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42話「ファルレッテの生まれた日」

過去編です。

いつもより2~2.5倍くらい長いです。

 ――いつも通り帰るはずだった。

 昨日も一昨日も同じような日常。毎日が変わらない日々。

 退屈さを感じながらも、魔法少女として世の平和を守る身としては、この退屈こそが幸せであると気付いている。

 だから、そんな当たり前の昨日に、いつもと同じように優花と遊び、「じゃぁ、また明日」と言った。まさか、それが人間として優花と交わす最後の言葉になるとも知らずに。



――*――*――*――



 土砂降りの雨。

 海の水が全て落ちてきているような規格外の大雨は、周りから全ての音を奪う。

 地面はまるで川のように水が流れ、建物からは滝のように水が滴り落ちた。いつもの場所なのに、まるで違う世界にでも迷い込んだようだった。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


 壁に寄り添いながら、重たい体を引きずる。雨が重りのように体にのしかかった。

 魔法少女ウツギ――卯ノ花かすみは、魔法少女の姿のまま裏路地の壁を這うように歩いている。

 普段のサイドテールは解け、髪は水に濡れ体に張り付いた。

 しかし、そんな彼女が誰かに認識されることはない。それは、彼女が魔法少女だからだ。

 ゆっくりゆっくりと歩を進める彼女は、かつてない疲労感に包まれていた。


(九頭龍《ポレゾニア》……かつてない強さだった……水の能力でこの雨は卑怯だったよ……)


 水の魔術を操る九頭龍《ポレゾニア》。この雨の中での戦闘は不利にもほどがあった。空気中にある雨が全て敵の刃となって襲い掛かってくる。

 全方向からの一斉同時攻撃。いかに自動防御《フルオート》と呼ばれたかすみでも、防御する手が足りなかった。

 もう1つの魔法、魔力を体力に変換する魔法、雨蒸水発《うじょうすいはつ》がなければ、すぐに力尽きて殺られていたことだろう。

 まさに、根気強く粘ったことで勝利したようなもの。相手の疲労が先にやってきたのだ。


(えへへ、雨蒸水発《うじょうすいはつ》使いすぎっちゃったな……これは変身解いた時が怖い)


 魔力を体力に変換できる魔法だが、疲労がたまらないわけではない。少なくとも、体への疲労は溜まるのだ。発動中は疲れないというだけで。

 かすみにとって、九頭龍《ポレゾニア》との戦いは、これまでの戦闘の中でも最も長い戦いだった。

 それだけ長い間、雨蒸水発《うじょうすいはつ》を使用したことがなかったかすみは、変身解除後に回ってくるツケが怖くて変身解除が怖かった。


 それは、魔法少女なら誰でもあること。魔法少女の時の疲れは、変身解除すると一気に襲ってくるのだ。

 昔聞いた説明では、「アドレナリンで痛みを感じないのと同じで、魔法少女化は体が興奮状態となり、疲労を感じにくい」とのことだった。

 納得の行く説明だっただけに、この時点でかすみはこの説を信じていた。


「それにしても、しつこいな……こっちはフラフラだってのに……って、フラフラだから追ってくるのか……」


 かすみは今、絶賛逃走中だった。

 九頭龍《ポレゾニア》に勝利したところまではよかった。問題はその後、相手が引き連れてきた手下が敵を討とうとかすみに襲いかかってきたことだった。

 九頭龍《ポレゾニア》との戦闘で疲労困憊のかすみは、戦わずしてその場から逃げた。優花がいたら睨まれそうな行為だが、こればかりは仕方がないと思う。

 そうして、今に至る。


 敵はもういないのに、ついさっきまでかすみに牙を向いていた雨がそこかしこにあると心中穏やかではない。

 助けは呼んでいる。

 仲間に合流出来れば、あとはどうにでもなるのだ。とにかく、こんな時間が早く終わればいいと思った。


「……ッ!」


 後ろに気配を感じたと同時に、かすみは敵の攻撃を弾いていた。

 つまりは、追手に見つかったということ。それを理解したのは体が動いたと同時だ。


「……あーぁ、そういえば、昔から鬼ごっこだのかくれんぼは苦手だった……なっ!」


 普段は苦手と言って使わない魔力砲。それを地面目掛けて打ち込み、目眩ましをする。

 その時に気付いたのだ。


(……私の魔力砲……こんなに黒かったっけ……?)


