6.妖魔襲来
家の前まで来ると、
「家族であっても、このことは知られるなよ」
と、斗真は念を押すように言った。
「大丈夫だよ。どうせ一人だし」
肩をすくめる愛瑠に、斗真と榛名が顔を見合わせる。
「お前、高校生なのに一人暮らしなの? しかも一軒家に。親は?」
「うーん。厳密にいえば、一人暮らしではないけど、ほとんどそんな感じかなぁ。うちは母親がいないし、父親は年中海外を飛び回っているから」
「ふーん。未成年の子供家に置いて、年中海外だなんて、ずいぶん忙しいんだな。父さんは何やってんの? 商社マン?」
「ううん。生物学者。今頃、砂漠の真ん中にいるんじゃないかな。去年はアマゾンに行くと言ったきり半年音沙汰なかったから、いよいよワニにでも食われてくたばったかと覚悟したんだけど、正月にひょっこり帰ってきてさ。そんな感じだから、いつ戻ってくるか分からないんだよねー」
何てことなさそうに言いながら愛瑠は鍵をあけた。
「寂しくないの?」
「うん。寂しくないよ。もう慣れているし。一緒に住んでいる子いっぱいいるし」
「一緒に住んでいる子?」
「会っていく? お茶入れるよ」
玄関を開けた愛瑠は二人を誘うように、ドアを大きく開けた。
「一緒に住んでいるって……もしかして、これ?」
家の離れに連れて行かれた斗真と榛名が目を点にして立ち止まる。
「うん。可愛いでしょう」
愛瑠の顔がにへらぁと崩れていった。ガラスのゲージから、手の平サイズのトカゲを取り出すと、「ただいま」と言って、チュッとトカゲにキスをする。
「うわっ。引く、お前やばいぞ」
顔をしかめた斗真が、気味悪そうに数歩後ろに下がった。その様子を見た愛瑠は舌打ちすると、部屋の奥に入って、何かを持って戻ってきた。
「はい。お友達だよ。ご挨拶して」
チロチロと舌を出す長細い生き物。
愛瑠が差し出したそれに、斗真が悲鳴を上げる。
「や、やめろ! あっちに持っていけ!」
ブルブルと首を振って、斗真は壁際まで後ずさりした。
「酷いねぇ。ニョロちゃん、こんなにかわいいのに」
「愛瑠。前回蛇を見たとき、その夜、斗真は熱を出したんだ。そのくらいにしておいて」
榛名の言葉に愛瑠はペロッと舌を出すと、蛇を首に巻いて部屋の奥に戻っていった。
「榛名。帰るぞ。こんな場所にはもういられないっ」
固まっていた斗真が慌てて、部屋から出ていった。
その日の夜、お風呂から出た愛瑠は二階から聞こえた物音に、ビクリと肩を揺らした。一人暮らしには慣れていると言っても、やはりこんなことがあると夜は怖い。
「ネズミ……かな……?」
そう言いながら、恐る恐る階段を上っていく。耳に入ってきたのは、ギシギシと床が軋む音。どう考えてもネズミのような軽い体重のものではなく、人間程度の重さのものが動いている音だ。
どうしよう……。警察呼んだ方がいいかな。
一瞬悩んで立ち止まった愛瑠だったが、自分が棘の実の力を持っていることを思い出すと、何かあったら蔦で縛り上げてやればいいのだと思い直し、勢いよくドアを開けた、のだが……。
「ひっ!」
勇んで飛び込んだ愛瑠は、一瞬にして恐怖に身をすくませた。
目の前に現れたムカデを巨大化させたような姿。何十本と生えた足がウネウネと動いている。愛瑠のことを見止めると、頭がパックリと開いて、丸く開いたそこからギザギザの牙が姿を見せた。
咄嗟に、変異しようと試みるも、動揺した愛瑠は力をコントロールできない。
「む、無理。キモイ……」
爬虫類は大好きだが、昆虫類は大の苦手な愛瑠が体を硬直させる。妖魔はその大きい体に似合わず俊敏な動きで、愛瑠に突進してきた。
「いやぁぁぁぁぁあああっ」
愛瑠の叫び声が夜空に轟いた瞬間、シュッと風を切る音がして、紫色の液体が飛んだ。
「お前、もしかして虫がダメだったりする?」
ニヤリと笑った斗真が、戻ってきた光のブーメランをキャッチした。半分に切り取られた妖魔の上半身が床にドサリと倒れ落ちる。
床に尻餅をついてホッと息をついた愛瑠だったが、上半身だけになった妖魔はそれでも、彼女に襲い掛かってきた。
「ひぃっ!」
牙が目の前まで迫り、両腕で顔を覆った直後、背後から伸びた棘の蔦が妖魔に巻き付き動きを封じた。
「斗真、最後まで油断するな」
榛名が低く言って、蔦で縛り上げたその体をバラバラに引き裂く。
「世の理を破った罰だ。消えてなくなれ」
榛名の静かな声が響いた途端、妖魔は跡形もなく消滅した。
「大丈夫?」
呆然自失状態の愛瑠に榛名が声をかけると、愛瑠はふっと意識を取り戻して、その一瞬後、
「いやぁぁぁぁぁあああ。ムカデ汁がかかったぁ」
と、叫び声を上げた。
それから、愛瑠は再びお風呂に入り、かかった妖魔の体液を洗い流し、ようやく落ち着きを取り戻して、今に至る。
榛名が「勝手にキッチンを使わせてもらったよ」と言いながら、愛瑠に紅茶を差し出した。
「どう? 少しは落ち着いた?」
出された紅茶を一口飲んで、愛瑠はコクリとうなずく。
「なんなの……あれ」
「妖魔だよ。俺たちが戦っている相手。本来はこの世とは別の次元にいる。だけど、こうして時々、次元の歪みに紛れてこちら側へ姿を現すんだ」
「なんで、わざわざこの家に出るの?」
再び妖魔の姿を思い出した愛瑠は身震いをして顔を歪めた。そんな愛瑠を見て、榛名が申し訳なさそうに、ため息をつく。
「非常に、言いづらいのだけど……。どうやら、君の存在は世の理からズレているから、現とあの世の境目を生じさせやすくなっているようだ」
「え、え、え? それって、私自身が原因ってこと? じゃぁ、またここにあんなのが出たりするの?」
「……恐らく」
こうして愛瑠はこの日、三度目の絶叫を上げたのだった。




