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第1章:発見 ――その本は、読めないはずだった  作者: 都桜ゆう


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1-4:2行の記述

「……なぁ、三嶋。このページ、ちょっと見てくれ。

 ここだけ、明らかに他のページと構造が違う」


 白井が、本の中ほどにある特定のページを指差した。


 そのページには、これまで平坦に並んでいた文字の羅列とは少し毛色の違う、2行だけの短い文字列が、ページの真ん中にぽつんと書かれていた。


 ʃ̇ ɰ̄ ʔ̦ ɬ̥

 ɬ̥ ʔ̦ ɰ̄ ʃ̇


 三嶋がその文字を見つめた、その時だった。


「うおっ……!?」


 三嶋は思わず、椅子ごと激しく後ろにのけぞった。ガタガタと音を立てて机が揺れる。


「どうした、三嶋。急に大声を上げて」


「いや……今、文字が、動いた、というか……」


 三嶋は自分の目を強くこすり、眉間に皺を寄せて、もう一度ページを見つめ直した。


 文字が生き物のようにはい回ったわけではなかった。だが、奇妙な錯覚が視界を強烈に襲っていたのだ。


 上の行の文字と、下の行の文字が、まるで鏡に映したかのように左右反転して絡み合っているように見えた。


 いや、見つめれば見つめるほど、視線を動かすたびに、文字の端と端が互いを指し示し合っているような、奇妙な立体感と奥行きを感じるのだ。


 平らな紙面のはずなのに、文字が奥へ、あるいは手前へと迫ってくるような感覚。


 じっと見つめていると、視界の輪郭がぐにゃりと歪み、脳を直接揺さぶられるような、乗り物酔いに似た強烈な吐き気が込み上げてくる。


「左右に、反転してる……?

 いや、でも、よく見ると反転していないのか?

 視線が定まらない……っ!」


「……おい三嶋、急にどうした?

 何が反転してるんだ」


 白井が怪訝そうに眉をひそめ、こちらを覗き込んでくる。


 だが、その声は今の三嶋の耳には届かなかった。目の前の光景に対する生理的な恐怖が勝り、取り憑かれたようにポケットからスマートフォンを引っこ抜く。


「写真に、写真に撮ってみる……っ。

 レンズを通せば、錯覚かどうかわかるはずだ」


 なかば狂ったように自分へ言い聞かせながらカメラアプリを起動し、震える手でレンズをその不気味な文字列に向けた。


 画面越しに、パシャリと無機質なシャッター音が響く。


「……あれ?」


 撮影された画像を確認すると、そこにはただの歪んだ記号が、冷たい液晶画面の上に静止して写っているだけだった。


 画面の中の文字を見ても、さっきのような左右反転の錯覚も、視界が歪む感覚も、吐き気も、一切起きない。ただの、動かない、死んだインクの跡だ。


 しかし、ひとたびスマートフォンの画面から目を離し、肉眼で直接その紙面を見るとやはり、文字たちは妖しくうごめき、互いを指し示し合いながら、三嶋の視界を、認知を、狂わせてくる。


「肉眼で見た時だけ、おかしく見える……。

 人間の目の錯覚、盲点を利用した、特殊な視覚トリックか何かか?

 昔の隠し文字の技術か何かに違いない」


 三嶋は、自分の動揺を白井に悟られないよう、早口でまくしたてた。


 そうでなければ、説明がつかない。

 この本は何かが決定実におかしい。物理的な法則の枠を、静かに踏み越えようとしている。


 軽い不安は、すでに明確な恐怖の輪郭を持って、三嶋の心にどっかりと居座り始めていた。


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