 目眩ましに乗じてその場から走り去りながら、そんな事を思う。

 だが、気付きはしたが気にしている場合ではなかった。なぜなら、不意打ちの一撃くらいなら防げても、一気に攻めこまれたら疲労で動ける気がしないからだ。

 しかし、目眩ましなど一瞬のその場しのぎ。雨のせいで砂煙も上がらない。

 敵はすぐに追ってきた。


「もー! 勘弁して、よ………………ッ!?」


 敵を葬るつもりで槍の先より発動した魔力砲。それを見てゾッとした。

 完全な黒。禍々しいとも取れるその色を見て、背筋が凍った。これが、本当に自分が創りだした魔力砲なのだろうかと。

 そして、ほぼ同時に、かすみの体に変化が起きた。体の中で、決定的に何かが変わる感覚。

 魔力砲を放つときには、かすみの腕は異形のモノの片鱗が浮かび上がっていた。


「ひっ……ッ!!!」


 慌ててその腕を隠すように覆う。自身が放った魔力砲の行き先など眼中にもない。

 わけもわからないまま。かすみはただただ怯えた。

 自分自身になにかが起きた。だが、その正体が分からない。わからないほど恐ろしいことはない。

 敵の能力による幻覚だと、思いたかった。


「ウツギ! 助けに来たよ!」


「遅くなってごめん!」


「ユカリはウツギの保護、私とクルミは敵の制圧!」


「よしきた」


 魔法少女の増援。3人の魔法少女――かすみとは仲がいい――が現れ、その場の不利が有利へと変わる。

 だが、彼女たちは来るのが遅すぎた。

 いや、遅かれ早かれ、今日この日に九頭龍《ポレゾニア》と戦った時点で、もうかすみは手遅れだったのだ。


「ウツギ、ほら、早く行こう!」


「…………ッ」


「ウツギ?」


 パンッ!

 差し伸べられた手を、かすみは手で叩いて払った。

 そして、相手の顔も見ないままその場から走り去る。その表情は、まさに恐怖で歪んでいた。

 呆然と立ち尽くすユカリと呼ばれた魔法少女。かすみの顔を見ただけに、只事ではない事態を察していた。



――*――*――*――



「ハァ! ハァ! なんで……どうして!」


 どんなに走って敵との距離を開けても、腕に現れたソレ(・・)は消えない。

 徐々に、幻覚ではないという考え方が広がっていく。

 そして、もう1つおかしいことがあった。


「なんで、元に戻れない(・・・・・・)の!」


 何度も何度も試した。だが、かすみは魔法少女化を解除できない。

 人間に戻れない。そのことがより一層彼女の恐怖心を煽る。


「ハァッ、ハァッ、もしもし! N!」


 気が付くと、携帯を片手にNに電話をしていた。

 かすみはその間も、まるで現実から逃げるように走り続けている。


『やぁ、血相を変えてどうしたんだい? 君がそこまで取り乱すなんて初めてじゃないか、かすみ君。いや、今はウツギ君かな?』


 Nのいつもの淡々とした声。表情のまったく見えない落ち着き払った声だが、今はかすみを少し冷静にさせるのに役立った。

 だが、それでも完全に落ち着くかすみじゃない。


「N、あのっ、変なんですっ、私! そのっ!」


『落ち着き給え。何が変なんだい? どんな状況かわからないが、そんなにしどろもどろじゃ弟子の優花君に笑われるよ?』


「……変なんですっ、私、体の一部が、おかしくなって……魔力砲も真っ黒で、変身解除もできなくてっ」


『君、まさか……』


「教えて下さいN! 今何が起こってるんですか!」


『分かった。緊急事態だ。今いる場所を教えてくれ。早急になんとかする』


「あ、有難うございます……場所は――」


 ピッ。

 携帯の電話を切る頃には、少し落ち着きを取り戻していた。

 呼吸も落ち着き始め、足もその場に止まっている。

 力なく壁に背中を預けた。雨のせいで、壁は水が流れているが、そんなのはどうでもいい。

 雨宿りをしながら、かすみは真っ黒な空を見た。それが、自分の創りだした魔力砲の色と重なり、目を背ける。


(どうしちゃったんだろう……私)


 随分と離れたところまで来ていた。

 助けに来てくれた仲間には悪いことをしてしまったと、心のなかで謝る。

 さらには、差し伸べられた手を払いのけてしまったことに罪悪感もあった。後で会ったら謝っておこう、そう考えるかすみ。


(Nも言ってたけど、こんな師匠《わたし》の姿は、優花ちゃんには見せられないな……)


 年下の前では、つい張り切ってしまい、お姉さんぶってしまう。

 そんなに強くない内面を、見栄で強く見せていただけに、彼女に弱いところを見せるのには抵抗があった。


(あぁ、そういえば、優花ちゃんが私のことを「かすみお姉ちゃん」って呼び方から「かすみさん」って呼び方に変えて、もう1年近くになるのか……アレの時もヘコんだなぁ……)


 その日のことを思い出して、ふふっと笑ってしまう。こんな時だからこそ、余計におかしく思えた。

 呼び方を変えると優花に宣言された時は、優花のお姉さん離れの始まりに軽くめまいがしたものだ。もちろん、表向きは平気なふりをしていたのだが。


(ま、一輝くんのことを本格的に意識し始めてた頃だからなぁ……私の事をお姉ちゃんって呼ぶのは子供っぽくて嫌だったんと思う……だとしてもヘコんだなー。反抗期的なものだとしても、お姉さんより一輝くん(すきなひと)を優先されたのは正直傷付いたなー)


 なんやかんやで1年近く。最初は慣れないで無意識に「お姉ちゃん」と口にしていた優花も、すっかり「かすみさん」が定着してしまった。

 寂しいやら嬉しいやらだったが、自分が優花離れ出来ないと悟られるのは嫌だったかすみは、結局ずっと虚勢を張り続けたわけである。

 そういうわけで、かすみは落ち込んだまま優花に会うわけにはいかないのだ。


「さて……今のうちにちょっと元気出しとこ。じゃないと、優花ちゃんそういうの敏感だからなぁ。よし、私元気ッ!」


 カンッ!!


