43話「助太刀」
「これは実験の結果なんだがな? 気まぐれで真実を教えた魔法少女もいたんだ。だが、案の定というか、昔の時の私が危惧した通りというか、まったく信用しようとしなかったよ。どんな事実を叩きつけてもな」
地面に転がるナデシコを見下ろしながら、かすみ――ファルレッテはその時のことを思い出し馬鹿にしたように笑った。
時が経とうと人が変わろうと、魔法少女は等しく愚かだった。
人の顔をした人外は、口を一文字に閉ざし、キッとナデシコを睨む。
「さて、そろそろお別れだ、ナデシコ」
「……」
ファルレッテは、ナデシコに近寄り武器を振り上げた。錆びれた槍が太陽を反射し、鈍く光る。
これまで殺してきた魔法少女のように、かつての弟子であるナデシコも手にかける。そこには血も涙もない。
ナデシコは、体のダメージよりショックで動けなかった。次々と顕になる事実は、完全にナデシコが対応出来るレベルを超えていた。
瞳だけを動かし、ファルレッテを見る。そこにいるのは、やはりナデシコの知らない、知人によく似た誰かだった。
とても同一人物とは思えなかった。
かつて遊んだ時も、魔法少女としての訓練の時も、一緒に戦った時も、こんな表情を見たことはない。
「私に感謝するんだな。お前が、お前の嫌いな魔族になってしまう前に葬ってやるんだから。元師弟のせめてもの情けだ。一撃で殺してやる」
「……すみ、さん」
溢れるような声で、語りかける。
「魔法少女として死ねるなんて……あぁ、ホントに、羨ましい限りだよ」
「かすみさん……ッ!」
今だ彼女に眠る、人間としての心を信じて。
「君は、私が成長させてしまったバケモノだ。ここでその責任を取ろう」
「かすみさんッ!!」
「間違えるなッ!!! 今の私は卯ノ花かすみではない! 魔族ファルレッテだ!!!」
握っていた中途半端な長さの槍を、逆手に持ち直す。
そして、ナデシコの頸動脈目掛けて勢い良く振り下ろした。魔族化し、回復力や防御力の上がっている魔法少女とはいえ、人体の急所を突かれればあっさりと死ぬ。
首を切断する勢いで振り下ろされた槍は、一瞬も止まること無く地面を突き刺した。
――そう、地面を。
「……ッ!?」
ファルレッテは目を見開く。
手元が狂ったわけでもない。躊躇したわけでもない。確実に殺すつもりで振り下ろした。
現に、元々ナデシコの首があった場所の地面に、鋒がその威力を物語るように深々と刺さっている。
決まっていたなら、確実にナデシコの息の根を止めていたはずなのだ。
だが、実際はそうなっていない。
何故か。
目の前からナデシコが忽然と姿を消したから。
(本当に消えた)
唐突な出来事に、ファルレッテも困惑する。
ナデシコが最高速度で回避したのかと考えた。だが、それにしては初動作もなにもなさすぎた。
そもそも、あんな状態の彼女が回避できるとはとても思えなかった。
消えたナデシコを探すように当たりを見渡す。そして、ファルレッテはそこに佇む1つの影をとらえた。
全身をマントが隠し、フードで顔は隠れた謎の人物。その人物の腕には、ぐったりとしたナデシコが抱えられていた。
格好だけ言えば、ファルレッテとよく似ている。つまり、そいつもまた、周囲に正体を諭されたくない理由があるのだろう。
警戒するように睨みつける。突然の乱入者だが、ファルレッテはすぐに冷静さを取り戻した。戦いにおいて、予想外なことなどいくらでも起こる。まして、突然の援軍などよくあることだった。
「何者だ?」
「……」
その人物は答えない。
「黙秘か。少なくとも、魔法少女ではなさそうだ」
「……」
「少なくとも優花に縁のある人物……いや、待て……その姿。そうか、お前が優花を魔法少女にした男か」
かつてファルレッテが人間だった頃、優花に聞いたことがある。彼女は確かに、ある人物に初魄漆桶をもらったと言った。
その時彼女が言っていた外見的特徴と、今目の前にいる人物の特徴がよく合っている。
当時、優花が詳しいことを説明できない理由がよく分かった。ここまで全身を隠されていれば、何者かなど詳細に話せるはずがない。
「魔法少女のイロハも教えずに彼女を戦場へと放り込んでおきながら、今更助けるとは意外だな。何しに来た?」
助けるのは、これが初めてではないが、ファルレッテはそれを知る由もない。
まさか、フーリストを倒すきっかけとなった蹂躙する白き光を教えたのが彼だとは微塵も脳をかすめないだろう。
「悪いが、この勝負預からせてもらうぞ」
「勝負を預かるということは、私を倒しに来たわけではないらしいな? もしくは、倒せるほどの実力がないのか。ふふっ、この場からナデシコを連れて逃げる気か」
