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クロノスフィア  作者: 遙 カナタ


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第二話:スマホの中の居候と、発光する鉄剣

「――だから、現代の『コンセント』なる原始的な穴に、私の最新型マルチデバイスを突っ込もうとしないでってば! 電圧とかそういう次元じゃなくて、流れてるエネルギーの純度が低すぎて、回路が拒絶反応を起こして爆発しちゃうから!」


「爆発するなら先に言え! あやうく我が家が火の海になるところだっただろ!」


 コアの暴走を止めた翌日の放課後。蓮は自室の机に向かい、すっかり大人しくなった透明なガラス板――エレナのスマートフォン――に怒鳴り散らしていた。


 幸いにも、一万円の球体『次元破砕駆動炉のコア』は、ペーパークリップの一撃によって完全に沈黙していた。今は机の上で、ただのちょっとオシャレな文鎮として転がっている。


 だが、問題はエレナの端末だった。

 現在、端末のバッテリー残量はわずか3%。ホログラムを投影する機能は完全にストップしており、ガラス板の表面に直接、ちんまりとした2Dのエレナが不満げな顔で映し出されている。完全に省エネモードだ。


『はぁ……アトランティスにいた頃は、空間から無限に供給される環境エーテルで自動充電されてたのに。この世界線、本当に不便。空気中にちっとも魔導エネルギーが満ちてないんだもの。このままだと、あと数時間で通信が切れて、私は本当に「時空の迷子」になっちゃうわ』


「通信が切れたら、お前はどうなるんだ?」


『私はあっちの世界線の研究所にいるから無事よ。でも、私のスマホと駆動炉のコアが、そっちの世界線に永遠に置き去りになっちゃうの。おまけに、スマホの中にある私の恥ずかしいプライベート画像が、原始人のあなたに見られ放題になるのよ! 耐えられないわ!』


「見ないし、そもそも画面が点かなきゃ見られないだろ」


 蓮はため息をつきながら、パソコンの画面に目を戻した。

 彼が今開いているのは、オカルトマニアたちが夜な夜な怪しい情報を交換する、大手匿名掲示板の『オカルト・超常現象板』だ。


 何かエレナのスマホを充電できるような、あるいはこの状況を打開できるような「オドロオドロしいエネルギーを放つ呪物」の噂でも落ちていないか探していたのだ。


 すると、ある書き込みが蓮の目を引いた。


【拡散希望】地元の郷土博物館にある『絶対に錆びない鉄剣』、マジでヤバい件。

 1: 名無しのオカルター

 昨日、夜中に博物館の前を通ったら、展示室の窓から緑色の光が漏れてた。

 ただのライトアップかと思ったけど、近づいたらキーンていう電子音みたいなのが聞こえて、スマホの電波が完全に圏外になった。あの剣、やっぱり宇宙人のテクノロジーだろ。


「……おい、エレナ。ちょっとこれを見てくれ」


 蓮が画面を指さすと、端末の中のエレナが顔を近づけて、画面の文字を凝視した。


『……ん? 「絶対に錆びない鉄剣」……? 夜な夜な緑色に発光して、周囲の電波を妨害する高周波を放つ……。ちょっと待って、これって……』


 画面の中のエレナの表情が、一瞬で引き締まった。


『間違いないわ。これ、うちの研究所が三ヶ月前に次元廃棄(ポイ捨て)した、「高周波電磁ブレード」のプロトタイプよ! 刀身から常に特殊な磁場を放ってるから、どんな環境でも絶対に酸化しないの!』


「やっぱりお前らの世界のゴミかよ!!」


『ゴミじゃないわよ、試作品の廃棄物よ! ちょうどいいわ蓮、その鉄剣から漏れ出ている残留エネルギーを吸引すれば、私のスマホをフル充電できる上に、余った電力で一時的に「時空のゲート」を強制開通できるかもしれない!』


「マジか! じゃあ、その鉄剣を回収すれば、お前はスマホを取り戻して、俺の部屋のこの爆弾も引き取ってくれるんだな?」


『ええ、アトランティス特級研究員のプライドにかけて約束するわ! 急ぎましょう、原始人の蓮!』


「原始人って言うな! よし、今すぐその博物館へ行くぞ!」


 蓮は制服の詰襟を乱暴に引っ張りながら、透明な端末をポケットに押し込み、部屋を飛び出した。


 午後六時三十分。

 蓮が自転車を猛スピードで漕いで到着したのは、街のはずれにある『木更木市立郷土博物館』だった。

 すでに閉館時間を過ぎており、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれて静まり返っている。薄暗い常夜灯だけが、コンクリート造りの古びた建物を寂しげに照らしていた。