 立ち上がったと同時だった。硬い何かが何かに当たったような音がする。

 それは、この雨ばかりの雑音の中でもはっきりと聞こえた。

 かすみは、その音がした原因の位置をすぐに知ることになる。


「え?」


 灯台下暗し。音は、彼女の武器からした音だった。武器が何かを弾いた音。逆に言えば、何かが武器へと当たった。



「あら、すっかり忘れてたわ。あなたのその能力。不意打ちでも反応出来るのね」



 かすみの真正面。そこに、銃のような武器を構えた魔法少女が1人。

 この雨を気にもしないでそこに立っている。濡れることなど気にしないほど、かすみにのみ意識を集中させているようにも見えた。

 相対する魔法少女を見て、分からないことが2つ。


 1つは、目の前の魔法少女を一度も見たことがないということ。もちろん、全ての魔法少女を見たことがあるわけではないが、相手の口ぶりから、かすみの事を知っているようだった。

 つまり、何かしらの縁があるということになる。だが、それがどんな関係なのかまるで分からない。

 もう1つは、その魔法少女が何故自分に向けて銃を構えているのか。


「あの……あなたは?」


「銃で撃たれたのに、そんな呑気な質問だなんて、まだ状況が把握できてないようね」


「……ッ! なんで、魔法少女が魔法少女を襲うんですか!」



「残念。あなたは、もう魔法少女じゃない(・・・・・・・・)わ」



 もう一発放たれる銃弾。これだけはっきり見ていれば、いかに銃弾だろうと、彼女の反射強化の魔法、空防振災《くうぼうしんさい》なら防げない攻撃ではない。

 そう、そのはずだった。


「グッ! あぁ、あぁぁあああ!!!」


 かすみは反応できず、肩にその銃弾を受けてしまう。撃ちぬかれた激痛が彼女を襲う。人間の時なら、その痛みだけで動けなくなるくらいだ。

 魔力の弾丸は、肩を貫通し背後の壁に穴を開ける。かすみの肩から雨水に紛れるように血が溢れ出た。

 彼女は意味がわからない。何故、今反応できなかったのか。

 少なくとも、1回目が反応できただけに、2回目が反応できない意味が分からないと。そもそも、今魔法が発動されていたのかも怪しい。


「なんで、こんなこと……」


 肩の傷を抑えながら、かすみは目の前の魔法少女を睨む。



「なんで? 教えてあげるわ。それは、あなたが魔族《ボスティロ》で、私が魔法少女だから」



「ボス……ティロ……?」


 一瞬、本当に彼女の言っている意味が分からなかった。

 一体どこに魔族《ボスティロ》がいるというのだろうと、辺りを見渡した。


「不思議そうな顔ね。この場には私とあなたしかいないのに、何をキョロキョロとしているのよ」


「だって」


「能天気な脳みそをお持ちなあなたにも分かるようにもう一度言ってあげる。私が銃口を向けるのは、私が魔法少女で、あなたが魔族《ボスティロ》だから」


「本当に、何を言って……」


 一瞬、相手の魔法少女が操られているのでは? という思考が過った。

 例えば、味方が敵《ボスティロ》に見えるような幻覚を見ている。そう考えると今の状況が納得できた。


(もしそうだとしたら、この近くに魔族《ボスティロ》が)


「言っておくけど、操られてなどいないわよ?」


「……」


「あら、疑うの?」


「えぇ、魔法少女が魔法少女を殺そうとするなんて、とても正気の沙汰とは思えませんからね」


 もう少ししたらNの関係者がこっちに来るはずと、なるべく時間を稼ごうと考えた。

 今の自分では、とてもじゃないが退けられそうにない。まして、倒すのは困難だと判断した。



「やれやれ、反射強化の魔法で反応速度の早い君(・)も、目の前の事態を理解するのは遅いのかい? いもしない敵を探すその姿は、実に滑稽だよ。そう思わないか、ウツギ君?」