男は、そっとナデシコを地面へと寝かせる。彼女には辛うじて意識があったが、放心状態とでも言うのだろうか、あまりはっきりとした意識ではない。
すっと立ち上がると、男はファルレッテと向き合う。正面から向き合っても、口元を隠すように当てられた布によって表情など一切見えない。辛うじて、瞳がこちらを向いているのが分かる程度だ。
ほんの少し前まで、自分自身もその男と似たような格好だったにもかかわらず、ファルレッテは男に言いようのない不気味さを覚えた。
睨み合ってから、数秒の時間が立つ。
武器を構えるファルレッテに対し、男は何のアクションもしない。武器を構えるどころか、武器すら出さない。まったく腰を落としておらず、戦闘態勢とは思えない重心の高さだ。
隙を見て逃げるつもりか? ファルレッテはより警戒を強める。しかし、男は岩にでもなったようにその場から微動だにしない。
しからば、先手あるのみ。正体は分からないが、敵であることに変わりはない。ファルレッテは握る武器に力を込めた。
――ほんの一瞬だった。
ファルレッテが、まばたきをしたその一瞬で、男はファルレッテの目と鼻の先まで接近していた。
「――なっ!!?」
予備動作も何もない。高速で接近してきたわりに、風も起きないでいた。
そして気付いた時には、手のひらで押すような突きで後方へと吹き飛ばされる。自動防御と呼ばれた彼女の防御は確かに発動していた。だが、それでも反応できていなかった。
魔族化し、ナデシコの加速魔法である閃雷光鳴のトップギア、最高速度と渡り合えるほど身体能力が向上したにもかかわらず、だ。
掌底による攻撃のため、ダメージらしいダメージはないが、勢いは殺しきれない。ファルレッテは飛ばされているわずかな時間で思考した。
(ありえない! いくらなんでも速過ぎる! この私がほとんど反応できないなんて! 奴の能力はなんだ!? 幻覚か!? それとも、空間置換的な何かか!?)
壁に衝突し、ブロックで囲まれた家の敷居はあっさりと粉のようになった。すぐさま砂煙の中から飛び出る。第二撃への警戒、また反撃への意識がその行動をより早めた。
だが、そのわずか数秒にも見たない間に、男と優花は姿を消していた。吹き飛ばされて、砂煙で視界が塞がれた間にしては、辺りに姿形がなさすぎる。
逃げた痕跡すら、その場にはなかった。
隠れている可能性を考慮し、辺りを見渡しても、高いところまで昇って隅々まで街を見渡しても、影すら見えない。走る姿すら見えなかった。
完全に逃げられたのだと悟るのにそう時間はかからなかった。
(私と似た能力の持ち主か……? だとしたら、それを追う手立てはない)
ギリっと拳に力がこもる。あと少しで、優花を殺すことができていたというのに。
(一体何者なんだ、あいつ)
小さく舌打ちをする。
考えても答えが出るはずもなかった。そもそも情報が少なすぎる。
諦めるような投げやりなため息を吐くと、彼女はアルプトラウトを発動させ、自分の世界へと潜り込んだ。
ファルレッテが煙のように消え、あとに残ったのは激しい戦いの痕跡だけだった。
「フハ、フハ、フハ。だいぶ、魔族化が進んでるじゃないか、魔法少女フブキ」
「魔族……化、だと?」
学校の廊下で、様々な人がぐったりと横になる中、2つの影だけが立って向かい合っている。
ほんの軽い怪我だけをしたアグリネットと、謎の現象により魔力も体力も回復した魔法少女フブキだ。
フブキはアグリネットに対する警戒を怠ってはいないが、自分の身に起きた現象もまるで理解出来なかった。
だが、アグリネットが口にした『魔族化』。その言葉が、蛇のようにまとわり付き、嫌な考えしか浮かんでこない。
「そう、お前は今、人から魔力を吸収した。魔族と同じようにな」
「な、何を馬鹿な……」
「元来、お前たちの持つ魔装戎具とは、魔族の持ち物だ。ある程度、魔族化の進んだ魔法少女が使えば出来るんだよ。人から魔力を吸収するなんて芸当がな」
「……」
「魔法も、その身体能力も、魔力を扱えるのも、全て! 貴様ら人間が我ら魔族に近づいているからこそ出来ることなんだよ」
あまりに荒唐無稽な話に聞こえて、フブキは固まって言葉も出ない。
アグリネットの、巧妙な精神的攻撃なのかとも思った。
だが、現にフブキは魔力を吸収し、今まで疑問にも思わなかった魔法少女の本質だが、アグリネットの言葉に矛盾はない。
「う、嘘だ……」
自分の震える手のひらを凝視する。動揺が隠しきれておらず、嘘だと呟いたものの、心の何処かでその事実を受け入れていた。
