ここはキブリ東の村です
血で血を洗う晩餐を終え、メリーさんに従って林地を抜けていく。
途中何度もチェルシーが「何を言ったか覚えてる?」と問いかけてきた。
俺が死にかかってる間に何か語り掛けてきたのは分かるが、内容は聞き取れていなかった。耳の方は機能していても、頭がそれを理解できていなかった。英語のリスニング試験みたいに、言葉が耳をすり抜けていった。
そういえばチェルシーは英語を話していて、精霊の加護のおかげで意味が分かってるんだっけ。
そのうち気が済んだのか、「まあ聞こえてないならいいわ」と会話が打ち切られた。
酔いつぶれた時に耳元で何度も同じ内容を囁くと記憶が捏造されることがある、と聞いたことがあるんだけど、大丈夫だろうか。何か変なこと吹き込まれていたら怖い。
怖いと言えばメリーさんも怖い。小枝を踏んだりするたび、「静かに歩け」と冷たい声で注意される。
途中まではチェルシーと歩いた道と同じだったので、メリーさんの後を追いながら周りを見るのは然程難しくなかった。けれど引き返したポイント以降の初めて歩く道になると、なかなかこれが難しい。突き出た枝を避けると足元の意識がおろそかになる。そのたびに「静かにしろ」と言われる。
メリーさんの先導が、チェルシーと歩いた道と被っていてよかった。最初から初めてのルートだったら、倍は起こられていた。チェルシーが村へ戻るルートとして歩いた道が正しかった証拠だ。
「まだ湧きが収まらないのね。結構歩いてるのに」
「ああ? 言ってなかったっけ。村の方まで湧きまくってるぞ。むしろ村の方が問題だ。スライムくらいなら村人でも対処できるが、魔物化した家畜はアタシら異邦人でないと倒せないしな」
「えっ!?」
「本当ですか!? なら、どうして私たちのところに来てくれたんですか?」
「村の外を放置して、増えまくった魔物が一挙に押し寄せてきたら村が滅ぶ。だから村は客に任せてきた。あと、別にあんたらを助けに来たわけじゃないよ。たまたま通りがかっただけだ」
はっきりとした境界線は無く、徐々に道端に生えている木に果物が目立つようになっていく。ここら一帯は金持ちの持つ広大な庭だったという話だから、元から生えていたものなのだろう。
やがて畑が見えてくる。どれも家屋に隣接した小さなもの。住人の気配は感じられない。中に引きこもって自体が収まるのを待っているのか、それともどこかに避難したのか。
もうしばらく進むと、少女がいた。泡立て器を構えながら走り回っている。
黒髪のショートカット。背丈はチェルシーより少し高い程度。そして無地でベージュのワンピースが、『村人A』みたいな雰囲気の地味さを醸し出している。
「セラ」
「あ! 師匠!」
村人――じゃなくてセラと呼ばれた子は、メリーさんを見つけると子犬みたいに駆け寄ってきた。
それをメリーさんは、平手打ちで迎えた。
音はあまり響かなかった。それが逆に、空気の層無しに直接衝撃が伝わったことを示している。見てるこっちまで痛々しい。
その場でしりもちを付いた少女が顔を上げると、小さな顔に赤い手形が張り付いていた。
「馬鹿、店離れんなって言っただろうが。『分かりました!』って答えたよな?」
「あの! それは――」
「返答の基本は『はい』だ」
「はい! あの、ちょっと強い魔物が来て私が手間取っていたら、傭兵さんたちが助けてくれて。『ここは私たちに任せて先へ行け!』って」
「はぁ!? 先ってなんだよ!」
「ですよね! ごめんなさい!」
怒鳴るメリーさん、怖い。
周囲の空気が震えているみたいだ。近寄れない。
「あ、そうそう。こいつら新入りな。先輩として頑張れよ、セラ」
メリーさんは振り返って、俺達に言った。
「お前らも、アタシの部下になったら遠慮無く扱うからな。明日から覚悟しとけよ」
◆
真っ白な石が埋まった一帯は、かつて豪邸があった場所らしい。石の下には地下室が広がっている。
この場所にゆるほわ食堂の店があるのは、地下室を利用するためだ。
魔法を使えば冷凍庫も作れるが、相当な高級品になる。この村の食堂には無い。だから食材を保存するのに地下室を使っている。
綺麗な白が広がる空間の中、その中央にぽつんと立つ煉瓦造りの家。その場違いさがゆるほわ食堂らしい。
その前で立っているのが、死亡フラグっぽいことを言った傭兵さんだ。
ひょろ長い身体に皮の鎧。得物はレイピア。眼は一重で切れ長。何かと細い人だった。
「おかえりメリーちゃん、セラちゃん」
中性的で、見ただけでは性別が分かり辛かったが声を聞くに女性のようだ。
しかし、メリーちゃん呼び!?
