44話「決別」
「やぁ、一輝くん」
「こいつは驚いたな。あんただったとは」
薄暗い魔王城の廊下。そこでエフィナはファルレッテとすれ違った。
しかも、どういうわけか、彼女はいつもの面をしていなかった。おかげで素顔は丸見え。一輝も彼女の顔には見覚えがあった。
彼女の仮面を優花が破壊したとは、ベガと話し続けていたエフィナは夢にも思わない。
「卯ノ花かすみ。お前も魔法少女だったのか」
「元、な。驚いたのは私の方だよ。この軍に入った後に知ったよ。まさか、私の可愛い愛弟子の想い人が、魔族だったなんて知った時にはな」
「優花からは突然転校したと聞いていたが、よもや魔族になってるとは思わなかったぞ」
当時、魔族としての記憶を持たぬ一輝は、魔法少女のことなど知りもしない。優花も話すわけにはいかなかったので、戦闘で死んでしまった人のことは「転校した」と説明したのだ。
その時の優花の悲しみ方が尋常じゃなかったが、その意味が今になってようやく理解できた。
「そういうわけだ。私は一輝くんのことを知っている。つまり、君が今何をしようとしてるかも大体分かっているさ」
「……」
「そう怖い顔をするな。何も邪魔をしようってわけじゃない。ただね、私は私で目標があるんだ。その結果、君の邪魔をしてしまうってことはあるかもしれないけどね」
「何が違う」
「全然違うさ。私は一輝くんの邪魔をしない。一輝くんも私の邪魔をしない。それでどっちが先に目標を達成出来るかどうかってことだろ? 互いに潰し合うのとは全然違うよ」
ファルレッテは笑って言う。
エフィナは、その顔を見て、昔見た彼女の顔とまるで重ならなかった。よく似た別人と話していると言われたほうがよほど納得できる。
それほど、ファルレッテの表情は以前のモノとは違った。
「とにかく、私は一輝くんの邪魔をしないんだから、君も私の邪魔はしないでくれ。部下と上司とはいえ、顔なじみのよしみで勘弁してほしいね」
「断る、と言ったら」
「私は、魔王=一輝くんという情報を持っている。この意味が分かるね?」
「なるほど。そうきたか」
「ご理解いただけて嬉しいよ」
それだけを言うと、ファルレッテはその場から去ってしまう。
つかつかと、彼女はいつも通りの足取りでそのまま姿が見えなくなってしまった。
エフィナは、ベガから魔法少女が魔族になるという話を聞いた直後のため、かすみの顔を見てすぐに理解できた。だが、まさかこんなに近くにそんな人物がいるとも思っていなかった。
(邪魔はしないが、結果的に俺の邪魔になる……つまり、あいつも優花絡みということか……先を越されないようにしたほうが良さそうだな)
エフィナの顔が鋭くなり、口が一文字に閉ざされる。彼は、そのままファルレッテとは反対方向に歩いて行った。
外では雨がしきりに降る。
叩きつけるような雨は、窓を打ち付け激しく音を立てる。
地面をえぐるような雨の中、明斬優花は、一人呆然と傘もささずに立ちすくんでいた。
目の前には、建物の跡地。焼け焦げた柱は、当時のまま放置されていた。
彼女の目の前にある建物が火事にあって、もう12年になる。この地に立ち寄ると、今でもあの時の焦げ臭いにおいが漂ってくるような気がした。
幻覚染みた臭いに、優花は眉をしかめる。
建物を見つめながら、優花は仲間とともにNに報告した時のことを思い出していた。
時は、半日ほど遡る。
『魔法少女が魔族になる? あぁ、そのとおりだよ』
「「「なっ……」」」
Nのあっけらかんとした声に、その場にいた全員が固まった。
いつものNへの報告室。明かりもなく、怪しげな機械が点滅する光しか見えないような部屋で、Nの声は機械越しに淡々と語られる。
『だからどうしたっていうんだい?』
「だからどうしたって……」
そんな当たり前のことを言ってどうしたんだい? とでも言わんばかりのNの態度。
あまりの態度に、美雪は言葉を詰まらせる。
この場にいるのは、美雪、ヒナタ……そして、珍しく――というより、この場には初めて――魔法少女に変身していない、優花だ。
優花は、気が付くと自分のベッドの上に。美雪とヒナタは気が付くと他の生徒と屋上に放り投げられていた。
