第十四話:誰がための灯火を灯す(前編)
「――お頭さん、15年前にやり残した仕事だ! 今度こそ、誰も死なせずに全員で生き残るぞ!」
乾の咆哮が、地下シェルターの防壁を激しく揺るがす地鳴りと重なった。
ゴォン、と凄まじい質量兵器でも叩きつけられたかのような衝撃が走り、何十人もの難民を守っていた分厚い鉄扉が、内側に向けて無残にひしゃげる。火花とコンクリートの粉塵が視界を真っ白に染める中、その煙の向こうから現れたのは、真紅の単眼センサーを狂暴に明滅させた、何百、何千という『複製体』の波だった。
「熱を……」
「因果を……よこせぇぇぇ!!」
金属の摩擦音とノイズが混ざり合った、おぞましい飢餓の合唱。
鉄扉の隙間から、銀髪の少女の形をした腕が何本も、貪欲にシェルター内へと伸ばされる。
「ひるむな野郎ども! 散弾を装填しろ! 距離十で網を張れ!」
ガスマスクをはめ直した生存者のリーダー――お頭が、錆びついた実弾銃のボルトを激しく引きながら叫ぶ。
「この奥には、俺たちの子供がいるんだ! 1ミリでも敷居を跨がせるな!」
バリバリバリバリバリッ!!!
お頭の号令とともに、即席の武装集団が一斉に引き金を引いた。
手製の粗悪な散弾が火薬の爆音とともに放たれ、鉄扉の隙間に群がっていた複製体たちの重装甲を激しく叩く。金属片が飛び散り、数体の複製体が火花を散らして床へ転がったが、背後から押し寄せる次なる波が、その骸を踏み潰してさらに前へと突き進んでくる。実弾では、彼女たちの突進を完全に止めることはできない。
「クソ、キリがねえ! 弾がもたんぞ!」
「あいつら、完全に狂ってやがる!」
絶望がシェルター内を支配しかけたその時、トレンチコートの裾を翻した乾が、お頭の前に割り込んだ。その手には、鈍く輝く『因果中和銃』が握られている。
「お頭さん、15年前の『第三防衛線』の陣形を覚えているか!」
乾は迫り来る群れを見据えたまま、大声で指示を飛ばした。
「この地下回廊は、中央がV字に湾曲している! 実弾班は左右の壁際に散れ! 奴らを中央の狭路に誘い込め!」
お頭は一瞬、ガスマスクの奥の目を見開いたが、すぐに乾の意図を察知して不敵に笑った。
「……へっ、身体が覚えてらぁ! 野郎ども、大旦那の言う通りだ! 左右の退避溝に滑り込め! 中央を空けろ!」
生存者たちが訓練された兵士のように素早く左右の壁際へと散る。
中央の直線ルートがぽっかりと空いた瞬間、飢えた複製体たちが、蓮の持つ「地球の熱」に引き寄せられるように、一塊の肉塊となって中央へ殺到した。密集度が最大になった、その瞬間――
「少年、伏せろ!」
「はいっ!」
蓮が床に身を投げ出すのと同時に、乾が中和銃を突き出した。
これまで見たこともないほどの、極太の透過波が放たれた。大気中にエネルギーがないはずのこの世界で、乾は自身の銃の「安全リミッター」を完全に解除し、内部バッテリーのすべてをこの一撃に注ぎ込んだのだ。
中央に密集していた数十体の複製体が、因果律を強制中和され、駆動力を失って一斉にドミノ倒しのように崩れ落ちる。中央ルートに、一時的な「空白」が生まれた。
「お頭さん、今だ! 左右から挟撃!」
「おう! 脳核をブチ抜けぇっ!」
左右の壁際から、生存者たちの実弾銃が一斉に火を噴く。姿勢を崩した複製体たちの頭部や胸部の魔導炉が、至近距離からの容赦のない銃撃によって次々と破壊されていく。泥臭く、しかし15年の時を超えて完全に噛み合った、大人たちの完璧な連携だった。
「乾さん、銃のバッテリーが……!」
蓮が叫ぶ。乾の手にある中和銃からは、過熱による激しい煙が上がっており、インジケーターは完全に沈黙していた。もう撃てない。
「構うな、少年! これで前衛は一掃した。だが、本命は地表の『大深度魔導炉プラント』から無限に湧き出てくる奴らの本隊だ」
乾は中和銃をホルスターへ放り込み、代わりに落ちていた重い鉄パイプを拾い上げた。その顔には、いつもの落ちこぼれ公務員の気怠さは微塵もない。
「お頭さん、ここからは攻勢に転じるぞ。防衛線をシェルターから、奴らの巣窟であるプラント中枢まで押し上げる」
「正気か、大旦那!? 相手は数千だぞ!」
「ここに籠城していても、少年の持つ『熱』に引き寄せられて、いずれ全員圧し潰される。だったら、少年を鍵としてプラントの中枢へブチ込み、システムそのものを叩くしかない。……15年前は逃げるだけだったが、今度はこっちから殴り込みだ」
乾の言葉に、お頭は一瞬、シェルターの奥で震える子供たちを振り返り、それから力強く銃のボルトを叩いた。
