8.来訪者
放課後、学校内のウサギ小屋を清掃する愛瑠に付き合って、榛名と斗真も一緒に手伝っていた。
「お前、本当に生き物が好きなんだな」
せっせと掃除し、ウサギたちと戯れる愛瑠を見ていた斗真が感心したように言う。
「『この世に存在するすべての生命は奇跡だ』これが、うちのお父さんの口癖」
愛瑠はウサギを腕に抱いて優しくなでながらそう言った。
「命ってさ、数えられないくらいの偶然が重なって生まれてくるんだよ。愛おしいと思わない?」
「その割に人間には興味ないよな。千草以外でお前が自分から誰かに話しかけているところ見たことないけど」
「人間は……私には理解ができなくて、難しい」
視線を落とした愛瑠に、斗真と榛名が互いに顔を見合わせる。
「嘘をつくのも自殺をするのも人間だけでしょ? 生きるという本能に真っ直ぐなこの子達とは違う……」
一瞬だけ、彼女の瞳が哀しげに揺らいで、それを打ち消すかのようにニコッと笑った。
「ほら、その点、千草は本能の赴くままに生きている感じだから」
茶化した愛瑠に、斗真が乗ってあげる。
「あいつ、男の趣味も分かりやすいもんな。男くささ全開みたいな筋肉ムキムキ男」
「よく知ってるね」
「いっつも、格闘技の雑誌見てんじゃん、あいつ」
「そうそう。去年お父さんが帰ってきたとき、ちょうど千草がうちに泊まりに来ていた時でさ。格闘技のテレビ番組見て興奮する千草に、生命力みなぎる男性に惹かれる君の生殖本能は素晴らしいって、絶賛していたっけ」
愛瑠の言葉を受けて、「そういえば……」と、榛名がつぶやいた。
「お父さんには、僕たちのことなんて言ってあるの? 突然帰ってきた時に、同級生の男子生徒二人と暮らしていたら、ショック受けるんじゃないかな」
「大丈夫。一応ね、砂漠の奥地でいつ見るか分からなかったけど、同居することになったってことは、メールしておいたの。そしたら、こないだ『了解』って、返信来てた」
「え?! それだけ? 同居する理由はなんて言ったんだよ」
「特に理由は言わなかったけど」
「大丈夫なのか、それ? 女子高生が男二人と暮らすんだぞ?」
驚く斗真に愛瑠は微妙な顔をする。
「うーん。ひとつだけ、苦言を呈していたけどね。まぁ、同居自体は反対していなかったよ」
「苦言って?」
「まぁ、ちょっとね」
それから数日後、斗真と榛名はそれが何なのか知ることになる。
「愛瑠はここにいろ」
ブーメランを握りしめ、榛名とタイミングを合わすようにうなずく斗真。
家の奥からは、微かな物音と甲高い獣の鳴き声が聞こえてくる。
「行くぞ、榛名」
二人は静かに玄関のドアを開けた。
ゆっくりと中を見渡し、感じ取った何かの気配に、自然と二人の顔が緊張に引き締まる。そんな彼らの後ろで、愛瑠が「あっ!」と驚きの声をあげた。
「どうした⁈」
朝出るときはなかったはずのクタクタになった革のブーツ。
愛瑠が部屋の奥に視線を動かすと、それを待っていたかのように、リビングのドアが開いた。
「おう。お帰り、愛瑠」
部屋の奥から現れた顔中髭で覆われた男性が笑った。その後ろで、狐のように長くとがった耳をした小さな動物が顔を出している。
「かわいいっ!」
叫んだ愛瑠が、斗真と榛名を押しやって玄関の中に飛び込んだ。
「久々に会ったのに、父さんよりもフェネックか」
顔の髭を撫でながら、少しだけ寂しそうに愛瑠の父・善三はつぶやいた。
「君たちが、斗真君と榛名君だね」
リビングのソファに腰かけた善三が、しげしげと二人を見る。
「まだ、向こうでやりかけの調査があったのだけど、愛瑠からのメールを見て、居てもたっても居られなくなって、戻ってきちゃったよ」
「心配ですよね。同世代の異性と同居なんて……」
榛名が申し訳なさそうに言う。
「でも、お父さんが心配されるようなことは絶対に……」
言いかけた榛名を制して、「心配などしてないよ」と善三は笑った。
「僕は、愛瑠の遺伝子をこの世に残す相手として、君たちのどちらの遺伝子が優秀なのか見極めに来ただけだから」
「やめてよ、お父さん。二人はそう言う相手じゃないんだから。っていうか、私達、まだ高校生だし」
フェネックの頭を撫でながら、愛瑠は眉をしかめた。
「何言っているんだ、愛瑠。もうお前も、生物学上、子供を産める構造は整っている。いくらだって、産んでいいんだぞ」
予想もしない言葉に、斗真と榛名が驚きに顔を見合わせる中、善三は続けた。
「だが、同時に何人もの子孫を残せる男性と違って、女性は十月十日身ごもらなくては子供が産めないからな。より優秀な遺伝子の相手を選ばないといけない。一夫多妻制は理に適っているが、多夫一妻制はダメだ。どちらかに絞りなさいと、メールでも言っておいただろう」
熱心に愛瑠を説得する善三を横目に、「愛瑠の言っていた苦言ってこれのことか」と、斗真が榛名に耳打ちした。