「閉まってるな……。どうする、エレナ。裏口から忍び込むか?」


 蓮がポケットの端末に囁くと、小さな声が返ってきた。


『そんな犯罪まがいのことしなくても大丈夫よ。私の端末の残量(1%)を絞り出して、博物館の電子ロックの認証コードをハッキング……って、あれ?』


「どうした?」


『おかしいわ……。ハッキングするまでもない。この建物、内部のセキュリティシステムが「物理的に破壊」されてるわよ』


「え……?」


 蓮がハッとして正面玄関のガラス扉に近づくと、自動ドアの隙間から、ひんやりとした夜の空気が漏れ出ていた。よく見ると、鍵の入ったステンレス製のフレームが、まるで巨大な力でひん曲げられたかのように、無残に歪んでいる。


「これ……泥棒か!?」


『違うわ、この破壊の痕跡。高熱のプラズマで一瞬で融解されてる……。蓮、中に誰かいる! 鉄剣が危ないわ!』


 心臓がドクンと大きく跳ね上がった。

 ただの高校生なら、ここで警察に通報して逃げるのが正解だ。だが、もしあの中にある「電磁ブレード」とやらが、昨日のコアのように暴走したら? 警察が踏み込んだ瞬間に大爆発を起こしたら?


「くそっ、行くしかないか……!」


 蓮は歪んだドアの隙間に身体を滑り込ませ、暗闇に包まれた博物館のロビーへと足を踏み入れた。


 展示室へと続く廊下は、不気味なほど静まり返っていた。

 床に転々と落ちている、ガラスの破片。

 そして、奥の展示室から、掲示板の噂通り「鮮やかなエメラルドグリーンの光」が漏れ出しているのが見えた。同時に、鼓膜をキーンと刺激する、不快な高周波の音が響いてくる。


 蓮は壁に背をつけ、息を殺して展示室の中を覗き込んだ。


「――っ!?」


 声が出そうになるのを、自分の手で必死に抑え込んだ。


 展示室の中央。叩き割られた強化ガラスのショーケースの前に、『人間ではない何か』が立っていた。


 それは、全身を漆黒の金属的な甲冑で包んだ、異様なシルエットの存在だった。衣服とも鎧ともつかないその表面には、エレナのスーツに似た、しかし禍々しい「血のような赤」のラインが発光している。顔面は完全にバイザーで覆われており、表情は読み取れない。


 その『甲冑の男』の手には、緑色の電光を激しく放つ、一振りの美しい鉄剣が握られていた。郷土博物館の目玉展示――オーパーツ『不錆の鉄剣』だ。


『うそ……嘘でしょ……!?』


 ポケットの中で、エレナの悲鳴のような通信が、蓮の脳内に直接響いた(省エネモードの限界で、音声が脳内同期に切り替わったのだ)。


『なんで彼らがここにいるのよ!? あれは……「世界線:ガンマ・1」の、機動帝国ヴァルハラの次元略奪兵(スカベンジャー)よ!!』


「ヴァルハラ……? 別のお前らの知り合いか!?」


『知り合いなわけないでしょ! 私たちアトランティスとは完全に対立している、別の世界線の軍事帝国よ! 彼らは科学の発展が遅れた世界線を回り、そこに漂着した他世界線のロストテクノロジーを強奪して、自分たちの兵器に転用してるの!』


 つまり、あの甲冑の男は、エレナの世界のゴミを奪いに来た、さらに別の世界線の侵略者ということだ。


「おい、アイツ、鉄剣を持って帰ろうとしてるぞ……!」


 甲冑の男が、腰のベルトにある不気味な四角いデバイスを操作した。すると、男の目の前の空間が、バリバリと赤い稲妻を放ちながらぐにゃりと歪み始めた。

 蓮が昨日見た『黒い穴』と同じ、世界線を繋ぐゲートだ。男は鉄剣を手に、そのゲートへと足を踏み入れようとしている。


『ダメよ蓮! あの鉄剣を渡したら、私のスマホの充電も、あなたの世界を救うためのエネルギーも全部なくなっちゃう! 何とかして引き剥がして!』


「無茶言うな! あんなバケモノ相手に、ただの高校生がどうやって――」


 その時、蓮の足元で、小さなプラスチックの破片がパチリと音を立てて割れた。

 静まり返った展示室に、その音はあまりにも大きく響いた。


 ピクッ、と甲冑の男のバイザーが、正確に蓮の隠れている壁へと向いた。


「――侵入者。現地民(プリミティブ)か」


 合成音声のような、低く冷酷な声が室内に響く。

 男はゲートに入るのを止め、ゆっくりと鉄剣を構えながら、蓮の方へと歩みを進めてきた。刀身の緑色の電光が、じわじわと出力を増していく。


「見つかった……! くそ、こうなったらオカルトマニアの意地を見せてやる!」


 蓮は周囲を見回し、近くの展示台にあった「古代の土器のレプリカ」を両手で掴み上げた。


 世界線を超えたオーパーツの争奪戦。

 ただの高校生である東雲蓮は、未知のハイテク兵士を相手に、一体どう立ち向かうのか――。

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