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7.同居生活

「おはよう。愛瑠」


 寝ぼけたまま二階の自分の部屋から、一階のリビングに降りてきた愛瑠は、そこに榛名がいるのを見て、ぎょっとして立ち止まった。


 あぁ、そうか。今日から同居生活が始まったんだ。


 ぼぉっとする頭の中で、先日の出来事を反芻する。

 愛瑠の周りで次元の歪みが発生しやすくなっていることから、斗真と榛名は、夜通しで家の周りを見張ってくれるようになった。それから、数日経った頃、

「ここに住んじゃえば? 部屋いっぱい余っているし。斗真と榛名は二人暮らしなんでしょ?」

 と、愛瑠が提案した。


「お前、女子高生が男子高生との同居を提案するか? 普通」

「だって、もはや普通じゃないでしょ、この状況。それに毎日、二人が外で見張りをしてくれているのに、自分だけゆっくりベッドで寝ているのも気が引けるし」

「いつでも涎垂らして、爆睡しているくせに」

「う、るさいなぁ。二人の体のことを心配しているんだよ! 一緒に暮らせば、外にいる必要なんてないでしょ」

「まぁ、そうだけど……。一応、俺たち男だし」


 斗真がちょっと気まずそうに言うと、愛瑠が、

「大丈夫だよ。榛名がいるから」

 と言った。


「どういう意味だよ」

「斗真だけじゃ、夜這いされる心配があるけど、榛名がいれば安心だってこと」

「ふっざけんな。誰が、そんな胸の小さい女、襲うか」

「なんだと! 今度そんなこと言ったら、ニョロちゃんをお前の首に巻いてやるからな!」

「そんなことしてみろ! ムカデをお前の背中に入れてやるからな!」


 二人の言い合いをしばらく眺めていた榛名が、「そろそろ止めてもいい?」と苦笑いをしながら言った。


「愛瑠が嫌じゃないなら、僕たちはその方が君を守りやすいから、助かるよ」

「うん、じゃぁ、そうしよう」


 こうして三人の共同生活が始まったわけだが……。


 朝起きて、イケメンが家にいるというのはいいものだな。

 愛瑠は榛名の笑顔を見ながら、「おはよう、榛名」と微笑む。

 するとそこに、

「お前、少しは身支度してから降りて来いよ」

 と、斗真の声がして、愛瑠はイラッとしながら振り返った。

 その目が見開かれる。

 朝、シャワーを浴びたのであろう、腰にタオルをひっかけただけで、上半身裸の状態の斗真が立っていた。その鍛えられた鋼のような肉体にドキリとする。


「お、お、お前こそ! そんな恰好でうろつくな!」


 愛瑠は叫びながら、顔を真っ赤にしてリビングから飛び出した。


 やっぱり、同級生の男の子と同居生活なんて、考えが浅かったかな……。


 ドキドキする胸を押さえて、愛瑠は自分の部屋に戻り、身支度を整える。

 しばらくして、「愛瑠、朝ご飯できたから、冷めないうちにどうぞ」と榛名が下の階から自分を呼ぶので、驚いた愛瑠は慌てて階段を駆け下りていった。すると、食卓の上には、美味しそうなオムレツとトーストとサラダが三人分用意されていた。


「飲み物は、何がいい?」

「あ、牛乳で……」


 そう言って、椅子に座る。


「うっまそう。いっただっきまーす」


 すでに着替えて席に座っていた斗真が待ちきれずに食べ始めた。


「もしかして、いつも榛名がご飯作っているの?」

「うん。斗真は料理できないからね。これからは三人分作るよ」

「ほんとに?!」


 同居生活最高! いえい!


 愛瑠は内心ほくそえんで、「悪いねぇ」と言いながら、榛名が入れてくれた牛乳を受け取った。


「悪いなんて思ってないくせに」


 トーストを口に頬張りながら、斗真がブツブツという。

 こいつがいなきゃ、もっと最高なのに……。

 そんなことを思いながら、オムレツを口に入れた。


「うわっ、おいしー! 榛名。なんなら、このまま日向家にお婿に入ってもいいよ」

「やめとけ。榛名。シンデレラばりにこき使われるぞ。こいつきっと料理も掃除も何にもできないぞ」

「さっきからうるさいな。私だって、ずっと一人暮らししていたんだから、一通りのことはできます」


 愛瑠はそう言って、腕を変異させて伸ばすと、デザート用にリンゴをむこうとしていた榛名の手から、ヒョイっとそのリンゴを奪った。変異した右手の人差し指を果物ナイフのように尖らせ、器用に皮をむいていく。

