第二十四話:監獄奪還戦
ドバァァァン!!
重厚な白亜の隔壁が粉々に破砕され、白煙と光の粒子が『白亜の檻』の中へと一気に吹き荒れた。
無機質な暗闇だった監獄の底に、眩いばかりの光が差し込む。その煙の残響の中から、一人の少年が力強く足を踏み出してきた。
東雲蓮である。
全身に擦り傷を作り、服のあちこちを焦げ付かせながらも、その手には因果を捻じ曲げる特異の武器が固く握りしめられていた。その瞳には、すべてを焼き尽くすほどの熱い怒りと決意が宿っている。
「はぁ……はぁ……っ! 到着、だ……!」
蓮は荒い息を吐きながら、視線を正面へと向けた。
そこには、四肢を縛っていた電磁の枷を内側からの莫大な魔力で強引に噛み砕き、泥と血にまみれながらもゆっくりと立ち上がる一人の少女の姿があった。
白銀の髪を揺らし、深く澄んだ蒼い瞳を真っ直ぐに向けてくる少女――エレナ・ヴァレンタイン。
画面越しでも、ホログラムでもない。
息遣いが聞こえ、体温が存在する、本物の彼女がそこにいた。
「……遅いわよ、バカ蓮」
エレナは泥のついた頬を小さく歪め、いつものように傲然と、けれどどこか愛おしそうに呟いた。
蓮はその不遜な態度に、呆れたような、けれど心の底から安堵したような不敵な笑みを浮かべ、ガリガリと頭を掻いた。
「うるせえな! 誰のせいでこんなアトランティスの最深部まで殴り込みにくるハメになったと思ってんだ! この大嘘つきの泣き虫天才科学者!」
「な、誰が泣き虫よ! 私はただ、無能な原始人に分かりやすく状況を整理してあげてただけじゃない!」
「ログでボロボロ涙流しながら『本当は怖い』って叫んでただろうが!」
「うぐっ……! か、勝手に人の未送信ログを盗み見るんじゃないわよ、プライバシー侵害! 原始人の分際で!」
ガーガーと怒鳴り合う二人。
命懸けの戦場の真っただ中とは思えない、いつも通りの、けれど何よりも愛おしい二人の会話。そのやり取りだけで、二人の間に横たわっていた距離も時間も、一瞬でゼロになった。
『――マスター、エレナ・ヴァレンタイン。感動の再会に水を差すようで大変恐縮なのですが、状況の報告を提案します』
蓮の肩口で、ホログラムの光を撒き散らしながらMk-IIが無機質に割り込んだ。
『現在、本監獄の防衛アラートはレベルMAXを推移。さらに、上の階層で敵大部隊を独力で足止めしている乾氏からの通信が入っています。「おい蓮! お嬢を回収したらさっさと失礼するぞ! こっちの弾薬も無限じゃねえんだ!」とのことです』
「乾……っ!」
蓮は頭上を見上げた。
この最深部へ至る一本道。後ろから殺到するアトランティスの迎撃部隊を、乾がその圧倒的な重火器で一人で食い止めてくれているのだ。彼が稼いでくれている時間は、決して一秒たりとも無駄にはできない。
「聞いたかポンコツ! 乾が外で道を作ってくれてる! さっさとここを脱出するぞ!」
「ふん、言われなくても! Mk-II、私の端末権限を一時的にそっちのメインコアへリンケージしなさい! 演算領域の8割をハッキングへ回すわ!」
『了解、エレナ。超高度並列処理を開始。システム占有率、正常――ハッキング・リンク確立!』
エレナが不敵に指を鳴らした瞬間、彼女の蒼い瞳の中に幾重もの魔法陣と数式が高速で走った。
完全に復活した天才科学者の頭脳と、Mk-IIの演算能力が融合する。その瞬間、監獄全体を支配していたアトランティスの防衛プログラムが、凄まじい勢いで書き換えられていった。
ウゥゥゥゥン!!
『警告! 制御権限の奪取を検知! 防衛用大型自律兵器『グラディウス』、緊急起動――侵入者を排除――』
最深部の天命を支える巨大な天井が崩落し、そこから体長十メートルを超える黒銀の巨大殺戮ドローンが三体、真紅のレーザーブレードを抜いて落下してきた。
アトランティスの科学が誇る、物理・魔導双方の完全無効化装甲を備えた要塞級兵器である。
「蓮! 右の機体、0.3秒後に左肩のバリア出力がコンマ2%低下するわ! そこをブチ抜きなさい!」
「おうよっ!!」
エレナの指示と同時に、蓮は地を蹴った。
右の『グラディウス』が放つ絶望的な熱線レーザーの群れ。普通ならばかすめるだけで蒸発する殺戮の光雨を、蓮は野性的な直感と、エレナが視覚に投影した完璧な回避ルートに従って、紙一重ですり抜けていく。
「そこだぁぁぁッ!!」
因果を捻じ曲げる特異の武器が、エレナの指示した一点――バリアの僅かな隙間へと叩き込まれた。
ズドォォォン!! と爆音があがる。巨大な鋼鉄の巨躯が内側から膨れ上がり、一瞬で木端微塵に吹き飛んだ。
「左の二体は、私が回線を焼いてやったわ! 動きが5秒止まる! 叩き潰しなさい!」
「仕事が早くて助かるぜ、天才科学者!!」
動きを完全にフリーズさせた残りの二体へ、蓮が旋風のように肉薄する。一撃、二撃。不条理なエネルギーが直撃し、要塞級兵器が次々と爆炎の露と消えていった。
「よし、突破だ! エレナ、走れるか!?」
「失礼ね! 足くらい動くわよ……きゃっ!?」
強がって駆け出そうとしたエレナだったが、長期間の電磁拷問によるダメージは深く、膝から崩れ落ちそうになる。
それを、蓮は迷わず抱き上げた。お姫様抱っこの格好で、しっかりと彼女の華奢な身体を腕の中に収める。
「なっ、なななにすんのよバカ蓮っ! 降ろしなさ……っ!」
「大人しくしてろ! 乾のところまで一気に駆け抜けるぞ!」
「っ……~っ!」
顔を真っ赤にして暴れようとしたエレナだったが、蓮の胸の力強い鼓動と、絶対に離さないという温かい腕の力強さを感じ、そっと彼の首に腕を回して小さく顔を埋めた。
「……今回だけだからね、原始人」
「へいへい! Mk-II、上に抜ける最短ルートを爆破しろ!」
『了解マスター! 防衛隔壁の自爆シーケンスを起動――崩落に乗じて上層へ強行突破します!』
ドゴォォォォン!!
最深部の天井が豪快に吹き飛び、蓮はエレナを抱えたまま、爆風の圧力を利用して一気に上層へと跳躍した。
連鎖爆破が巻き起こる監獄の回廊。その光の先には、無数の敵の骸を山と積み上げ、ガトリングガンを構えてニヤリと笑う、頼もしすぎる仲間――乾の姿が見えていた。
「遅かったじゃねえか、蓮! お姫様救出劇は成功したか!?」
「バッチリだ! 逃げるぞ乾!!」
「おうよ! ここを脱出して、アトランティス本国にでかい一砲ぶちかましてやろうぜ!」
崩れ去る白亜の監獄。
光の中へと駆け出していく少年と少女、そして仲間たち。
過去の絶望を完全に打ち砕き、物語はついに、アトランティスとの最終決戦へと加速していくのだった。