冷や汗が流れ、濡れた皮膚に髪が張り付く。だが、そんな感覚的不快感よりも、精神的不快感のほうが勝った。
魔族を倒すために魔族になる。忌み嫌っていたものに、自分が知らず知らずのうちに近づいていた事が、ショックでならない。
「ショックだろうなぁ……その事実を知って自害する魔法少女も少なくなかった」
「……ッ」
「見ろ、お前の周りには、お前のせいで倒れた人間たちがいるぞ。可哀想に。お前に生命エネルギーという寿命を掠め取られて」
「あ……グッ」
不気味に笑いをこらえながら言うアグリネットに、フブキは唇を噛みしめる。反論は出来なかった。
魔族が平然としてきたこと。それを、無意識とはいえやってしまった。しかも、それが無ければ自分は死んでいたのだ。
言い訳のしようもない。自分がここでは死ねないと願ったばかりに起こった出来事だ。仮定はどうあれ、結果的にはフブキの望んだ通りなのだ。
「さて、予定が狂ったが、仕切りなおすとしよう。お前に再びこの人数を守りながら吾輩と戦うほどの気力が残っているか?」
「……出来るか出来ないかじゃない。守り切ってやるよ」
「自分で魔力を吸収しておいて、どの口が言うんだか。自己満足的正義で、己の悪行を少しでも軽くしようとしているようにしか見えんぞ」
「黙れ!」
「まぁいい。魔法少女ヒナは意識はあるが、ダウン。結果、お前はさっきと何も変わっていない。1人だ」
「他人を操るしか脳のないお前を殺すのに、そんなに手こずると思っているのか?」
「フハフハフハ、これを見てもそんなことが言えるか?」
「な……ッ!」
アグリネットが、不敵に口角を釣り上げる。そして、指を鳴らしたと同時だった。
彼の周りに、光の弾が浮かび上がった。1つや2つじゃない。それこそ無数に。
その光景はまるで――。
「豪飛……雨沫……!」
バッ! と自分の足元で倒れているヒナに顔を向ける。
まさか、まだ操られていたのか! と思ったのだが、ヒナは依然としてぐったりしたままだ。魔法を発動させたようには見えない。
しかし、アグリネットを光の弾――魔力砲――が覆うその光景は、まさしくヒナの魔法、豪飛雨沫だ。
「な、何がどうなって……」
「フハフハフハ、知る必要はないさ」
もう一度、アグリネットが指を鳴らすとまさに叩きつける雨のように、魔力砲が彼女を襲った。
「ちぃ!!!」
再び、周りの人間の周りを防御するフブキ。たしかに、これではさっきとまるで変化がない。
芸がない、といえばそれまでだが、この単調な攻撃は確実にフブキを追い詰める。フブキ自身も対策が練れないでいた。
「フハフハフハ、こんなことも出来るぞ」
そう呟くと同時に、アグリネットが自分自身の繰り出す豪飛雨沫の間をくぐり抜けるように高速で移動し始めた。
フブキが驚く頃には、アグリネットによって蹴り飛ばされている。
姉から与えられた防御壁によって直撃は免れたが、それでも衝撃を殺せない。フブキは無様に地面を転がった。
「い、今のは……ナデシコの……? いや、違う……そんな肉体的な速さじゃなかった」
「面白いだろう? 他にも色々出来るのだが、全てを披露するわけにもいかんのでな」
フブキの目の前に立ち、指を鳴らす。すると、フブキの視界を埋め尽くす程の魔力砲が浮かび上がった。
いかにフブキとはいえ、これだけの数の魔力砲を、これだけ至近距離で喰らえばひとたまりもない。
反撃したいが出来なかった。フブキとアグリネットの間には、隙間なく魔力砲が埋め尽くされており、フブキが動こうものなら即座に爆発する。
後退しようにも、何か大きな隙がなければ大して意味は無い。
着々と、手を封じられていく。さながら、盤の端に王が追いつめられていくように。
「終わりだ。魔法少女フブキ。すぐに仲間も送ってやる」
アグリネットが、指ももう一度鳴らし、フブキもダメ元で後ろに下がった時だった。
「世界に接続。検索、選択。発動。『零の観測者』」
声が聞こえ、気付いた時には、フブキは何者かに抱きかかえられていた。
それも、アグリネットの背後で。
「……ッ!?」
爆風を受けながら、アグリネットは信じられないと言った表情で後ろを振り向く。
ほんの一瞬の出来事だった。ほんの一瞬で、フブキを救い出し、アグリネットの横をすり抜けたのだ。まるで目に追えなかった。
そいつが、アグリネットに視線を合わせる。
そして、口を開いた。
「選択した項目を削除。再接続。発動。『メドプワーゾン』」
チクリとした痛みが、アグリネットを襲う。次の瞬間、彼の体は全身が痺れ、一歩も動けなくなった。
瞬間、アグリネットは理解する。自分自身に、毒が打ち込まれたのだと。
(これは、ヴァスコの……ッ!)