「………………ッ!!」


 かすみは息を飲む。その喋り方、声、雰囲気、その全てがついさっき電話で話した人物と重なったから。

 震える声で、かすみは目の前の人物に尋ねる。


「え、N……?」


「ようやく気がついた?」


「う、嘘だ」


「嘘だと思うかい? こんな目立たない場所を、君は誰に伝えた? 誰が真っ先に来た?」


 かすみは、衝撃の事実に思考がまったく働かない。

 そのNが、どうして自分を殺そうとしていることすら、理解できなかった。

 そもそも、目の前の人物が本当にNかどうかも怪しかった。

 かすみが初めて魔法少女になった時より、Nという人物は存在する。むしろ、その前からもNは存在する。

 だが、それにしては目の前のNは随分と若いように思えた。とても、昔からいるようには見えない。年齢は、せいぜい20歳前後に見えた。


「本当に、Nなんですか?」


「この際、本当か嘘かなんてどうでもいいんじゃないかしら? 間違いないのは、私は貴方を殺そうとしている。ただそれだけよ。それに、疑いたいのなら疑いなさい。いくら待っても、貴方が望むような救援はこないのだから」


「……じゃぁ、N。どうしてこんなことを?」


「Nとして下した判断は、貴方を殺す、というものだったからよ。私直々に……ね」


 再び放たれる銃弾。かすみは、かろうじて自分の意志でそれを弾く。またもや、魔法が発動する気配がない。

 肩を抑えながら身構えるかすみは考える。

 仮に、目の前の人物が本当にNだったとして、それでもわからない言葉がある。


 それは、かすみ自身をさして「あなたが魔族《ボスティロ》だから」と言ったことだ。これだけは本当に理解できないでいた。

 操られていないのなら、この言葉が指す意味はなんなのだろう。敵を言い換えただけ? それとも、見下した言い方の揶揄? と色々考えるが、まるで答えが出てこない。


「本当に理解力の遅い娘。貴方のその腕。魔法少女としての限界を超え、魔族《ボスティロ》化している証よ」


「……ッ!」


「言ったでしょう。貴方が魔族《ボスティロ》だって。言葉のままよ。貴方は、魔法少女という枠組みを超え、魔族《ボスティロ》となったの」


 Nは銃弾を打ち続ける。かすみは、辛うじてそれを避けるが、体が異様に重かった。

 それは、疲労からくるものでもあり、動揺からくるものでもある。

 ちらりと、自分の腕が視界に入るたびに、身の毛もよだつ恐ろしい現実を叩きつけられているような気分になった。


「魔法少女の本質は、元は魔族《ボスティロ》の武器である魔装戎具《まそうじゅぐ》を核にした、人間の魔族《ボスティロ》化。己の生命エネルギーを変換することで魔力を得る」


「……!?」


「そして、己の生命エネルギーを超える力を出した時、体には己が創りだした魔力のみが残り、魔法少女は魔族《ボスティロ》へとなる。貴方のようにね」


「……」


「実際、ここまでなる魔法少女は珍しいのよ? なにせ、大体は魔族《ボスティロ》へとなる前に死ぬか引退するか、だからね。だから、皆このことを知らない。私も告げない」


「ぐぁあ!」


「仮に魔族《ボスティロ》になった魔法少女がいたとしても、こうして私が処理すれば、なんの問題もないのだから」


 銃弾が、かすみの足を撃ちぬく。走っていたかすみは、水たまりへとダイブすることとなった。

 地面に這うかすみは、立ち上がることも出来ない。


「貴方の場合、魔力を体力に変換する魔法ってのがよくなかったみたいね。基本的に、魔力ってその時の体力分しか引き出せないのに、貴方はその体力を魔力で補強した。そりゃ、生命エネルギーが枯渇するのも早まるわよ」


「そん……な」


「そう嘆くことでもないわ。もう、貴方は人間じゃないし、ここで死ぬのだし」


 カチャリと、倒れるかすみの眉間に照準をあわせる。あとは、引き金を引くだけ。たったそれだけの軽い行為で、かすみの命はあっけなくこの世から消えるのだ。

 かすみは見て分かった。Nの目になんの迷いも躊躇もないことを。

 元魔法少女を消す罪悪感だとか、元部下を葬らねばならない悲しみだとか、そういったものは一切感じられない。


 ただ、その目にはかすみは映っていないように思えた。別の何かを見ているような、別のことを考えているような、そんな瞳。

 ゾクリと、かすみは恐怖した。

 それと同時に、この上ない怒りがこみ上げてくる。魔法少女として、今まで命を張って戦ってきた自分に対して、この末路。この運命。

 そして、その運命を決定づけるNという人物。Nの顔がどうしようもなく憎く思えた。


(私は死ぬのか……? こんな場所で? こんなやつに? 誰にも気づかれないまま闇に葬られるのか……?)


 歯を食いしばる。この状況で何も出来ない自分が心底憎かった。


(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 死にたくない……生きたい! こいつが……こいつが私に干渉さえ出来なければ!!!)


