ヘラクレス鍋
白の石畳が途切れたところに、それは鉄棒四本で突き刺して固定されていた。
1m以上ある、巨大なカブトムシ。頭を切り落とし、身体の節々を赤いもので目張りし、カブトムシ自体を鍋代わりにしていた。
肉をくり出し、繊維を細かく切ってから香辛料を混ぜ込んで土臭さを消し、甲殻鍋に戻す。白菜や人参などの硬めの野菜と共にじっくりと煮込み、出てくる灰汁は捨てずにおく。
カブトムシの筋肉繊維の味は、大味なカニに近く、細かく切った繊維が口の中でほどける食感も、あえて近いものを挙げるならカニ。
鍋になっている甲殻自体から酸味のある出汁が染み出し、辛みと混じり合う。
出来上がった鍋をタイ風のカニ鍋と偽っても、カニを食べなれた人以外にはバレないだろう。もちろん、調理工程を見せなければだが。
――といった話をした上で、メリーさんは「でも急に魔力取り過ぎると体調崩すことがあるからお前は喰うな」と結んだ。
ついでにフランセットさんも「とても美味しいですよ。食べられなくて残念でしたね」と煽ってくる。
気になる! 超! 気になる!
「食べたい奴だけ食べろ」と宣言されたカブトムシ鍋だが、集まってきた村人は意外なほど多い。
そもそもゲテモノは美味と相場が決まっている。だって見た目に問題がある上に、味まで悪い料理は誰も食べたがらない。一つの料理として確立している以上、ゲテモノが不味いはずがない。
……メリーさんの血液尽くしコースが例外? いや、あれ料理っていうより魔力補給用の薬膳なんだろう。すっぽんの血みたいなもの。
それに後から思い返すと案外アリだった気がしてくる。慣れればいけるのかも。
カブトムシの他にも食べるものはある。無難なバーベキューメニュー。焼き鳥。豚の丸焼き。忙しなく動き回りながらセラちゃんが普通な料理を仕上げていく。
牛ステーキを見ていると「元が乳牛なので肉の味が今一で、その上私の技量が足りないので期待しないでください」と言われたが普通に美味しそう。
しかし魔物を素材とした料理は味見さえ禁じられている。血料理に怖気づいて途中で逃げるんじゃなかった。身体が火照る感覚はあったが、嫌なものではなかった。身体に必要なものを食べている実感。まだまだいけたのに、見た目のイメージで避けてしまった。
この食事禁止令、メリーさんなりの仕返しだったりするんだろうか。
あのキャラ、あの人当たりからそんな婉曲で可愛らしい嫌がらせは……無いな。そういう人には見えない。
仕方が無いので、食べられるものを食べることにする。被害の少なかった家から自主的に持ってきたという食材も多く集まっている。これらは魔力のこもった食べ物と分けてあり、食べるものに困ることはない。
レベルも低いのに林の魔物と必死に戦って村を守った若者、という形で伝わっているようで、村人たちは好意的だ。
魔力のある食べ物はゆるほわ食堂員のメリーさんとセラちゃんが管理し、普通の料理は村人たちに任せる方式。俺がお世話になるのは村人たちの作った料理の方になるが、列に並んでいるとやたら感謝される上に列を無視して優先的に食べさせてくれる。
魔物と戦った、という点以上にゆるほわ食堂の新入りであることを言われたあたり、ゆるほわ食堂への信頼が伺えた。
ちなみにカブトムシ鍋はどうしても気になったので、チェルシーに頼んで食べてもらい、感想を聞いた。「口に合わない」と端的にまとめておいて、顔色を変えずに完食していた。
余計に気になる。やはり自分で食べてみたい。
◆
時間が経つにつれて、さらに人が集まってくる。日が暮れる頃にはあちこちで焚き火が出来ていて、食事会は宴会に代わっていた。
まだ魔物の発生も収まり切っていないため、村人が一か所に集まることで身を守る意味もあるのだという。
盛り上がっているが、酒は一切出ない宴会。騒いでいるのに緊張感が残る不思議な空間。
異世界を感じた。
「長月さん! あのですね。あそこにいるのが、長月さんに服を貸してくれた夫婦です」
いつの間にか、隣にセラちゃんが来ていた。
「その服、息子さんのものなんだそうです。その……亡くなってしまった息子さんの服を、丁寧に保管し続けていてですね」
ああ、なんとなくそういう話になるような気はしていた。そういう雰囲気だった。
「ありがとうって言いに行った方がいいのかな?」
礼儀としては分かるが、初対面の相手に自分から話しかけるのは気が引ける。そういう重い話を聞いてしまうとなおさらだ。
相手を気遣って、そつなく会話をこなすようなスキルは持ち合わせていない。
「はい。今は、話しかけなくてもいいんじゃないかな……と。今は非常事態です。村の中に魔物が出るなんて、めったに無いことなんです。それを、誰も犠牲にならずに乗り越えられたことを喜んでる。だからその、上手く言えないんですけど、悲しいことは、今は後回しでも……」
「そっか。ありがとう」
「あの。それは私に言うことじゃないです」
のんびりとした歌が聞こえてきた。徐々に声が重なり、大きな輪唱に変わっていく。
セラちゃんを見習って、適当に手拍子を合わせる。
お酒は飲んでないのに、なんとなく頭がぼんやりとしていく。
その後、村人たちが入れ替わり立ち代わりに話しかけてきた。内容はよく覚えていない。どれも、簡単な挨拶と自己紹介が主だったと思う。
それに紛れて、フランセットさんの同僚とも話した。メリーさんの料理が好きで滞在していたという。
そして、俺に服をくれたという二人も、その他大勢と同じ風にふらっとあらわれた。何でもないように名前を名乗った。最近身体が動かなくなってきて、乳牛を手放したのが幸いし、弱った家畜の魔物化には巻き込まれなかったという。
メリーさんの料理の話をして、セラちゃんが頑張ってることを褒めて。
「使い道が出来てよかった。大切にしなくてもいい。普通に着て、普通に使ってください」
最後にそう言って笑ったときの顔は――ゆるくてほわほわしていたと思う。
俺は何もしていなくて、これはきっとセラちゃんやメリーさんの功績だ。
昆虫食はサバイバルの基本ですが、衛生面にはくれぐれも気を付けてください。




