とんぼ返り
夜通しでお祭り状態が続いた。その間、飲み食いし続けていたのは、後から考えると結構凄いことかもしれない。見た目にはボリュームがあるのに、意外と食べられてしまう。
「そういう風に作った」とはメリーさんの言。少ない小麦で大きく膨らむよう工夫したパンを、彼女は安っぽいと評した。
「うちの世界の発想だな。スーパーで山積みになってる安っぽいパンの安っぽさ突き詰めてんのよ。パン食ってる気がしねえって貶す美食家もいるけど、腹に溜まらないパンは結構需要あると思うよ。いつでも動けるようにしておきたい場合とかね」
他いろいろ、腹に溜まらない食事を作るコツは村全体に広まっているらしい。
「パーティが荒れるのは食べ飽きてからだ。口にもの詰まってるうちから暴れる奴は基本的にはいない。だから喰わせ続けろ」というのがこの村の宴の方針。
迷彩服の時点で分かってたけど、メリーさんは絶対に一般人じゃないと思う。何かとワイルド過ぎる。この世界に来る前から職業は冒険者でした、とか言われても驚かない。
◆
夜が明けて、魔物の湧き具合を確認してから解散。
低レベルモンスターの大量発生は、初歩的な魔法が連打されたか、広範囲に渡って効果を及ぼしたときの特徴。大抵は比較的すぐ収まるという。
ただ、一度魔物湧いた土地は、その後も余震のようにして再び魔物に襲われることがある。魔法によって乱れた地脈が自然に治り切るまでには年単位の時間が要るのだ。
だから、円卓の魔法剣士に助けを求めようという話になったのだが。
「どうして私一人で行くことになるんですか?」
メリーさんは、チェルシー一人だけで街まで行けと言った。
メリーさんのお店の中には、メリーさん・セラちゃん・チェルシーと俺の四人だけ。セラちゃんは無言で俯き、俺もメリーさんに面と向かって異を唱える勇気が無い。
メリーさんとチェルシーだけで会話が続いていく。
「これだけ大きな魔法行使は、宣戦布告に近い。この村にはアタシの店以外にクランは無いんだから、魔法使いはうちに喧嘩を売ったってことだ。今は戦力を分散できない。アタシはもちろん、セラも外せない」
「ならナガツキは?」
「ナガツキのことは戦力として期待している。あの犬はなかなかの強敵だったからな。あいつだけに魔力が集中し、その上で他の魔物をいくらか喰らわなきゃ、ああはならない。正直レベルを聞いて驚いた」
チェルシーは複雑な表情をしていた。何か言おうとして躊躇うように、小さく口を開けて、戻す。
それから意を決して。
「私が弱いから、遠ざけるんですか? これから魔法を使った犯人を捜して戦うときに、私だけ巻き込まないように、ってことですか?」
「甘ったれるな。別にお前を守ろうとしてるわけじゃない。弱い奴を守るのが面倒だから、どっか行ってろって話だ」
乱暴に叩きつけられた言葉を受けて、チェルシーは溜息を吐いた。
疲れや悩みから来る重い息では無く、むしろ悩み事が解決したときに伸びをしながらするような吐息。
「そう。よかった……」
「ああ? 勘違いしてないか? 二度目の波がいつ来るか分からないし、街に戻る途中で件の魔法使いがお前を襲う可能性も十分ある。傍からは、ゆるほわの一員にしか見えないだろうしな」
「いえ、そういう扱いの方が嬉しいです。私、迷惑をかけるばかりだったから。ナガツキが死にそうになったのも、私が戦った方がいい、こうすれば勝てるかもしれない、って言ったせい。メリーさんが来てくれるなら、じっと待っていた方がよかったのに。私が、私だって役に立つんだって見栄を張ったせいで、あんなことになった」
「罪滅ぼしだと思って頑張りたいって?」
「それは……それもあります。けど」
口ごもったチェルシーを見つめるメリーさんは、責めているようにも待っているようにも見えた。
「私は、もう誰かに守られるだけのお嬢様じゃないから。落としたナプキンくらいは自分で拾いたいって、ずっと思っていたから」
一言一言、ゆっくりと。胸に手を当てて朗々と語るチェルシーを『風格があった』と評したら、彼女は嫌がるのかな。
「そうか。ならいい。――そういう考え方、嫌いじゃないよ」
「ありがとうございます」
無理に表情を作ったような、不器用な笑い方だったけど、メリーさんの気持ちは伝わったみたいだった。チェルシーも笑い返す。
そうして、話が一度まとまったところで、お店の扉がノックされた。
全身鎧が返事を待たずに入ってくる。
「あ、お前は」
「え、俺ですか?」
「城で会っただろ」
ああ!