全員の記憶が曖昧だったようで、何が起きたかも理解できないでいたが、生徒に関しては美雪が上手く誤魔化した。美雪とヒナタに関しては、ある程度までは覚えていたが、その途中からが曖昧な記憶だった。
そして、今日は文化祭の次の日。本来なら片付けの行われる日だが、爆発があったということで、今日は1日警察が事件の現場を調べることになっている。
一応、模擬店のガスが爆発したということになっているからだ。
今頃警察も首をひねっていることだろう。模擬店でガスが爆発したにしては、ガス爆発の痕跡が出なかったり、誰ひとりとして怪我人がいなかったりするのだから。
『君たちが耳にした情報は事実だ。それは間違いない。だったら、それを肯定することの何がおかしい』
「……」
『それとも、嘘でもいいから否定して欲しかったのかい? あまりに無意味だ。そんなの慰めにもなんにもならない。確信しているということは、君たちは何かしらの確信に迫るものを見たのだろう?』
「そうじゃない。何故知ってたのに黙ってたかということだ。私達を騙してたのか?」
美雪が空間を睨むように問うと、Nは鼻で笑ったように答えた。
『騙してたとは人聞きが悪いな。私は、伝えなくてもいい情報をあえて伝えなかっただけだよ。だってそうだろう? そんなことは本来なら知ることもないことだし、わざわざ教えて君たちを追い込む必要なんてどこにもない。まぁ仮に知ってたとしても、君たちは何も変わりはしないだろうけどね』
「そんなこと」
「ある。逆に聞くが、最終的に魔族になると知っていたら、君は憎くて憎くて仕方のない、友や親の仇である魔族と戦うのを止めたかい?」
「そ、それは……」
美雪は反論できなかった。最初からその条件を提示されていたとして、あの頃……特に魔法少女になりたての頃は敵を殺すことしか考えていなかったのだ。その時にどんな危険があろうがそんなこと顧みずに戦ったことだろう。
それを考えると、Nの言っていることはあながち間違いではない。
『変わらないんだったら、教えないほうがいい。知らないなら知らないで、幸せなこともある』
ベガにも同じようなことを言われたことのあるヒナタは、そのことでふと気付いたことがあった。
(もしかして、あの回復術……使い過ぎるとあっという間に魔族になっちゃうって事? だから、禁止された? 理由は……確かに知らないほうが幸せだったかもね)
一人で結論にいたり、ヒナタは回復術さえ知っていればもっと簡単に敵を倒していけるなどと考えていた自分の浅はかさを笑った。
それと同時に感謝した。それはつまり、ベガ自身の魔力……生命エネルギーを使ってヒナタを回復させてくれたということなのだから。
「今度改めたお礼言っておかなくちゃ」
「ん? どうしたヒナタ」
「あぁ、いえ。こっちの話こっちの話……」
「じゃぁ、いいよ。百歩譲ってその話は当たり前のことだとしよう」
『ふむ。当たり前というか、実際問題、なってしまうんだから仕方がないよね。そもそも、君たちは体を魔族化しないとあんな超人的な力は出ないし、魔法だって使えないんだから。人間にままなら戦いにすらならないよ』
「では聞くが、魔族になってしまった魔法少女はどうするんだ?」
ピクリと、その質問に優花が反応する。
だが、今日はずっと無言のままの彼女は、特に何かを言うこともなく黙って2人の会話に耳を傾けた。
ふと、一人の師匠が頭をよぎるが、優花は静かに頭を振ってその考えを振り払った。
『どうするとは?』
「保護するなり、元の人間に戻したり、そういうことをするんだろうな」
『まさか。果物からジュースを作った時に出来る搾りカスは、元の果物には戻らないだろ? 同じことさ。搾りカスになってしまった果物は、果物として売れない。つまり、即刻廃棄さ』
「廃……棄……?」
ヒナタが、目を見開き口を開いたまま呆けている。
今、Nはなんと言った。何を何すると、どういう意味で言った? ヒナタは一瞬わけがわからなくなる。
「ふん、やっぱりな……どうせそんなことだろうと思った」
美雪は、分かりきっていた解答に驚きもしない。ただ、当たっては欲しくなかった予想だ。
Nは三者三様の反応をしめす現役魔法少女の3人のことなど気にした様子もなく、いつもの様に機械的に次々と言葉を述べる。