 その強い欲望がこみ上げたと同時だった。

 かすみはその場から姿を消す。銃弾が放たれたのはその一瞬後のことだ。


「何っ!?」


 銃を撃ったNが驚愕のあまり目を開く。見逃すはずがないと、さっきまでの余裕に包まれていた表情を崩しながら辺りを見渡した。

 だが、どこにもかすみの姿はない。

 慌てて彼女の魔法を発動させるも、まるで手応えがなかった。


(くっ、もう何も出来ないだろうと高をくくって、自分の魔法を解除していたのが仇になった……まさか、ここにきて魔法……いや、新たな魔術を手に入れるとは……)


 大きく舌打ちをするN。殺し損ねたことがとても気に入らないらしい。

 だが、組織に大きな影響はないだろうという考えから冷静さを取り戻した。いかに、かすみが生き残って他のものに吹聴しようとかすみとNでは信頼の差がある。

 魔族《ボスティロ》に成り下がったモノのいうことと自分の言う事、どちらが信用できるかなど考えるまでもない。


(後は、あいつに任せるか)


 Nは、その場から何事もないように去っていった。

 そこにあるのは、吹き荒れる雨の音。騒がしかった空気は一気に鳴りを潜める。


 一方かすみは、その光景をずっと見ていた。さっきから(・・・・・)一歩も(・・・)動いていない場所で(・・・・・・・・・)。


 最初は訳が分からなかった。むしろ、Nの銃弾に貫かれ、死んだとさえ思った。

 異変に気付いたのは、なんの痛みもなかったことと、Nが目の前に自分がいないようにキョロキョロと辺りを見渡し始めたこと。そして、トドメも刺さずにこの場を去ったことが原因だ。

 地に伏せたままのかすみは、自分の腕を見て確信した。綺麗な人間の肌だった腕は、完全にゴツゴツとした異形の者のそれへと変化を遂げている。つまり、自身が、魔族《ボスティロ》になったということを。


 そして、

(これが、魔術ってわけ……)


 かすみは、本能的に理解した。魔法と魔術の違いを。


(私の生きたいという強い欲望に、魔装戎具《まそうじゅぐ》が反応したってわけね……)


 人間の絶望で生まれる魔法と、魔族《ボスティロ》の欲望で生まれる魔術。

 その2つは、似ているようで違う。

 魔法は、大きな後悔が元になるもの。あの時こうしたかった、あぁしたかったという思いがきっかけで生まれる。

 故に、魔法はどれだけ使っても気持ちが満たされることはない。むしろ、あの時にこの力があれば、という思いが生まれてしまう。


 逆に、魔術とは欲望が元になる。こうしたい、あぁしたいという思いで生まれる。

 つまり、魔術は己の欲望を満たし、満足感を得ることが出来る。己の望むままを叶えることが出来た。


(あぁ、魔術ってのは使うのが心地いいな……魔族《ボスティロ》が好戦的になるのが分かるよ)


 相手の立場になって、相手を知る。小さい頃、教師に相手の立場になって考えなさいと言われたのを思い出した。

 しばらくすると、ある程度動けるようになってきた。魔族《ボスティロ》の体の回復力がなせる技だ。

 魔法少女の時の回復力や身体能力が、魔族《ボスティロ》化に依存したものだと分かる。


「さて……と、あいつの話だと、この体にあるのは私が作った魔力分のみ。つまり、もう少ししたら今まで倒した魔族《ボスティロ》のように、私も消えるのか」


 自身の魔術を解き、再び吹き荒れる雨の中へと姿をあらわすかすみ。

 その目には、恨みよりも決心が宿っていた。


「ただでは死なない……この事実を、皆に知らせる。今すぐ、皆に魔法少女を止めさせないと」


 もう二度と、自分のような犠牲者を出さないように。

 その時、優花の姿が頭をよぎる。徹底的に魔族《ボスティロ》を嫌う彼女にはもう会うことは出来ないな、と少し寂しくもなった。

 だが、その分、彼女自身が魔族《ボスティロ》になった時のことを思うと、怖くて仕方がない。何をしでかすか、分かったものではなかった。


 優花にこそ、魔法少女をやめて欲しい。その思いは強い。むしろ、自分の魔族《ボスティロ》化が魔法少女を辞めるきっかけになるのなら、決して無駄死ではないのだろうとさえ思えた。