キブリの城に飛んできたとき、俺にお箸のことを注意した兵士さんか。
「兵士さん、何でここに」
「兵士さん、か。俺は天秤と剣の傭兵なんだけどな。城の警備はローテーション勤務だ」
「そうだったんですか」
全身鎧に兜の完全装備だったので顔も分からなかった兵士さんだが、兜を脱ぐと意外に若かった。コンラート・ミヒャエル・ジークフリート・コールさん。ちょっと覚えられそうにない。
この村には昨日の時点で既に来ていたらしい。異変の起きた直後、魔法の気配を追ってみたが、丸一日探索してようやく見つけた犯人らしき奴には転移魔法で逃げられた、という報告を聞いた。
「そういえば、メリーさんやフランセットさんは持ってないんですか? 転移結晶」
「あるわけないだろ。そんなもんどこで見たんだナガツキ」
あれがあれば街まですぐに行ける、と思ったのだが、一蹴された。
まあ、俺に思いつくようなものをメリーさんが考えて無いわけないか。
「あの! 転移結晶ってなんですか?」
「私も、聞いたことないわ」
「魔法のアイテムだと思っとけばいい。決められた場所にいつでも一瞬で移動できる道具だ。お前らには当分縁の無い品だよ。持ってるのはその場所で功績を残した英雄だけだ」
「転移結晶は限られた数人しか持ってない貴重品なんだ。作成が禁止されてるからな」
「どうして? 便利なものなのに」
「そりゃ、いくら堅固な城でも内から攻められたらどうしようもないからだ。転移結晶持ってる奴が裏切ったり、あるいは結晶を奪われたら大変なことになる。特にキブリは一回それで落ちてるから、それ以降は転移結晶を持つことを許された奴はいない」
「それに、使うときに周囲の魔力使うタイプだからね。人の暮らしてる土地で使うのは基本的に禁止されてる。魔物の住処から脱出するのが基本的な使い方だ」
「あと、あれを作れる黄金暁の魔法使いは、もはや人類の敵になりつつあるからなぁ……」
なるほど。魔法は存在するけど積極的に使うことはできないから、案外元の世界とそう変わりないのかもしれない。
「で、何の話だ?」
「街に戻って、円卓の人を呼びに行く役割を誰がするかを話していたところよ。これから私が行くの」
「一人でか?」
「ええ」
危険な役目だと言われておきながら、チェルシーは誇らしげに頷く。
「そうか。なら俺も付いていこう。丸一日あたりを回って状況を見てるし、名前を見る前に逃げられたが、犯人と思しき奴とも遭遇してる。状況説明には俺の方が向いてるだろうし、急いで街の方で目撃情報を探せば尻尾を掴めるかもしれない」
「……ならチェルシーは行かなくてもいいんじゃないか?」
「行くわ。私がここに残ってても、足手まといにしかならないみたいだもの」
椅子から立ち上がって、兵士さんの方にに歩み寄る。くるりと回ってこちらに向き直れば、セラちゃんから借りた少し大きめのカーディガンが揺れる。
彼女が着ていると、余った袖さえもそういう風にデザインされているような気がしてくる。
「それと、街に戻ったら私もゆるほわ食堂に入るから」
「えっ」
俺の驚きの声には答えず、チェルシーは出口に向かっていく。
「出発は早い方がいいんでしょ?」
「ああ。お前さえ良ければ今すぐ出発でもいい」
「今から出発して、魔物の相手しながらだと日が暮れるぞ。マジックカンテラ要るか?」
「自分で持ってるからいい。保存食も常備してる」
二人が店を出ていったあと、メリーさんは呟いた。
「あいつ、殺されるかもな」




