覗きません
触った途端に「冷たッ!」と手を引いてしまった。こんなに冷たい川には入れない。心臓止まりかねない殺人的な冷たさだと思う。
しかしチェルシーは挑戦的だった。
「ナガツキ、離れてくれない?」
「えっ、本当にこれに入るのか? 滅茶苦茶冷たいぞ」
「このくらい、どうってことないわ」
これが清潔感に懸ける女性の想いか。
お前もちょっと水面に触れてすぐ手を引っ込めてたのに、頑張るな。
「大丈夫です! 私、ほぼ毎日入ってますから」
「ほら、セラもこう言ってるわ」
「俺は水に入っただけで気絶して死にそうだから遠慮しておく……」
「私達異邦人は身体が強いから、結構大丈夫ですよ。あなたたちはHP制ではありませんから、あまり甘く考えすぎるのもよくないですけどね」
「HP制だと耐久力が上がるんですか? 私は、体力を数値化して見えるようにする加護とだけ聞きました」
「チェルシーちゃんの聞いたとおりですよ。少し言葉足らずですけどね。セラちゃんは分かりますか?」
「はい! HP制は全てのダメージがHPの減少にしか影響しません。他クランの人なら腕が折れちゃうような怪我でも、HP数値が減るだけで済みます。死ぬ直前まで動きが鈍らないので、死ぬほど面倒臭い相手だと師匠が言ってました。ただ、先ほど長月さんが言ったようなショックでの気絶は、HPに関わらない状態異常に分類されるから有効だそうです。HP制相手はとりあえず顎を狙って気絶させろと……。すいません。師匠は血の気が多いだけで、本当に人を襲うつもりは無いと思うんですが……。すいません」
最初の返事だけ大きな声で、そこから段々と声が細くなっていく。セラちゃんの話し方の癖は、長台詞ほどはっきりと出る。
段々と頭が落ちていって、最後に「すいません」と結んでフランセットさんを目で伺う様子は、濡れた子犬を思わせた。
「そうですね。セラちゃんは細かいところまで覚えていて偉いです」
「はい! メレンゲは細かさが命です。あと、HPの減少具合で危険を感じ取れるから、引き際を弁えていてしぶといとも言ってました」
フランセットさんはチェルシーと目を合わせ、大仰な身振りを合わせて言う。
「そういうわけです。チェルシーちゃん、分かりました?」
「分かりました。ありがとうございます」
その後は女性陣全員が川に入って身体を洗い、俺は離れた場所で横になった。
髪はごわごわだし、服は汚れて傷付いているが、あんなに冷たい水に入ってまで洗いたいとは思わない。
今は寝転がってぼーっとしているだけで幸せだ。
チェルシーと離れて一人な時間。落ち着く。チェルシーは可愛いけど一緒にいると疲れる。小さいのに存在感があるというか、人間が濃いというか。
ああ、思えばこの世界に来てから濃い時間を過ごしている。焼肉美味しかった。ナシゴレンも美味しかった。濃厚で、それでいてしつこくなかった。思い起こすとメリーさんの料理も意外とアリだったような気がしてくる。
異世界の生活、幸せかもしれないな。
――。
「えいっ!」
「!?」
セラちゃんに水をかけられて起きた。
「あの! フランセットさんがやれって。こうでもしないと、長月さん身体洗わないだろうからって」
「って風にセラちゃんを脅せって、チェルシーちゃんに命令されました。私は悪くないです」
「そのようなことは申してませんわ! ――あっ、いや! えと、言ってないから! 何を言うんですかフランセットさん!」
「そこは『それはセラちゃんの命令です』とか言った方が面白かったと思いますよ」
「あの! どうして私のせいにするんですか? おかしいです」
寝起きのもやもやした頭に浮かんだのは、女三人寄ればかしましい、という言葉だった。あと眠い。
「日が落ちる前に身体を洗っておいた方がいいと思いまして。義弘君はよくても、チェルシーちゃんとセラちゃんと私は気にしますから」
「あ、はい」
この世界に来てから、ちゃんと名前を呼ばれたのは初めてだ。大邸の人は、日本名を上手く発音できない。同じ日本人のセラちゃんには、苗字で呼ばれている。
フランセットさんに呼ばれた自分の名前には、不思議な感慨があって、流されるように頷いてしまっていた。
「義弘君の場合、急激な魔力補給で火照ってる感じがあるそうだから、余計に冷たく感じるのかもしれませんね。心配なら準備体操でもどうぞ。なんなら私もご一緒しますよ」
◆
水に入ってみると意外に快適だった。身体が慣れたのか、冷たさはそれほど気にならない。一方で、かつての自分なら我慢できなかっただろうとも思う。一度死んでこちらの世界に来ると、こんな感覚まで強くなるのか。それともレベルアップの力か。
川から上がると、タオルと替えの服まで用意されていた。
着古した感じがするシャツとズボンに上着一枚。服飾には詳しくないけど、わりと現代的。下着だけは新しいものに見える。
「この服は、どうしたんですか?」
「村人に頼んで借りてきました。ほら、セラちゃんと仲が良い家のですよ」
流石に下着を借りるのはアレだし、そこだけ別口で用意してくれたのかな。
「わざわざすいません」
「いえいえ。村人を集めてくるついでですから」
「村人を集める?」
「ええ。メリーちゃんの炊き出しですよ。家畜の被害も出ましたし、畑が荒れたところもありますしね。夕食を振る舞って、そのあとゆるほわ食堂の食料備蓄を分け与えるそうです」
「あの! 長月さんが寝てるって聞いて、師匠が『だらしねー奴だな。一度性根叩き直した方がいいな』とか言ってました。気を付けてください」
うわー……。
「とりあえず、早めに行った方がいいと思いますよ。メリーちゃんは律儀ですからね。新しい弟子が来るまで、自分は何も食べずに待ってたりするかもしれません」
「どうしてその話を、身体洗う前にしてくれなかったんですか!?」
「メリーちゃんも女の子だし、身綺麗な方がウケもいいと思いますよ? 大丈夫ですって、あのカブトムシ鍋は時間のかかる料理でしょうから」
……カブトムシ鍋?