 時間がどれだけ残されているか分からない。だから、事態は急を要した。かすみは、今、決意の一歩を踏み出した。



「待てよ。どこに行く、ウツギ」



 雨に紛れて、自分を呼ぶ声がした。

 ふと振り返る。建物の上でかすみを見下ろすその姿には見覚えがあった。

 さっき、かすみを助けてくれた3人の魔法少女の1人、クルミだ。普段好戦的で、明るい表情をしている彼女だが、今は天気のせいか暗く見えた。

 だが、かすみにそんなことはどうでもよかった。真っ先に出会えたのが、仲の良い魔法少女でよかったとさえ思う。


「ちょうどよかった、クルミちゃん、話が――」


「うるせぇ。こっちにも話があるんだ。魔法少女を裏切ったってのは本当か、ウツギ」


「え?」


 聞き間違えかと思った。だが、彼女の言葉は豪雨の中をすり抜けるようによく聞こえた。

 かすみが魔法少女を裏切った、クルミはそう言ったのだ。

 瞬間、Nが先に手を回したのだと気付いた。


「待ってクルミちゃん! 本当に裏切ってるのは!」


「お前、その手……ッ! どうやら、マジっぽいらしいな」


「違うの聞いて! 魔法少女は皆最後はこうなっちゃうんだよ!」


「ガタガタうるせぇ! なに訳の分からないこと言ってんだ。こっちは、お前を見つけ次第殺せって言われてんだ」


「わ、私達友達でしょ! お願い、信じて! 話を聞いて!」


「アタシだって友達殺したくはないよ。だけどな、友達でも越えちゃいけねぇ一線を越えるってんなら、容赦はしない」


 なりふり構わず、クルミはその手に握る巨大なハンマー型の魔装戎具《まそうじゅぐ》を振り下ろしてきた。

 ひび割れる地面、弾ける水しぶき。当たりはしないものの、その衝撃は弱ったかすみを吹き飛ばすほどには凄まじい。

 繰り出される第2撃。弱っていたかすみは、よけきれずにその重い攻撃を槍で受けた。


 攻撃が重すぎたのか、九頭龍《ポレゾニア》との戦いで槍が摩耗していたのか、Nの銃弾を受けたせいか。どれが原因かは分からないが、かすみの槍は中心で真っ二つに割れてしまった。


