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クロノスフィア  作者: 遙 カナタ


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第二十八話:覚醒の戦乙女

「……終わり、なんだな」


 白亜の空間に、蓮の掠れた声が虚しく落ちた。

 腕の中に抱えたエレナの身体は、すでに冷ややかな生体金属と化した塊でしかない。さっきまでセーフゾーンで確かに感じていたあの温もりも、柔らかさも、急速に失われていく。

 三位一体の全開攻撃すら、オメガの指先ひとつで「初めから放たれなかった」ことにされた。

 どれほど命を燃やそうが、どれほど強く想いを重ねようが、この世界の「確定された理」の前には何の価値もないのだと、圧倒的な絶望が蓮の心を黒く塗りつぶしていく。


『β世界線の消滅プロトコル、実行率99%。……消去を開始する』


 オメガの頭上に巨大な真紅の幾何学陣が展開し、地球を、そして蓮を存在ごと消滅させる最終破壊光線が収束されていく。

 蓮はただ、光を失った瞳で冷たくなったエレナを抱きしめ、静かに目を閉じた。


(ごめんな、エレナ……。俺、約束守れなかった……)


 死の光芒が空間を埋め尽くそうとした――そのコンマ一秒の刹那だった。


『――いつまでシクシク泣いてんのよ、このバカ原始人がぁぁぁぁぁッッ!!!!』


「……ッ!?」


 鼓膜を揺らしたのは、耳元で響いた聞き覚えのある怒号だった。

 耳にタコができるほど聞いた、あの生意気で、愛おしくて、世界で一番大好きな少女の声。


「え……? エレ……ナ……?」


 蓮が弾かれたように目を開ける。だが、腕の中のエレナは冷たいままだ。

 声が聴こえたのは――隣に立っていた、Mk-IIの口からだった!


『ちょっと! どこ見てんのよ、こっち! Mk-IIの身体よ!!』


『(ギニャァァァァァッ! エ、エレナ! 私のメインCPU並びに生体フレーム領域で暴れないでください! 同じ生体アンドロイド構造だからって、処理能力の92%を占有されたら私まで動けなくなります!!)』


『うるさいわね! 私の肉体が壊されたんだから、同じ規格のあなたのフレームへ逃げ込むしかなかったのよ! ちょっと狭いからって愚痴愚痴言わないの!』


『(愚痴も言いたくなります! 私のプライベートなメモリ領域にエレナの『原始人ラブ』な思考ログが雪崩れ込んできて、私の生体回路が熱暴走を起こしそうです!!)』


『なっ……!? 余計なとこ見てんじゃないわよこのポンコツ人造人間がぁぁぁッ!!』


「な……なにが……どうなってんだ……!?」


 唐突に始まったコントのようなやり取りに、ぽかんと口を開ける蓮。

 Mk-IIの瞳のセンサーが青く発光し、その可憐な人型フェイスの額に、浮き出たホログラムで「激怒」のマークが点滅していた。


『(マスター、状況を解説します! エレナの身体は全損しましたが、死の直前、彼女は自身の自我データをマスターのスマホを経由し、同型規格である私の生体フレーム内へ不法侵入……ゴホン、緊急退避させていたのです!)』


『不法侵入って言わないで! とにかく……私はまだ生きてるわよ、蓮! あんたがシクシク泣いて諦めるから、わざわざ出てきてあげたんじゃない!』


「エレナ……! 生きて……生きてたんだな……ッ!!」


 蓮の目から、ボロボロと大きな涙がこぼれ落ちる。

 それは絶望の涙ではなく、心の底から溢れ出す希望と喜びの涙だった。


『(まったく、情けないですねマスター。一時は『俺の命に代えても』なんて格好つけていたのに、このザマですか? 居酒屋で奢ってもらう約束、反故にされたら困りますよ?)』


『そうよ! 原始人がめそめそ泣いてたら、乾が化けて出るわよ! さっさと立ち上がりなさいバカ!』


「お前ら……っ! ああ、立ち上がるさ! 当たり前だろ!!」


 蓮は涙をゴシゴシと拭い、力強く立ち上がった。


『不快な雑音だ』


 頭上から、オメガの極冷の音声が割り込む。


『個体名:エレナ・ヴァレンタインの生体機能停止は確定事項である。データ残滓が別の機体に逃げ込もうと、演算結果に変動はない。……不確定要素ごと、消滅せよ』


 ズドォォォォォンッ!!

