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第1章:発見 ――その本は、読めないはずだった  作者: 都桜ゆう


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1-2:世界に存在しない文字

「おい、三嶋! それ、どこで見つけた!?」


 1階の薄暗い事務室にその本を持ち帰るや否や、文字通り飛びついてきたのは白井だった。


 白井は、大学で古文書や考古資料のデジタル化を主導するプロジェクトの責任者だ。


 本来なら研究棟に拠点を置くべき男だが、彼はなぜか1階の薄暗い事務室の一角を占拠し、解析機材や鑑定道具を詰め込んで自分の城のように構えている。


 原本の劣化が激しいという名目で高度な鑑定と修復をここで強行しているが、実際のところは違う。


 事務作業の喧騒に紛れ込み、誰にも干渉されずに資料を愛でるための、彼なりの聖域なのだろう。


 大学側も、その奇妙な居座りをプロジェクトの唯一無二の専門家という立場ゆえに黙認している。


 三嶋にとって、そんな白井の姿はもはや見慣れた日常風景に過ぎない。

 彼は数少ない、気兼ねなく話せる悪友のような存在でもあった。


 普段は感情をあまり表に出さず、合理的な思考を好む彼が、その黒い本を見た瞬間、眼鏡の奥の目を血走らせて掴みかかってきた。


「落ち着けよ白井。

 地下二階の廃棄倉庫の奥でみつけたんだ。

 ただの落書き帳か、誰かの自費出版の失敗作だろ。

 そんなに興奮するようなもんじゃない」


「馬鹿を言うな! 君にはこれがそこらのゴミに見えるのか?

 この装丁、この紙の質感……。

 見てみろ、これ、普通のパルプ紙じゃない。おそらく羊皮紙、いや、もっと別の生物の……とにかく、古い。信じられないほどに古いぞ!

 少なくとも数百年前、いや、もっと前かもしれない」


 三嶋が溜息をつく間も待たず、白井は手慣れた仕草でピンセットとルーペを取り出し、机の上に黒い本を広げた。


 壊れ物を扱うかのように指先を震わせながら、彼は慎重にその黒い表紙をめくっていった。


「……なんだ、この文字は」


 白井の動きがぴたりと止まる。三嶋もデスクの横から、そのページを覗き込んだ。


 そこに並んでいたのは、三嶋がこれまでの人生で、教科書でもネットでも一度も目にしたことのない記号の羅列だった。


 アルファベットのようでもあり、北欧のルーン文字や、あるいは古代の楔形文字のようでもある。だが、どれとも決定的に違っていた。


 線は(いびつ)で、尖っており、まるで鋭利な刃物で紙の表面を抉り取ったかのように深く刻まれている。


 インクの色は黒というよりは、乾燥して凝固した古い血のような、濁った赤黒さを帯びていた。


「既知の文字体系に、どれ一つとして一致しない……」


 白井の口から、感嘆とも戦慄ともつかない息が漏れる。


「四大文明の古代文字から、中世の暗号、オカルトの魔術文字、果ては近代の人工言語まで、僕の頭の中にあるデータベースのどれとも繋がらない。

 完全に独立した、独自の言語体系だ」


「おいおい」


 三嶋は苦笑しながら、白井の興奮に冷や水を浴びせるように言った。


「ただの、文字の読めない狂人が書いた落書きの(たぐい)じゃないのか?

 あるいは、昔の学生が考えた秘密のノートとかさ。

 そんなに大層なものに見えるか?

 世の中には、意味のない模様を書き殴る病気だってあるだろ」


「落書きだと?」


 白井は不満そうに顔を歪め、ルーペを覗いたまま声を荒らげた。


「いいかい三嶋、落書きにはこれほどの規則性がないんだ。

 でも、これを見てみろ。


 一見ランダムに見えて、明確な文法のような構造がある。

 同じ記号が特定の周期で繰り返され、前後の組み合わせにも法則がある。

 これは明確な意志を持って書かれた本物の言語だよ。

 誰かが何かを伝えるために、莫大な時間をかけて書き残したんだ」


 三嶋は肩をすくめた。どれだけ白井が学術的な熱弁を振るおうと、そこには薄気味悪い、誰のものとも知れない古いノート以上の価値は見出せなかった。


 むしろ、見つめているだけで、さっき倉庫で感じたあのぬめりとした感触が蘇るようで、早く視界から外したかった。


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