38話「回避不可能」
「明斬優花、休憩に入りまーす」
そう言って、紫色の髪をしたツインテールの少女、明斬優花は文化祭の出し物でメイド喫茶を展開している教室からそっと抜け出た。
彼女の今の姿は、もちろんメイド服に包まれている。黒基調の上に純白のエプロン。程よいフリフリ加減と、流石は制服をフリフリ改造している夕陽丘ヒナタ監修の服だと改めて感心した。
(結局色々あって休憩はいるの遅れちゃったな。ヒナタちゃんどこにいるんだろう)
キョロキョロと辺りを見渡し、親友の姿を探す優花。だが、道行く雑踏の中にヒナタの姿はない。
さらに、もう一人注意して探さねばならない人物がいた。
(天音ちゃんも、どこに行ったんだろう)
突如として教室から消えた夏川天音。彼女の人柄をクラス全員がよく知っているからこそ、彼女が何も言わずにいなくなったことが不思議でならなかった。
保健室で寝込んでいるのではないだろうか、などの予測は誰もが考えつき、既に捜索済みである。無論、そこにもいなかったわけだ。
現在は、休憩中のクラスメイトが遊びの片手間で探している状態。天音を探すことだけに集中しているのは、下川くらいである。体育会系の部活で鍛えられた体力を遺憾なく発揮している。
そんなこともあり、優花はヒナタを探すついでに、天音のことも探しているのだ。
しかし、内部外部の人間が入り交じる文化祭の校舎。ランダムに視線を向けた先に、知っている者がいる確率はわりと低い。
「あれ? ヒナタちゃん携帯も出ないや」
十数回のコールの後、留守電へと切り替わる。機械的な音声が、メッセージのタイミングを知らせてきた。
「もしもし、ヒナタちゃん? 休憩入ったから、気付いたら電話して」
それだけを会話相手のいない電話に向かって喋ると、優花は携帯をしまう。闇雲に探すより、こっちのほうがよっぽど確実だ。
「さて……と。2人を探しつつ、私も文化祭を回ろうかな……むぅ、それにしても、1人か」
そう思うと、無性に寂しくなるのが人間だ。
本来ならば、一輝と共に回るはずだった文化祭。今この時点で、隣に彼の姿がないのが残念でならなかった。
しかし、いくら考えた所で一輝が隣に帰ってくるわけでもない。だから、今は精一杯目の前の事を楽しむのだ。
「切り替え切り替え」そう、自分に言い聞かせるように小さく呟く優花。
気持ちを落ち着かせるように息を吐き、目線を上げた時だった。
優花は、雑踏の中に一輝の姿を見た。
「え……?」
幻覚だと思った。
一輝に会いたいという己が望みが見せた、蜃気楼にも似た妄想の産物。似た誰かを、自分の都合のいいように一輝に重ねただけだと、そう思った。
だが、頭で妄想だと否定しても、体は勝手に反応し、走りだしていた。
「一輝……ッ!?」
人々の間を縫うように走り、髪の毛をなびかせるメイド服の少女。途中何度も、すれ違う人とぶつかり、謝る。
メイド服は実に走りにくい。特に今回ヒナタがまとめ上げた服は、見た目重視で運動ができるようには造られていなかった。
それでも優花は走る。勘違いなら勘違いでいい。ただ、その事実を確かめるまでは、気が気でないのだ。
辺りを見渡しながら階段を降りる。しかし、どんなに探してもやはり一輝は見つからない。
(やっぱり、気のせい……?)
