ラマダーン
「天秤と剣が事に関わっているなら、円卓の介入を望むはずがない。チェルシーとコンラートが円卓の奴を連れて帰ってきたら、白だと思っていい。逆に言うと――」
「無事に帰ってくるとは思ってない……ってことですか?」
「両方白なら何事も無い。両方黒なら中央に向かった振りして近くに潜んでるかもな。それならそれで隠れてるところを見つけられれば誰が敵がはっきりするわけだし、先に各個撃破を果たせる形だ」
「あ! だから、長月さんを戦力として期待してるって」
「それもあるっちゃある。感覚に優れたゆるほわ食堂でも、数百メートルクラスの知覚となるとそうそういない。が、ぶっちゃけさっきの話は無いだろうな」
「ですよね! コンラートさんもチェルシーさんも悪い人じゃないですよ」
曇りの無い笑みでそう断言できるセラちゃんが、少し眩しい。
チェルシーと過ごした時間は俺の方が少し長いが、俺はセラちゃんのようには断言できない。「~と思う」「~に見える」といった曖昧な言葉でしか、チェルシー裏切り説に反論できなかった。だって、自分に人を見る目があるとは思えないし。
「あいつは基本的には善人だが、義理より仕事を優先する。適当にチェルシーを言い包めて被害を多めに報告し、ここが魔物だらけの危険地帯だって見せかけて円卓に大部隊を用意させ出発を遅らせる、くらいのことはやる男だ。必要なら子供一人殺すまでやってのけてもおかしくない。が、そういう話がしたいんじゃない。ナガツキの変な横槍で流れが逸れたんだ。いいか」
メリーさんは話しながら、地下通路を歩き出す。分かれ道まで戻って、今度は逆側の食糧庫へ。
「こっから中央まで、魔物に警戒しながらいけば、片道二日で往復は四日。長めに見積もっても五日。二人が円卓の奴を連れて帰ってきたら白。逆に言うと、それまでに必ず敵の動きがある」
「あの! どういう意味ですか」
「誰も円卓の介入なんか望んでないんだ。事の収拾がつく前に円卓に出張られたら、後で何を言われるか分かったもんじゃない。犯人は勿論、そいつが事を急ぐ理由だろう対立グループも、そしてアタシも、円卓が来る前に話を終わらせたいんだよ」
「でもじゃあ、円卓の魔法剣士は来ないんじゃないですか? さっき、兵士――コンラートさんが嘘を吐いて時間を稼ぐかもって言ってたじゃないですか」
「普通なら来ないだろうな。でも、チェルシーがいる。あの白っぽいグレーは、何をするか分からない。どこからみても目障りだろうさ。アタシも手元には置いておきたくない。なんせ、件の魔法使い本人である可能性すら否定し切れないんだからな」
「チェルシーはずっと俺といっしょにいましたけど……」
セラちゃんを見習って、俺ももう一度チェルシーの無実を主張してみる。セラちゃんがあんなにはっきりと擁護していたのに、俺の方がどっちつかずでは、なんとなくチェルシーに申し訳ない。
「しょんべんの時まで?」
「それは、流石に」
「それでなくたって、時限発動・遠隔発動、抜け道はいくらでもあるだろうさ。まあ、ぶっちゃけアタシもあれが本気で魔法使いだとは思ってないが」
あれ? それなら、誰もチェルシーを疑ってない……?
通路が終わり、食糧庫の前に着く。
「ナガツキも祭りの間、野菜取りに入ったんだっけ」
「あ、はい」
「じゃあ案内はいらんな」
小さな扉を開けると、広々とした空間へ。食料保存庫だ。小さな食堂を運営するには十分すぎるスペース。そのせいで、奥の方は空の棚が目立っている。
エアコンがあるわけでもないのに、冷房が入っているような肌寒さ。どういう構造になっているのか、地下なのに風を感じる。空気が流れていくたび、体温が奪われる。長く留まるには辛い場所だ。
「セラ、お前の出番だ。メレンゲやれ。雑用はナガツキに手伝わせていいぞ。扱き使ってやれ」
「あ、はい!」
「よし! 働きながら聞け!」
普段よりさらに一段階大きな声。メレンゲを作れるのが嬉しいのだろうか。そして、さらにその上を行くメリーさんの声量。食糧庫の奥まで届きそう。
奥の方は実質使われてないし、一般的な食材は扉の近くに固まってるし、そんなに大声出さなくても。
「チェルシーはおそらく、どこから見ても謎の第三者だ。ゆるほわの仲間かすら怪しい。ナガツキだけ残してあいつに一人で行かせようとした経緯を知ってれば、余計に怪しく見えるだろう。で、どこに所属してるか分からないってことは、何をやるか見当が付かないってことだ。他ならぬあいつだからこそ、円卓を呼びに行くのが村人向けの演技だとは思えない」
「演技?」
「いくら他所に出張られるのが嫌でも、地脈の乱れを放置するわけにはいかないだろ。特にアタシらは、人の口に入るもの作ってんだ。信用が無きゃ出来ない商売なんだ。よく肝に銘じておけ。信用は客商売の基本だ」
信用を損なわないように演技するのか。
それは、分からなくもない。精神論で指導されるよりは分かりやすくていいと思う。
「それでだ。チェルシーが何をするか分からない以上、チェルシーを襲うか、チェルシーが街に着く前に目的を果たすか、このどっちかだろう。あるいは両方。それで敵がはっきりする」
ここで『殺されるかもな』という発言に繋がるのか。たとえ兵士さんが味方だとしても、チェルシーは襲われる危険がある、と。
「倒すべき相手が誰かも分からない状況。数の利も無し。こうでもして状況を動かさないと、やってられねーんだよ」
メリーさんの口からは珍しい弱音。顔を伏せて、唇を噛みながら――それは、彼女なりの謝罪だったりするのだろうか。
セラちゃんは、俺に手伝いを頼むことなく一人で材料を集めて、準備の整った台車を押して来た。
量多いな。いったい何人分のメレンゲを作るつもりなんだ。
「さあ、こっから数日は神経張りつめていくぞ! これからは一日中、知覚力の上がる菓子を食べて過ごす。ちゃんとした食事は人目の多い昼間だけ。あとは菓子だけで済ませる」
えっ? いや、さっきは多いと思ったけど、数日メレンゲだけで過ごすには全然足りなくないですか? というか人はメレンゲだけで生きていけるんですか?
「はい! 頑張ります!」
セラちゃんは元気に返事をして台車を押していく。
せめて何か手伝おうと、台車で階段上るとき用の木板を手に取った。