 だが、槍で稼いだ一瞬で辛うじてクルミの攻撃を避ける。


「ちょこまかと。お前の魔法は厄介なんだよ!」


「だから、お願いだから話を」


「そんなナリして、何を信じられるってんだ!」


 それもそうだと、かすみは思った。だが、今は興奮しているだけ、落ち着くまで攻撃を避けていればいい、そう考えた。

 かすみの魔法なら、それが可能だ。


「ウツギ……?」


 クルミの攻撃を大幅にバックして避けた、かすみの背後。今度はクルミとは違う声の主が現れた。

 好戦的なクルミとは対照的に、高くて優しい声。

 魔法少女ユカリ。先ほどかすみに手を差し伸べてくれた人物だ。さっきの3人の中では、一番中の良い人物でもある。


「ユカリちゃん、クルミちゃんを落ち着かせるの手伝って! 私は、話がしたいだけなの!」


「ユカリぃ! そいつの体見てみろ! Nからの報告通り、魔族《ボスティロ》の体を移植してやがる!」


「移植……!? あいつ、そんな嘘を! 違うんだよ! 魔法少女は、人間を魔族《ボスティロ》化したもの! 力を使いきったら、皆こうなるんだよ!」


 必死に説得するかすみ。だが、その目に写ったのは、畏怖とも取れる、ユカリの瞳だった。

 怯えているように震える彼女の口から、小さく言葉が漏れる。


「バケモノ……」


「……ッ!!」


「がっかりだよウツギ……親友だと思ってたのに。そんな醜い体にまでなって……心底軽蔑する」


 深く、胸に突き刺さる言葉。

 あまりのショックに、その場で固まってしまった。涙は出ない。ただただ、ショックだった。

 かすみの中で何かが壊れる音がした。


 ユカリもクルミも、決してかすみの言葉に耳を傾けない。

 本当のことを叫んでも、信じてもらえない。

 かすみは想像した。仲の良い人物たちでさえコレなのだ。他の魔法少女に真実を告げた所で、取り合ってもらえないのではないか。

 誰も、真実を信じないのではないか。


「ユカリ、クルミ、おまたせ」


「ようやく来たかヒカル。自動防御《フルオート》に対抗するには数がいるからな」


「早く……殺してあげよう……これ以上友達が落ちぶれる姿を見たくはない」


 自分にとって、都合の悪いことは信じない。それらしい、自分に都合のいい嘘を信じる。

 目の前の事実を、自分の都合のいいように解釈し、捻じ曲げる。

 忠告も聞かず、かすみが踏んだ轍を踏む。

 結局、同じことの繰り返し。自分の死も、その一部に過ぎない。きっと、これまでも繰り返されてきたことなのだろうと、かすみは悟った。


 誰かが魔族《ボスティロ》化して、真実を告げるも信じてもらえず、闇に葬られる。過去幾度と無く行われてきたに違いない。

 かすみは、皆に真実を伝え、自分のような被害者が現れないようにするためなら、死ぬのだって怖くなかった。

 だが、実際はどうだ。

 事実は捻じ曲げられ、魔族《ボスティロ》のたわ言と信じてもらえず、ただの敵として殺される。

 これを無駄死と言わずして、なんと言う。


「いくわよ、ユカリ、クルミ!」


「おう!」


「うん!」


 一斉に飛びかかってくる魔法少女。

 かすみは、その時悟り絶望した。真実を広めるなど、無意味だと。全て徒労に終わるのだと。



「魔法少女……愚かな生き物どもめ……ッ!!」



 次の瞬間、かすみは3人の魔法少女目掛けて突進した。

 その行動に驚く3人。だが、それは彼女たちにとって自殺行為以外の何物でもなかった。

 同時に繰り出される攻撃。かすみは、それをあっさり流した。彼女の魔法だ。

 そして、真ん中にいたヒカルの心臓を折れてしまった槍で刺した。深々と刺さる鋒。

 悲鳴とも吐血とも取れない声が漏れる。

 溢れる鮮血に、かすみの手に伝わる暖かさ。心臓を貫かれたヒカルは、魔法少女とはいえ即死であり、数回痙攣した後動かなくなった。

 かすみは、それを乱暴に放り投げる。

 この時点で、かつてのかすみを知る人物なら、身の毛もよだつほどの恐怖を感じることとなる。それほど、かすみの表情は以前とはかけ離れたものとなっていた。


「こいつ、とうとうやりやがった!」


「ヒカルの仇!」


 仲間が殺されてからの連携プレー。その行動は見事なものだったが、逆にかすみを失望させる。

 仲間の死を悲しむより、敵を殺すことを考える。全ての要因が、戦いへと流れ着く。無様な生き方だと、かすみは笑った。


「とことん愚かだ。見損なったよ」


 ふっと、かすみの姿が消えた。新たに獲得した、かすみの魔術だ。

 突然のかすみの失踪に驚くクルミとユカリ。2人はキョロキョロと当たりを見渡した。

 彼女たちの失態は、あまりの唐突な出来事に、背中合わせで警戒することを怠ったことだ。

 逃げたのかと2人がそう思った矢先、ユカリの背後にかすみが現れる。


「ユカ――」


「お前の生命エネルギー(まりょく)頂くぞ」


「え――むぐッ! んんんー! んんー!」


 顎を砕くような勢いで、ユカリの口元を掴み、持ち上げる。

 そして、ユカリの腹にもう片方の手を突き刺した。

 苦痛にもがき苦しむユカリ。口や傷口から血が溢れ、足元の水たまりと混ざり合う。

 無抵抗なまま、ユカリの動きは徐々に弱々しくなっていった。やがて、体からは全ての力が抜け落ちる。

 かすみは、徐々に自分に力が湧いてくるのを感じた。魔力を吸収するとは、こういうものなのかと感じながら。

 魔法少女一人分の魔力を得たかすみは、実に力に溢れている。さっきまではいつ死んでもおかしくなかったが、今はしばらくは死なないだろうという自信があった。

 むしろ、負ける気すらしなかった。


「ユカリー!! ウツギ、てめぇ!!」


 クルミが激昂するのと同時、彼女の目の前に巨大な光の弾が現れる。

 真っ白な光の弾は、徐々に膨れ上がり、ひと1人を飲み込むような大きさにまでなった。


「喰らえ、特大魔力砲! 木っ端微塵になりやがれ!」


 クルミは、その大きな魔力砲を、自身の巨大ハンマーで叩き落とした。

 高速で落ちる魔力砲はまさに稲妻。地面に接触するとあたり一面が爆発した。


「どうだ、粉々――ヴッ!」


「真っ白な魔力で実に羨ましいよ。普通の魔法少女として死ねるのはもっと羨ましい」


 背後からの一撃で、クルミは心臓をえぐり取られた。

 噴水のように血が吹き出て、クルミは倒れ動かなくなった。