肩で息をしながら、優花は廊下の真ん中で棒立ちする。遠くを見つめる瞳は、ただ哀愁が漂っていた。
戻ろう。そう諦めたような気持ちでキビを返した、その時だった。
廊下の真ん中に、影が1つ。
白の紙に黒の点を書いたように、優花からすると圧倒的存在感を放つ『それ』は、そこにいるのが当たり前のように立っている。
黒いマントに白い仮面。その不気味な姿は、廊下の真ん中に堂々と立っているにもかかわらず、誰もその存在を認識していない。文化祭の仮装だとさえ思われていないのだ。
その光景は、まさに異様そのもの。
優花は、その存在をまっすぐに見つめる。自分の表情が強張るのを感じた。
「ファルレッテ……」
「随分と、可愛らしい姿をしているじゃないか」
魔族……それも、九頭龍が堂々と学校の文化祭に顔を出す。想像どころか、そんな可能性すら頭に浮かばなかった。
突然の出来事に、優花はその場から動くことができない。
――ピクッ。
神城水樹と共に文化祭を回っていた織田ルミは、何かに気付いたように、ハッとした表情になる。
ルミが突然歩みを止めたことで、隣を歩いていた水樹はきょとんとしながらルミを見た。
「ルミちゃん?」
ルミは、その海の底のような深い青色の瞳で、遠くの方を見つめていた。その瞳がすっと細くなる。
「あの……ルミちゃ――うわっ!」
ルミは、何も言わずに水樹の手を引っ張り、再び歩き出す。ズンズンと進むルミは、水樹になんの説明もしない。
この小さい体のどこにこんな力があるのだろうと疑問に思うほど、水樹は抗えないままただ強制的に歩を進めるしかない。
水樹がどんなに説明を求めても、ルミは沈黙を貫く。やがて、2人の姿は階段の下へと消えていった。
そして、つい今までルミがいた階。
その同じ階に、神城美雪は生徒会の役員と一緒に文化祭の出し物を見て回っていた。ちょうど、ルミたちがいたところとは正反対に位置していたため、彼女たちの存在には美雪は気づかなかったのだ。
今、美雪たちは文化祭の最終チェックを行っていた。というのも、出し物に不備はないか、申請した内容に偽りはないか、といった軽い調査のようなものだ。
とはいえ、全クラスに部活での出し物も含めると相当な数にあたる。いま彼女たちがいる階は、校舎の3階であり、この学校における最上階だ。
あと、数クラス見るだけで、彼女たちの仕事は終わる。ちなみに、今のところ不備や偽り等の理由で活動停止処分を受けたクラスや部活は存在しない。
「うーん、やっぱりあのメイド喫茶は納得いかないんですけど」
副会長は、今だに首を傾げながらあの企画が通ったことへの疑問が拭い切れない。実際にその目で見たが、あれは想像以上だったらしい。
「そう? 服装の乱れもなかったし、価格設定も普通。健全で丁寧な接客と、特に気にする点はないと思うけど。メイド服も可愛かったし」
「う……ぐ。確かに、メイド服は可愛かったですけど……でもなんかこう……メイド喫茶って名前だけでいかがわしい感じが拭い切れないといいますか」
「そりゃ先入観だよ。もっと客観的に物事を見ないとダメだぞ副会長。君は少々頭が硬すぎる」
「会長はなんでもかんでも受け入れすぎなんですよっ」
彼女の言葉に、「まぁ、あんまり否定はできないかも」と曖昧に返す美雪。事実、ロリっ子生徒会長のチェックは甘いことで有名だ。あからさまな違反でなければ、彼女は見逃し、悪くて注意という程度だった。その代表が、夕陽丘ヒナタの改造制服であることは、この学校ではわりと有名なこと。
体は小さいのに器は大きいと影で囁かれているのを、副会長は耳にしたことがあった。
自分も、もっと色々受け入れなければならないのかなぁ、と悩む副会長。昔、美雪に「行き過ぎた息苦しさは、逆に違反を増やす」と言われたのを思い出した。
「ま、もっと柔らかい思考をだね」
「柔らかく……ですか」
「そうそう。物事は柔軟に受け入れて……ん?」
突如、美雪は足を止める。
「会長……?」
副会長を含め、その場にいた生徒会のメンバー全員が美雪が突然止まったことに首を傾げた。