 呆気にとられる二人の前で、見事に皮をむききった愛瑠がニッと笑った。


「ほらね」

「ほらね、じゃねー! お前、何勝手に力を使ってる!」

「いいじゃん、二人しかいないんだし。固いこと言わないで」


 そう言いながら、愛瑠は皮をむいたリンゴを上に放り投げた。空中でシュパッとリンゴが八等分に分かれ皿に落ちる。


「じゃーん。すごくない? ずいぶんコントロールが利くようになったでしょ? 練習したんだ」


 自慢気な顔をした愛瑠を、「お前なめてんのか?」と斗真が睨み付け、榛名がため息をついた。


「愛瑠。こないだも言ったけど、天界は君が力を持っていることをよく思っていない。僕たち二人だけだからって例外じゃないよ」

「練習なんて、勝手な真似して。使うことを禁じられている力なんだぞ」

「だけど……」


 何か言いかけた愛瑠がその言葉を呑み込んで、

「こんな体になったんだから、少しは便利に使わせていただきたいものだ」

 そう言って、リンゴを手に取りシャリシャリかじった。


「お前のために言ってんだろうが」


 苛立った様子で斗真が口調を荒げる。愛瑠がキッと斗真を睨み付けた。


「でも! 何かあった時に、力をコントロールできなきゃ、自分を守れないじゃない! 二人がいつも守ってくれるとは限らないんだから。こないだみたいな、あんな化け物が出たらどうするのよっ」


 語尾が震えているのに気付いて、斗真と榛名が驚いた顔で愛瑠を見た。愛瑠は顔を逸らせて、不機嫌そうに頬杖をつく。


「愛瑠……ごめん。君の気持ちに気付いてあげられなくて。不安、だよね」

「そうならそうと、言えばいいじゃねーか」


 目を伏せた榛名と、唇をかんだ斗真に、愛瑠はため息をついた。


「……そんな顔、すると思った」


 そう言って、「トカゲの尻尾はまた生える」とつぶやいてから、「よし!」と大きな声を上げて、立ち上がった。


「だ、だから、なんなんだよ。それ」

「悩んだって仕方ない。なんとかなるよ、うん。ということで、ご馳走様」


 愛瑠は呆気にとられる二人を残して、空いた食器片手にキッチンへと入っていった。

 しばらくして、食器を洗っている愛瑠のもとに、斗真がやってきた。


「洗ってやらないぞ。自分でやれ」


 愛瑠が斗真の持つ皿をチラッと見る。斗真はそれには答えず、少しだけ黙ったまま愛瑠のことを見つめた。


「なんだよ、文句あるの?」


 口を尖らす愛瑠に、少し言い淀んだ後、

「トカゲの尻尾はまた生えるって、あれ何?」

 と聞いた。


「あぁ、あれね。気持ちを切り替えるおまじない」

「おまじない?」

「うん。小さい頃、お母さんがいなくなって、会いたくて、会いたくて泣いていたら、お父さんが言ったの。トカゲって、尻尾が切れてもまた生えてくるでしょ? だから切れた尻尾のことなんて、さっさと忘れて前を向きなさいって」


 黙ったまま聞いている斗真に愛瑠は小さく笑った。


「母を恋しくて泣いている子供に対して、結構、厳しい教えだよね。まぁ、今になって考えれば、お父さんは自分自身に対して、そう言ったのかもしれないけれど。自分の身に起きたことを嘆いていたって始まらないもんね。前向きにならなくちゃ」

「強いな、お前……」


 斗真がため息をつくように言う。


「強くなるしかなかったんだよ。一人で生きていくためには」


 苦笑いしながら愛瑠が答えると、ふと、斗真は何かに気付いたように彼女を見た。


「それ、お前が何歳の頃?」

「六歳の時だね。小学校一年生だった」

「まさか、その頃から一人暮らししてんの?」

「一応、小学生の間は家政婦さんを雇ってくれたけどね。けど、お前より小さな子がゴミ置き場から金になるものを拾って自分の足で生きている国もあるんだから、お前ならやれるって言い残して、お父さん旅立っていったな。だから、割とタフにできてるよ、私」


 何てことないように言って、愛瑠は笑って見せた。そんな彼女に対し、斗真は少し何かを考えるように黙った後、真っ直ぐに彼女のことを見つめた。 


「愛瑠。これからは、俺と榛名がお前の傍にいる。お前のことは俺たちが守ると約束する。絶対だ」


 揺るぎない瞳。愛瑠は驚いて、言葉なく彼を見返した。


「だから……」


 途中まで言って、恥ずかしくなったのか、斗真の顔が赤くなり、

「お前は余計なこと心配すんな」

 とぶっきらぼうに言うと、皿を置いてキッチンから出てってしまった。


「なんだよ……。洗ってやらないって……言ったのに」


 言葉とは裏腹に、愛瑠の顔に微笑みが浮かぶ。


「ありがとう」


 小さくつぶやいて愛瑠は皿を洗い始めた。


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