アグリネットの驚愕を他所に、そいつはフブキを抱え、ヒナも回収した。
突如現れたそいつは、長い長い艷やかな碧い髪の少女だった。地面まで着くのではないだろうかというくらい長い髪は、癖もなくサラサラと風で細かくなびいている。
少女の肌は雪のように白く、服はその白い肌をより際だたせるかのような白いワンピース。瞳は黄金とも取れる輝きを放っていた。
その感情が宿っていないような表情は、微動だにせず、ただ淡々と口を開く。
「選択した項目を削除。再接続。発動。『アルプトラウト』」
まさに嵐のようだった。
突然現れて、彼女はその場にいた人間含めて煙のように消えた。
今だ麻痺から抜け出せないアグリネット1人がその場に残る。
驚きこそあったものの、今その顔は狂気に歪んでいる。
「ふ、フハハ、フハハハハー!! そうか、奴がそうなのか!! フハハ、ついに見つけたぞ……ッ!! 天使!」
静まり返った校舎で、アグリネットの高笑いが響く。
トドメ目前で敵に逃げられたことなど、まるで気にしてはいない。捜していたモノが見つかった。それは、他のどんな失敗を覆すよりも喜ばしいことだった。
「たっだいまーっと」
とあるマンションの一室。
明らかに高所なのが、窓から見える風景から伺えるのだが、少女はこともあろうか、そんな窓から部屋へと帰還する。
魔法少女ベガ。彼女はエフィナとの話を終え、彼女たちの住処へと帰ってきたのだ。
「おかえり」
「あぁうん、ただいま。言われたとおり、あっちのお兄ちゃんと話してきたよ。あれで合ってるかはわからないけどね」
「いや、大丈夫だ。おそらくな」
ベガに相対するのは、先ほど優花を助けた謎の男だ。
部屋の中だというのに、その姿は今だマントなどで全身が隠れている。
そのことをベガも不思議に思ったのか、男に語りかける。
「なんで部屋の中にいるのに、まだそんなの羽織ってるの?」
「……」
男は気まずそうに、視線をベッドへと移した。
ベガは、その視線に誘導されるまま、ベッドへと視線を向ける。
「……って、ぇえぇえええぇぇ!!! なに優花ちゃん連れて来てるの!!? っていうか助けたの!!?」
「あ、あぁ……」
そこには、魔法少女の姿のままぐったりと寝転がる優花の姿が。
彼女の姿はボロボロで、致命傷になるような傷もないが、全身に激しいダメージを追っていた。ベッドのシーツに彼女の血が滲んでいる。
「あれだけ自分は不干渉を貫くだのなんだの言ってたくせに!! 何があっても助けないとかなんとか、最初の頃に言ってたよね!?」
「す、すまん……ただ、あれは助けなかったら、彼女は死んでいた」
「……むぅ」
ベガは押し黙る。
助けなければ死んでいた。つまり、それほど彼女が追い込まれていたということだ。
優花が死ぬのを黙って見ている彼ではないことを知っているため、ベガはやれやれとため息を吐いた。
「はぁー、もぅ。しかたないなぁ……じゃぁ、ある程度回復させるから。記憶の方はお願いね」
「う、し、しかし」
「しかしもお菓子もないでしょ。そりゃ、優花ちゃんの記憶消すのが嫌なのは分かるけど、この場所知られたら困るのは誰?」
「……分かった」
「よろしい。それじゃ、お先にどうぞ」
数時間後、優花は自分の部屋のベッドで目を覚ます。
そして、この時うっすらとした意識の中で聞いていた記憶も、綺麗サッパリ失っていた。
ただし、自分の師匠が魔族であったこと、そのことだけは忘れてはいなかった。むしろ、夢であってほしかったと、そう思わずにはいられなかった。
次回更新は、4月2日(土)です。
今回出てきた、天使は、最近更新した表紙にもいますので~




