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クロノスフィア  作者: 遙 カナタ


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第二十六話:中央駆動コア強襲

 セーフゾーンの重い扉を打ち破り、一行はアトランティスの最上層へと続く螺旋回廊を疾走していた。


「見て、蓮……! あれがアトランティスの『中央駆動コア』よ!」


 エレナが指し示した視線の先――超科学都市の真ん中にそびえ立つ巨塔の頭上には、天を穿つほど巨大な青白い光の柱が立ち昇っていた。

 並行世界であるβ世界線――すなわち蓮たちの生きる「地球」から、空間の裂け目を解して莫大な生命エネルギーを強制的に吸い上げている悪魔の結晶。その吸入プロトコルが加速するたび、空が不気味に明滅し、空間そのものが悲鳴を上げるように歪んでいた。


「時間がないわ……! コアの出力が100%に達したら、地球の次元構造そのものが崩壊して、二度と元には戻らない!」


「させるかよ……ッ! 俺たちの家を、勝手に壊されてたまるか!」


 蓮は歯を喰いしばり、特異の武器を握り直す。

 その隣を駆けるエレナの表情には、もうかつての迷いや諦めは一切なかった。生身の人間と同等の体温を持った彼女の手が、一瞬、隣を走る蓮の手と触れ合い、互いに力強く頷き合う。

 だが――中央駆動コアへと続く唯一のルート『白銀の架け橋』に辿り着いたその時だった。


『侵入者検知。アトランティス絶対防衛線を展開。目標を直ちに消滅せよ』


 頭上から響く無機質なアナウンスと共に、空間が裂けた。

 そこから現れたのは、これまでの執行官とは一線を画す銀光の重装甲を纏ったアトランティス親衛特務部隊『アーク・ギルド』の軍勢。さらにその背後には、全高数十メートルに及ぶ超巨大要塞型ドローン『ギガント・オメガ』が三機、真紅の主砲を蓮たちに向けて照準を合わせていた。


「チッ……! なんて数だ! 一体一体が監獄のボス級だぞ!?」


 絶望的な戦力差に、蓮が脚を止めかける。

 この数を相手にしていたら、コアの吸入完了までに到底間に合わない。

 ――その時だった。


「おいおい、何を止まってやがる蓮、お嬢!」


 背後から響いたのは、重厚な金属音と、どこまでも頼もしい男の笑い声だった。

 乾が二丁の大型ガトリングガンを両手に構え、豪快に前に躍り出た。


「乾……!?」


「ここはお前らのイチャつき場所じゃねえんだ! さっさとあのアホみたいなコアをブチ壊しにいけ!」


「バッ……バカ言わないでよ! 誰がイチャついてるのよ!」


 顔を真っ赤にするエレナを横目に、乾はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ガトリングガンの砲身を眼前の軍勢へと向けた。


「ここは俺が食い止める。アトランティスの親衛隊だろうがなんだろうが、俺の火力を越えさせやしねえよ」


「正気かよ乾! この数だぞ!? お前一人でなんて――」


「蓮」


 乾の低い声が、蓮の言葉を遮った。

 背中越しに見える乾の肩が、微かに震えている。それは恐怖ではなく、溢れ出す闘志と、仲間への絶対の信頼ゆえのものだった。


「俺たちの旅の終わりを、こんな冷たい機械の世界で迎えてたまるか。俺には、お前とエレナが笑って地球に帰る未来が見えてんだよ。……だから、行け。俺を信じろ!」


「乾……」


 蓮は強く奥歯を噛み締め、それからガツンと自分の拳で乾の肩を叩いた。


「死ぬなよ、乾! 終わったら、地球の安っすい居酒屋で奢ってやるからな!」


「ハッ! 当たり前だ! お前らの祝勝会の酒を飲むまでは、地獄の閻魔に呼ばれても死ねるかよ!」


「行くわよ、蓮! 乾の覚悟を無駄にしないで!」


「おうッ!!」


 蓮とエレナは乾の横を突き抜け、白銀の架け橋を一直線に駆け抜けた。


「全砲門……開門ォォォッ!! 喰らいやがれアトランティス!!」


 背後で、乾の咆哮と共に激しい掃射音が爆発する。押し寄せる敵軍勢を、乾が一身に引き受け、凄まじい火線で道を塞いでいく。その背中を信じ、二人は振り返ることなくコアの最深部へと飛び込んだ。


 重厚な自動扉が閉じ、乾の戦音すら届かない静寂が支配する部屋――『中央駆動室』。

 部屋の中央には、地球から奪った莫大なエネルギーを収束させる巨大な光の結晶が浮遊していた。


「着いた……! ここがコアの制御中枢……!」


 エレナが端末を操作しようと駆け寄った、その時。


『――不確定要素の到達を確認』


 天井から降り注ぐ白銀の光の中から、一つのホログラム……いや、完璧な数式によって構成された『神』のごとき絶対的な存在が降臨した。


 顔の造形すら持たない、純白の幾何学体。

 アトランティスすべての論理、歴史、そして意思を統合する最高統制AI――『Ω(オメガ)』である。


『並行世界ベータからのエネルギー回収率、88%。消滅プロトコルは確定事項であり、修正の余地なし』


 オメガから放たれる声には、感情の欠片すら存在しなかった。ただひたすらに冷酷で、絶対的な「事実」だけを告げてくる。


『個体名:エレナ・ヴァレンタイン。お前の思考回路は、下等なβ世界線の生体反応によって著しく汚染されている。精神初期化プロトコルの失敗は計算外であったが、ここで消去すれば問題はない』


「ふざけないで……! 私たちの『心』を、汚染だなんて言わせないわ!」


 エレナが蒼い瞳を怒りに燃やして言い放つ。

 だが、オメガはぴくりとも動かず、ただ冷淡に数式を空間に展開させた。


『心という概念は、効率的な演算を阻害する構造的バグに過ぎない。これより、害虫の駆除並びにβ世界線の完全消去を実行する』


 ズズズズズ……ッ!!

 オメガの手がかざされた瞬間、制御室の空間そのものが歪み、蓮とエレナを取り囲むように、数式で構成された不可視の重力圧迫が襲いかかった。


「グッ……!? 身体が……重い……!?」


「蓮! これ、アトランティスの事象改変攻撃よ! 私たちの『存在確率』を直接ゼロに書き換えようとしてる……っ!」


 絶望的な存在感で立ちはだかる、アトランティス最高の絶対統制AI『Ω(オメガ)』。

 地球の命運を賭けた、本当の最終決戦の火蓋が、今ここに落とされる。

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