バスカヴィルの血料理
延々と血を呑まされて、酷く咳き込んだことを覚えている。美女の口移しを喜んでる余裕はまったく無かった。そもそも謎の美女とチェルシーの区別もろくもついてなかった。朦朧とした意識の中、気道に入り咳き込み、少し落ち着くとまた飲まされて咳き込む。これの繰り返し。肺まで吐き出すんじゃないかと思った。
そうしているうちに、段々と手足の感覚が戻って来た。
「ナガツキ!」
「良かった。良かった。意識が戻らなかったら、あんた死んでたからね」
凛とした女性だった。露出の少ない服装、迷彩柄の色合いが、肌の白さを際立たせる。俺より背が高くて、俺より足が長い。同性にモテそう。
そのまま俺の置かれていた状況を説明してくれたが、結局彼女自身が何者なのかは分からなかった。
聞くべきだろうか。でも今の体調だと、俺が聞き漏らしていただけかもしれない。かといって相手の名前を分からないままでいるのもよくない。
「あの、失礼なんですけど、どちら様でしょうか?」
「自己紹介は一回だけだ。一回だけだから基本なんだ。二度は無い。分かったな?」
分かりません。
「メリーさんよ。私達が向かおうとしていた場所の店長」
代わりにチェルシーが答えてくれた。
◆
「まだ魔力不足だろうから喰え。アタシの料理は思いっきり人を選ぶが、不味くても我慢して喰え」
そう前置きして出てきたものは、全体的に赤黒かった。そも皿と食器が見事に真っ赤だった。そして生臭かった。コース名に名前を付けるなら『殺人現場』とかそんな感じ。
まずスープ。ムラのある茶褐色。脂の浮いたスープの中に、ピューレ状の肉を香草で包んだものが浮いている。まだ身体が思うように動かない上に喉が痛い状態の俺には、液状の食事がありがたい。
ドロドロの肉は、もはや肉を食べているという感じがしない。肉自体は主張が少なく、その中に混ぜてある辛みのある小さな果実や細かく刻んだ野草がメイン。
不味くは無い。だが美味しいとも言い難い。
血をベースにしたというスープが曲者なのだ。肉を包む葉を食いちぎると、口の中でスープが肉に溶け込んでいく。香草ですーすーとした鼻を突き刺す生臭さ。スープのベースが違えば、素直に美味しいものになりそうだとは思う。
ちなみに、ミキサーも無いのにどうやって肉をピューレ状にしたのか聞いたところ「一秒に十回以上切れるようになればミキサーとかいらないから。っーか高級品過ぎて手が出せん。あれを買うために金を貯めるより、素振りして自力でやれるようになる方が早い。それに素振りは他のことにも役立つしな」と言われた。素振りは基本らしい。
二品目。サラダ。材料は先ほどとほとんど共通している。野草を適当に刻んだものに、あからさまに赤いソースがかかっている。肉の油と生の血を撹拌してハーブ類を足したもの。
どろっとして喉に残るソースを野菜で洗っていく感覚。ソースがやたら重い。
野菜類はそれぞれ茹でたり焼いたり個別に調理して、どれも柔らかめの食感に統一されていた。スープから徐々に固形物になっていくのだろうか。気遣いを感じる。しかし美味しいかというと……。
「ところで、チェルシーは食べないのか?」
何も言わず、感想を求めるでもなく、ただひたすら俺を見つめてくるメリーさんの視線が辛い。助けてチェルシー。
それにほら、ゲテモノは複数人でわいわい食べたいですし。
「アレはうちに加盟するわけじゃないからね。タダ飯食わせるわけにはいかないよ。お前も、アタシの変な料理のためにバイト代引かれたくはねーだろ? とっとと金貯めて護衛雇って円卓行きたいんだもんな」
「ぁ、はい……」
チェルシーの言葉の歯切れが悪い。お前も怖いのか、あの猛禽類染みた視線。
三品目。茹でた薄切り肉とハーブが交互に積まれている。紙みたいにぺらっぺらな肉に職人芸を見た。おっさんの切ったドラゴン肉より薄いと思う。
ソースは無し。たれの染み込んだハーブだけで十分味がついている。脂が落ちてさっぱりとした肉には、口の中でひっかかる感じが全くなく、白身魚の刺身でも食べているよう。
途中で水が欲しいと言ったら、血が出てきた。しばらく時間が経っているだろうに、綺麗な赤色を保っている。メリーさんのぎらぎら目付きが怖いので黙って飲んだ。これが、意外と飲めてしまうのだ。生臭さに慣れてしまったせいか、臭いはあまり気にならず、味は薄くて水に近い。しかし血をそのまま飲んでいくのは人間辞めていくようで気が引ける。
四品目、煮凝った血。ほぼ無味のゼリー。喉越しは悪くない。食べやすい癖に腹にたまるのは、ダイエットに良いかもしれない。特に感想は無い。というか食べ物って感じがしない。
「ナガツキ、それ食べられるの?」
「見た目のイメージとは別物だった。一口食べる?」
「結構よ」
五品目、サイコロステーキ。
ここにきて、初めてはっきりとした甘味を感じた。肉自体が甘い。さっきろくに味がしなくて噛み応えも無いものを食べたせいか、余計に肉を食べているという実感が強く迫る。油が美味い。滴る血が美味い。――あれ?
延々と血を口にし続けて味覚が狂ったんだろうか。血が甘い気がする。砂糖の甘味とは違う、一瞬の味。そよ風のような、意識しないと気にならない程度の甘味。
水代わりの血にも少しだけ甘味がある。
「……これ、食べてると吸血鬼の仲間入りしたりとか……無いですよね」
「あんまり一気に魔力取り込むと、魔物の仲間入りすることがあるらしいぞ。新興魔族ってのの大半は、実験中に事故った魔術師って話だ」
「なんだか身体が熱くなってきたような気がしますし、急に血が甘くなってきた気がしますし、ちょっと怖いのでここで食べるの止めてもいいですか?」
「あー、いいよ。残りはアタシが食べるから」
皿を取り上げていくメリーさんは、唇を噛んでいた。
変わらず厳しい目付きと表情を、少しだけ可愛いと思った。
この人も料理人なんだ。
俺が手作りした夜食を勝手につまんで「味が薄い」とのたまった父を思い出す。悔しかったなあ……。
「いや、血は甘いって」
メリーさんがぼそっと呟いていた。
血液は本来無菌ですが、外傷から入った雑菌の繁殖や血中の寄生虫などのリスクがあります。真似しないでください。