その場でキレるんじゃないかと思ったが、メリーさんは少し眉をひそめるだけで流した。
「うちの子たぶらかすんじゃないよ」
「いやだなあ、たぶらかしてませんよ。何のことですか?」
「セラが持ち場を離れた。お前が変なこと吹き込んだんだろ」
「ああ、それはほら。林の近くに住んでる老夫婦、セラちゃんが孫娘に似てるからって可愛がってたじゃないですか。それで様子を見に行きたいんじゃないかなー、って思って」
「はい! フランセットさんは悪くないです」
「いやはや、誰も悪くないですってぇ。強いて言えばこんな場所で大規模な魔法使ってくれた人が悪いですよ」
メリーさんが目を細めて相手を睨む。同じ細い目でも、泰然とした色のフランセットさんとは真逆。視線がぶつかり合う。いや、片方が受け流しているといった方が正しいか。
「まあいい。状況は?」
「一通り倒し終わって、あとは低レベルのマリッド系だけですね。倒した魔物は食堂の中にまとめてあります」
「そうか。仕事が早いな。こっちも林の中は大体終わった。魔物の死体はほったらかしだから、村が大丈夫そうなら回収に行きたいとこだな」
あの場所で、ちゃんとした実体を持った魔物はバスカヴィルだけじゃなかったのか。
「大丈夫ですよ、行ってきて」
「そうか。じゃあアタシは獲物回収してくるわ。セラ、その間に村を案内してやれ。一応フランセットもついててくれると助かる」
「構いませんけど……そちら、新入りさんですか?」
急に視線が集まって俺が言葉に詰まっている間に、チェルシーがそつなく礼をする。
「チェルシーです。少し込み入った話になるので、歩きながら説明します」
改めてチェルシーを見て、その怪我に心が痛む。額の傷から流れた血は、眉間を通って鼻横までいって固まっている。
「なにお前までじろじろ見てんだ。お前も自己紹介する側だろうが。自己紹介は基本だぞ」
「あ、はい。長月義弘。ゆるほわ食堂の新入りです」
そう答えると、セラちゃんが嬉しそうに笑った。
「やっぱり! あなたも日本人なんですね。私もです。瀬良亜麻音。浅瀬の瀬に良し。亜麻色の髪の乙女の亜麻に音でアマネです。みなさん瀬良の方が発音しやすいようで、セラって呼ばれてます。好きな料理はメレンゲです」
「メレンゲって料理なのか?」
我ながら、反応する場所が違う。こんなに喜んでくれてるのに、一番どうでもよさそうな部分に突っ込んでしまった。
「はい! 白くてふわふわしたのだけじゃなくて、焼いたお菓子の方もメレンゲって言うんですよ。効果はふわふわメレンゲ状態でも出てるみたいですけどねー」
「へー。知らなかった。卵白を泡立てたアレだけだと思ってた。ちなみに効果って?」
「えっ!? いえ――」
「話は歩きながらでも出来るだろ。あと、うちの情報をあんまり外で話すな」
それだけ言って、メリーさんは歩き出した。
後に残ったセラちゃんは、「あの! どこから見て回りたいですか?」と俺達に聞いてきた。そんなことを言われても知らない。
「とりあえず、川にでも行こうか。チェルシーちゃん、そのままの格好じゃ嫌でしょ? 傷も洗った方がいいしね」
代わりに話を進めてくれたのは、フランセットさんだった。
「というわけでセラちゃん、チェルシーちゃんに服貸して上げて」