「……違えねえ。あの時、お前たちに拾ってもらった命だ。ここで使い切っても文句はねえよ。野郎ども、大旦那とあのガキの道を拓くぞ! 弾の出し惜しみはするな!」
「おおおおおっ!!」
生存者たちの士気が、爆発的に跳ね上がる。彼らにとって乾は、かつて絶望の淵から自分たちを救い出してくれた、生ける伝説そのものだった。その男が再び先頭に立っているのだ。負けるわけにはいかなかった。
「少年、行くぞ。前衛は任せた」
乾が蓮の肩をポンと叩く。
「君の持つその剣の光は、暗闇を照らすだけじゃない。俺たちの行く道を指し示す、北極星だ。大人たちが全力で君の背中を支える。だから――」
「はい……! 前だけ見て、走ります!」
蓮は強く頷き、虹色の輝きを放つ『不錆の鉄剣』を力強く順手に構え直した。
もう、迷いはなかった。
かつて乾が命を懸けて守ろうとしたこの世界の人々。そして、今も自分を信じて背中を預けてくれている乾さん。彼らの想いに応えるために、少年は覚悟を決めた。
「突撃ィィィッ!!!」
お頭の怒号とともに、蓮たちは崩壊した鉄扉から、猛吹雪が吹き荒れる地下回廊へと打って出た。
通路の先からは、先ほどの中和銃の一撃を免れた、第二波、第三波の複製体たちが、津波のように押し寄せてくる。
「道を拓く……!」
蓮は地を蹴った。
肉体に宿る地球の地殻回路の熱が、魔剣の刃を通じて物質化し、虹色の巨大なオーラとなって迸る。蓮が駆け抜けながら斜め上に剣を振り上げると、放たれた熱波が通路の天井に垂れ下がっていた巨大なつららを一瞬で融解させ、押し寄せた複製体たちの頭上へ激しい土砂崩れのようにコンクリートの破片を落とし込んだ。
「ギャァァ、熱が……!」
「回路が……融ける……!」
エネルギーの枯渇した複製体たちにとって、蓮の放つ熱量はあまりにも強大すぎて、近づくだけで彼女たちの古い魔導回路がオーバーヒートを起こし、自壊していく。
「左から3体、少年に近づけさせるな!」
並走する乾が、拾った鉄パイプで複製体の頭部を強烈に殴りつけ、その姿勢を崩したところをお頭の実弾が正確に撃ち抜く。
蓮が前方を切り拓き、取りこぼした左右と背後の敵を、乾とお頭を中心とした大人たちが、死に物狂いの弾幕でカバーする。誰もが満身創痍だった。生存者の中には、複製体の爪に衣服を引き裂かれ、血を流しながらも、狂ったように銃を撃ち続ける者もいた。
「大旦那! 15年前、ゲートが閉まる直前にお前が俺に言った言葉を覚えてるか!」
銃撃の騒音の中、お頭が叫ぶ。
「『明日の飯の心配は、生きてる奴の特権だ』ってなぁ! 俺はあの言葉があったから、この地獄みたいな世界でも、今日まで生きてこられたんだ!」
乾は鉄パイプで敵の攻撃を受け流し、そのまま壁に叩きつけながら、ふっと笑った。
「……そんな格好いいこと言ったかよ。俺はただ、上司の説教から逃げたかっただけさ」
「ハハッ、相変わらず食えねえ男だ! だが、だからこそ信じられる!」
お頭が乾の背中を預かり、背後から迫る個体を文字通り肉体で押し止める。
泥臭く、不格好で、けれど命の灯火を燃やし尽くさんとする大人たちの共闘。
その背中に守られながら、蓮は一歩一歩、確実にプラントの深部へと突き進んでいく。
デバイスの画面からは、地球側から命がけでシステムをハッキングしているエレナの、必死の声が響いていた。
『原始人! そのまま直進! その先の大きな隔壁が、大深度魔導炉プラントの入り口よ! 私が今、システム側からロックを強制開放するわ! ……でも、そこから先は本当の地獄よ。奴らの統括ユニットが、あなたを完全に排除するために、全戦力を集中させてる!』
「分かってる、エレナ! でも、俺は止まらない!」
目の前で、巨大な鋼鉄の隔壁が、重々しい音を立てて上へとせり上がっていく。
その向こうに広がるのは、すべてのエネルギーを吸い尽くされ、真っ白に凍りついた広大な魔導炉の心臓部。
「少年、行け!!」
乾が蓮の背中を、強く前へと押し出した。
「ここから先は、俺たち大人じゃ入れねえ領域だ。世界の境界線を越えて、お前自身の答えを、あのシステムの真ん中にブチ込んできな!」
「――はいっ!!」
蓮は虹色の魔剣を高く掲げ、大人たちが命がけで維持してくれた防衛線の中心を、弾丸のように駆け抜けた。
背後でお頭たちの最後の銃声と、乾の「頼んだぞ」という静かな声が響く。
誰も悲しまない、誰も傷つけない世界を作るための、少年の真の覚醒の舞台――『大深度魔導炉プラント』の最奥へと、東雲蓮は一歩を踏み出す。