 魔法少女3人が血みどろで倒れ死んでいる。まさに惨劇と言わんばかりの舞台に、かすみは1人立ち空を見上げる。

 彼女は空を睨む。これは、世界に対する復讐だと。

 自分にこんな仕打ちをした、世界、魔法少女……そして、Nに対する逆襲だと。

 そんなかすみの姿を見る、人物が1人。


「フハ、フハ、フハ。これはこれは、珍しい事態に遭遇したものだ」




――*――*――*――




 怪しく、そして赤く煌めく月が世界を照らす。場所は、魔族《ボスティロ》たちの世界、紅月《ヘダルク》。

 その世界に巨大にそびえ立つ魔王城。その中を、かすみと九頭龍《ポレゾニア》の1人、アグリネットはゆっくりとした足取りで進む。


「さっきから驚くことばかりだ。殺しに来たと思った魔族《ボスティロ》から勧誘を受け、さらには、紅月《ヘダルク》にまで足を踏み入れるとは」


 それは、ついさっきのこと。

 魔法少女の遺体の近くで佇むかすみの目の前に、アグリネットが現れ「我輩とともに来い。歓迎する」と手を差し伸べられたのだ。

 今日だけで手を差し伸べられたのは2回目だ。かすみは、少し戸惑ってから、今度は手を握り返した。


「魔族《なかま》を引き入れるのは当たり前のことだ。まして、お前は既に成果を残している」


「成果……ね」


 それは、魔法少女をその手で殺めたこと。それがアグリネットにとって、仲間としての何よりの証だった。


「勧誘するからには、あの方に会わねばならない」


 そう言いながら、アグリネットは大きな扉の前で足を止めた。

 同じ城内でも、この扉の前だけ空気が違う。緊迫した、息苦しさのようなものがあった。

 アグリネットが慣れた様子で扉をノックすると、中から「入れ」と獣が唸るような低い声が聞こえた。

 ぞくりとするような、威圧的声。

 本能的に萎縮したかすみだが、それを表に出さないように、慎重にアグリネットに続く。


「ほぅ、そいつが」


「はい。元魔法少女で、今では完全に魔族《ボスティロ》化したモノです」


「葬られないのは珍しいな。ウツギ、よく聞く名だ。敵としての実力は確かだった」


 百獣の王のごとき眼光に、これまでの戦いを象徴するような傷の数々。

 かすみは身震いした。魔王という別次元の存在。敵として、魔法少女として出会わなくてよかったと、心の底から思うほどに恐怖した。


「して、ウツギ。貴様に問う」


「は、はい」


「貴様には2つの道がある。1つは、あくまで魔法少女として今ここで俺の首を取りに来ることだ」


「……」


「敵の親玉を討ち取れば、貴様は一躍ヒーローだ。誰もがお前を賞賛し、魔族《ボスティロ》化など些細な問題だとあしらってくれることだろう」


「それはそれは、魅力的なお話で」


「もう1つは、俺の下に付き、魔族《ボスティロ》として生きること。これは簡単だ。首を立てに振れば、それでいい」


 あくまで、自分を殺すのは不可能だと言っているように聞こえる。事実、その通りであろう。


「魔法少女とも戦うことになる。どうする? どちらも、貴様には厳しい選択か?」


 魔王がひと睨みする。それだけ、かすみは言葉をつまらせた。

 すると、アグリネットが横から助け舟を出すように助言した。


「お前が今、やりたいことを言えばそれでいい」


「やりたいこと……」


 数秒間の沈黙。今度は、恐怖から言葉が出ないわけではない。

 そして、考えた末、かすみは口を開いた。



「私は……私は、あの愚かな魔法少女どもを殺したい。自分たちがいかに無力で無意味で無様な存在か、知らしめてやりたい」



「……気に入った」


 魔王は一言、口角を釣り上げて告げた。

 さっきまであったピリピリとした空気が、ほんの少しだが和らぐ。

 魔王が、かすみを認め、受け入れたということなのだろう。


「ウツギ、貴様には新たな名と地位をやる」


「……?」


「ファルレッテ。この世界に咲く花の名だ。花言葉は『膨れ上がった狂気』だ」


「ファル……レッテ」


 新たに与えられた自分の名を、なぞるように口にする。


「それから、九頭龍《ポレゾニア》としての地位もくれてやる」


「……! 随分と、高待遇……ですね」


「お前は九頭龍《ポレゾニア》を葬るほどの実力者だ。当然と言えば当然だ。この世界に置いて、九頭龍《ポレゾニア》の位は、俺を除くと最高位。好きなように動くといい」


「……必死の思いで削った九頭龍《ポレゾニア》の席を、自分が埋めることになるとは、実に皮肉な話だ」


 かすみは、笑った。実におかしかった。今日一日で、自分の中身まで本当に別人へと生まれ変わってしまったかのように。

 それが、魔族《ボスティロ》化した影響なのかは分からない。だが、今更そんなことはどうだっていい。

 かすみは、魔王の前ですっと片膝を付いた。


「私を受け入れ、地位と名を与えてくれた魔王には感謝する。私は、この場で貴方に忠誠を誓おう」


「いい顔になったな。ようやく、魔族《ボスティロ》らしい表情だ」


「ついでにもう1つ。願いを聞いてはくれませんか」


「なんだ?」


「仮面を1つ、頂きたい」


 深々と頭を下げるかすみ。


「構わん。すぐに用意させよう」


 魔王がぱちんと指を鳴らすと、部屋の外にいたモノがそさくさと部屋に入り、用件だけ聞くと慌ただしく部屋から出て行った。

 かすみは、小さく感謝の言葉を口にする。


「フハフハフハ、その顔ではこの世界は過ごしにくいか? それとも、元仲間である魔法少女に正体を知られたくないからか?」


 からかうようなアグリネットの言葉。

 かすみは、それを「違う」とばっさり切り捨てた。

 お願いをしてから、そう時間は経っていないにもかかわらず、もう仮面を取りに行ったものが帰ってきた。

 真っ白な仮面を、かすみの前に差し出す。

 それを、そっと顔に付けた。


「今、この場で、人間・卯ノ花かすみ、魔法少女ウツギは完全に死んだ。私は、魔族《ボスティロ》、ファルレッテだ」


 仮面は決意の証。

 自分はもう人間でないという、意思表示でもあった。

 仮面の奥で、ギラリと光る瞳。その瞳に、かつてのかすみはもうどこにも残っていなかった。

次回更新は、3月19日(土)です。

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