1-5:頭の中に、直接
だが、そんな三嶋の必死の言い訳を余所に、白井の反応はまったく異なっていた。
白井は、三嶋がスマートフォンで撮った画像には目もくれず、肉眼で、穴が空くほどにその歪む文字列を見つめ続けていた。
彼の瞳は大きく見開かれ、部屋の蛍光灯の鈍い光が、そのガラスのような瞳に不気味に反射している。
「白井……?
もうそれくらいにしろよ。気分が悪くなる。一回、本を閉じよう」
三嶋が声をかけるが、白井からの返事はない。
白井はピンセットを握りしめたまま、微動だにせず、まるでその文字の奥にある底知れない深淵を覗き込み、その深淵から目を離せなくなっているかのようだった。
彼の呼吸は浅く、速くなっている。
事務室の中の空気が、じっとりと重くなっていく。
やがて。
白井が、ぽつりと、掠れた声で呟いた。それはまるで、眠っている人間が漏らす寝言のようでもあった。
「……読める気がするんだ」
「え?」
三嶋は耳を疑い、白井の横顔を見つめた。
「白井、何を言ってるんだ。さっき、既知のどの言語体系にも一致しないって言ったのはお前だろ。
文法も単語もわからないのに、読めるはずがない。いい加減なことを言うな」
しかし、白井は三嶋の方を振り向きもしなかった。
彼の顔は、いつの間にか異様なほどに赤く紅潮し、額には薄っすらと脂汗が浮かんでいる。
その目は狂おしいほどの熱を孕み、歓喜とも恍惚ともつかない歪んだ笑みが、その口元にゆっくりと浮かび上がっていた。
「いや……意味が……浮かぶんだ。頭の中に、直接、音じゃない何かが流れ込んでくる。
この文字が、何を言おうとしているのか……僕には、わかる。意味が、形になって、視えるんだ。
わかる、わかるぞ……」
「白井!!」
三嶋が思わず、恐怖を打ち消すように机を叩いて大声を出すと、白井はハッと我に返ったように肩を大きく揺らした。
そして、何事もなかったかのように、いつもの冷静な研究者の仮面を強引に被り直した。
「あ、あぁ……すまない。少し集中しすぎて、頭がどうかしていたようだ。
徹夜続きだったから、疲れていたのかもしれないな」
白井はそう言って力なく笑ったが、その目は少しも笑っていなかった。
彼の視線は、会話をしている間もなお、机の上の黒い本に強く、磁石のように引きずられたままであった。
三嶋は、言葉にできない冷たい塊が、自分の胃のあたりに音を立てて落ちていくのを感じていた。
ただの古い資料であるはずの本。
読めるはずがない謎の羅列。
それが、2人の間で、静かにその暗い口を開き始めていた。
三嶋は、目の前にある黒い本が、まるで自分たちをじっと見つめ返しているかのような、強烈な錯覚に囚われていた。