『殺してあげたほうが、その人のためでもあるんだよ。憎んでいた存在になってしまう。それはとても恐ろしいことだと思わないか? 元に戻れない以上、死こそが救済なんだよ』
「ふざけるな」
ギロリと、睨む美雪。その目にはかつてない怒りがこみ上げているようにも見えた。
何かを言おうと思っていたヒナタも、美雪の迫力に気圧されて何も言えなくなる。
『別にふざけてなんかいないさ。そもそも魔族になるなんてことは、本当に稀なんだよ。だから、なってしまったからには、こちらが責任をとってあげなきゃいけない。君たちは若いからわからないんだろうけどね』
「元仲間を処理出来るのが、大人だとでも言うつもりか?」
『どうしたんだい美雪くん。いつになくカリカリして。ま、確かに記録を見る限り、魔族に最も近いのは君だとは思うけどね』
「――もういい。元々私はお前を信用してないし、大っ嫌いだ!」
それだけを告げると、美雪は外へと飛び出していった。
「み、美雪ちゃん先輩ッ!?」と驚きの声を上げながらヒナタも彼女の背中を追う。ここまで声を張り上げた美雪を見たのは初めてだった。
優花も、美雪のことが心配になり、ヒナタに続くように美雪の背中を追った。その時、一瞬立ち止まりNに対して口を開こうとするも、やはりどこか言葉につまり、彼女は結局何も言わずに出て行った。
『……ふん、まぁ、魔法少女の本質が明らかとなった今、あいつらと良好な関係である必要はない。さて、そうなると時期が少し早まるが、そろそろ頃合いか。長きに渡る計画も、最終段階だ』
Nは冷たく言い放つと、ブツンとマイクの電源を切った。報告室には、後味の悪い、嫌な静けさが残った。
優花が外に飛び出すと、美雪とヒナタが2人で待っていた。
外の天候は曇り。真っ暗な所から飛び出たが、そこまで眩しくは感じなかったのも、太陽が雲で隠れているからだろう。
「ちょっと、感情的になっちゃったな。ごめん、まだ聞きたいこととかあったよね」
美雪は謝罪の言葉を述べるが、その態度はちっとも反省してはいない。むしろ、言ってやってせいせいした、と言わんばかりの表情だ。
ヒナタは、あーぁどうすんの……と呆れた表情である。仮にも相手は、魔法少女を束ねる上司のような存在だ。それと喧嘩などと、今後が不安で仕方ない。
「ま、元々信用してなかったのは本当だ。私は、これから独自に動くよ。ヒナタにも優花にも強制するわけじゃないから安心してくれ」
「美雪ちゃん先輩……」
「独自に動くついでに、私はどうしても行きたい所がある。こんな時に……いや、こんな時だからこそ、行きたい所が」
「それなら、私も」
美雪の言葉に、優花も手を上げて答えた。
「私もちょっと行きたい所があるの」
「なら、よし。今は、各々行きたい所に行くとしよう。正直、私も一人になりたいんだ」
その言葉に、ヒナタはぐっと胸を抑えた。
ヒナタはすぐに意識が朦朧としたが、それでもはっきりと見た。美雪が、人から魔力を吸収する現場を。
だから、今の美雪が無理して笑顔を作っているのが、痛いほどわかった。仮にこれが自分自身の身に起こっていたら、怖くて仕方がない、とヒナタは思った。
「何処に行くかの詮索はしない。ただ、いつでも連絡は取れるようにしておいてくれ」
それだけを告げると、美雪は一人歩き出す。
優花もヒナタも、お互い顔を見合わせ、小さく手を振るとそれぞれの目的地へと脚を向けた。
そして、今。優花は、教会の跡地で雨に打たれている。
いきなり雨が降ってきたとはいえ、今の心境では仮に傘を持っていたとしても、さすことはなかっただろう。
焼け焦げ、老朽化により残っていた柱も崩れ、もはや元の面影も見えない教会。この建物は、書類上優花の所有物ということになっている。
正確には、親から引き継いだものだ。
入り組んだ道を突き進み、大きな建物と建物に囲われた広場にポツリと立つ建物。かつて、優花はそこに住んでいた。
あの当時は、優花も幸せだった。沢山の人に囲まれて、今のような血みどろな生活とはかけ離れた安心できる暮らし。そんな暮らしがずっと続くと、何の根拠もない確信を持っていた。
次回更新は、4月16日(土)です。