 オメガから放たれた『存在抹消波』が、空間そのものを削り取りながら蓮たちを飲み込もうと襲いかかる。

 だが――。


『ふん、誰がデータ残滓よ! Mk-II、例の『アレ』を起動するわよ!』


『(了解です、エレナ様! 私の胸部に眠る『(無限)コア』の制御権を、あなたに移譲します!!)』


 その瞬間、Mk-IIの人型ボディの胸部装甲が展開し、内部に搭載された次元破砕駆動炉――すべての始まりとなったオーパーツ『(無限)コア』が、眩いばかりの純白の輝きを爆発させた!

 ズクゥゥゥゥゥゥゥンッッ!!!!

 アトランティスの超科学すら凌駕する無限のエネルギーが、Mk-IIの生体フレームを経由して、そこに宿るエレナの「生体魔導の自我」と完全融合を果たす。


『魔導演算コード・オーバーロード……(無限)コア共鳴プロトコル、承認!』


 二人の心が一つとなり、Mk-IIの人型ボディが凄まじい駆動音と共に変貌を遂げていく。

 白銀の装甲が組み替わり、高密度の魔導結晶が全身を覆う。背部からは幾何学的な四条の光輪と光翼が展開され、エレナとMk-IIが完全融合を果たした最高峰の戦闘アンドロイド形態――『エレナMk-II・インフィニティ』へと覚醒を遂げた!


『見せてあげるわ……! 私たちの心と無限エネルギーが合わさった……世界線の理すら狂わせる『ジャミング(ー想 い をー)』をぉぉぉッ!!』


 キィィィィィィィィンッッ!!!!!

 Mk-II・インフィニティの背中の光翼から、アトランティス全域の法則を書き換える超次元ジャミング波が波紋となって放射された。

 直後、蓮たちを消滅させるはずだったオメガの『存在抹消波』が、蓮の目と鼻の先で「バチバチッ!」と激しい青白いノイズを撒き散らした。

 瞬間、光線は幾何学的なブロック状へと分解され、まるで迷子になった光のように空間へと散乱。ただの無害な光の粒子となって雲散霧消したのだ!


『――!? 警告。着弾プロトコルに致命的な計算エラーが発生』


 初めて、オメガの無機質な声に明確な「動揺」のノイズが走った。


『あり得ない。我が決定した事象が……書き換えられた? なぜだ。対象の攻撃出力はゼロであるはず――』


『甘いわよ、ポンコツAI!』


 エレナMk-II・インフィニティとなった人型ボディの瞳が蒼く輝き、エレナとMk-IIの重ね合わされた不敵な声が響く。


『あんたは「事象を確定させる」演算しかできない! だけど今の私たちは、無限コアのエネルギーを得たことで、あんたの確定演算そのものに『無限のエラーノイズ』を叩き込めるのよ! あんたが「消滅」と決定した瞬間、私たちがその決定を「不発」にして上書きする!!』


『(マスター! オメガの『絶対事象』は完全に封殺しました! 今のオメガは、攻撃を無効化できないただの巨大な標的です!)』


「よくやった二人とも……ッ! ここからは俺の番だ!!」


 蓮は力強く特異武器を握り締めた。

 エレナMk-II・インフィニティから溢れ出す無限の魔導エネルギーが、蓮の武器へと怒涛の勢いで流れ込んでいく。

 幾重にも重なる青と白の光輪。特異武器の刀身が超高密度のエネルギーで結晶化し、周囲の空間そのものを歪ませるほどの大剣へと変貌を遂げる。


『バグが……計算を……喰らっていく……!? 勝利確率……計測不能……!? あり得ない、このような不条理な現象はアトランティスの歴史に――』


「歴史なんて知るか! 俺たちが今ここで、新しい明日を作り直すんだよ!!」


 蓮の全身から、破滅を拒絶する眩いばかりの光が噴き出す。


『『行けぇぇぇぇッ、(れん・マスター)――ッ!!』』


「オメガッ!! お前の冷たい計算通りに動く世界なんてな……俺たちの想いで、ブチ砕いてやるよッ!!」


 地を蹴る音が一過性の爆音となって駆け抜ける。

 絶望を越え、覚醒した二人と共に――蓮は巨大な幾何学体『Ω(オメガ)』の核心へ向けて、一筋の閃光となって躍り出た!

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