフィアさんをリーダーが止める。
「ソフィアちゃん、ちょいタンマ。まだ、桃華の自己紹介が終わってね―よ」
ソフィアさんがリーダーに向けて、激情を言葉にしてぶつける。
「そんな天使の犬のことなんかどうだっていいわよ! あんたみたいな馬鹿はなかなかいないわ。敵になるかもしれない人間より助けられる人間を優先すべきでしょう!」
ソフィアさんの言葉がチクリと胸を指す。
同じ世界の人間なのに初対面でここまで憎まれるなんて、私と彼女の差は一体?
「ああ! もう分かったよ。桃華、わり~んだけど簡単に頼むわ。実際のところ時間押しちゃってるし」
リーダーに促されて私は口を開いた。
「あの……悠久 桃華です。国籍は日本で年齢は十六歳です。その……よろしくお願いします」
こんな毛嫌いされている中では、言われなくても口数は少なくなる。
それでも「よろしく」と返事が返ってくるだけでも今はマシと思うことにした。
「そんじゃま、簡単だけど自己紹介も終わったみたいだし~、速攻で出発しますか! それぞれがやることは頭にズッパシ入っちゃてるだろうけど、桃華もいるから向かいながらもっかい説明するわ」
どこまでもマイペースなリーダーの口調に今は助けられる。
けど、同時にこれから向かうところへの恐怖心も徐々に胸の内側を染めていく。
『天使がいるのに地獄な場所』
この言葉の意味を私は一時間もしないうちに理解することになる。
それは大きな分かれ道へと続くことを今の私には知る由しもなかった。