しかし、当の美雪は、己の背後にいる生徒会役員のことなど微塵も気にしていない。彼女の視線は、ただまっすぐに廊下の奥へと伸びている。
普段の目ではない、鋭い眼光。横から美雪の顔をのぞき見た副会長は、その表情にゾッとした。
「会長……ど、どうしたんですか……怖い顔して」
副会長の言葉は、美雪に届いていない。
美雪の鋭い眼光は、やがて驚愕のものへと変わる。人々が歩く雑踏の中に、ありえないものを見たから。
チラホラと、見え隠れする『ソレ』は確実にこっちに近づいてきている。
美雪の表情が徐々に強張った。『ソレ』は武器を持ち、フラフラとした足取りで歩いてくる。誰も、それに気付かない。
赤いポニーテールをなびかせる彼女は、フリフリが沢山ついたセーラー服をモチーフにした衣装に包まれている。
(ヒナタ……? なんで……なんで変身している)
美雪達に近づくのは、魔法少女へと変身している夕陽丘ヒナタ。結界の効果で、周りの誰もがその存在を気にも留めない。
彼女には、その光景に強い違和感と言い様のない不安を感じた。
「……げて」
ヒナタの全身が視認出来る位置まで来た時、彼女の口が僅かに開いた。
わなわなと震えるヒナタの体は、ゆっくりと魔装戎具を振りかざす。それの意味が、美雪には理解できなかった。
「皆、逃げてッッッ!!!!」
次の瞬間、勢い良く振り下ろされるヒナタの魔装戎具。地面を錫杖で叩く音が響き渡ると同時に、魔法少女ヒナの魔法、豪飛雨沫が発動し、狭い廊下で四方八方に魔力砲を飛ばした。
「…………ッ!!?」
ヒナの放った魔力砲は、壁を壊し窓を割り、天井を崩壊させる。
美雪の反応も早かった。すぐさま変身し、その場にいた全員の目の前に魔力の壁を創る。街を守る魔法、遮雲断霧は、人も街の一部として認識して守ることが可能だ。だが、それは容易なことではない。
無論、フブキにも大きな負担がかかるし、何よりもマズイのは、守られている人は、守られている間動けない。人を街の一部と誤認させている副作用だ。
咄嗟の事で、彼女はその場にいた人を守ることしか出来なかった。建物を守る余裕がなかったが、幸か不幸か、建物の爆発によって周りにいる、フブキによって守られていない人間は悲鳴を上げながら避難を開始する。
悲鳴が響き渡る中、魔法少女フブキは新たな魔力砲を出現させるヒナを見た。
(違う……ヒナの意思じゃない……操られている……だけど、この威力は……)
第二波の攻撃を防ぎながら、フブキは険しい表情になる。相手が並の魔族なら付け入る隙はある。なんとか、守っている人々を逃がすことも可能だ。
だが、よりにもよって相手はヒナだ。彼女の連射の魔法である豪飛雨沫が相手では、そう簡単な話ではない。絶え間なく降り注ぐ魔力砲の雨から、人々を避難させる術をフブキは持っていないのだ。出来るのは、負傷しないようにその場で守ることだけ。
それに、ヒナタの攻撃を受けて分かったことがある。
(操っている張本人は分かっているとして……威力が前回とは桁違いだ。これは、ほぼ100%を引き出されている)
いつの日だったか、フブキは操られたヒナと戦ったことがある。その時にも彼女の攻撃を受けたが、それ故に、今の攻撃の威力がよく分かる。
「か……会長……何が……おこって……」
ようやく頭が現実に追いついた副会長は、フブキの後ろでうずくまったまま上を見上げた。
そして気付いた。今さっきまで目の前にいたはずの美雪が、認識し辛いということに。それは、奥のほうで攻撃を放っているヒナもそうだ。
焦点が定まらないように、副会長はフブキの全体を正しく認識できない。ただ、そこに何かがいるということだけ理解できた。
フブキは、背後にいる生徒会役員をちらりと見る。
(クソッ、場所とタイミングが最悪だ……ッ! こっちが圧倒的に不利。まともに攻めこむこともできない)
「アグリネットめ……ッ」
事の張本人の名を、忌々しく口にするフブキ。直接対決したことがないだけに、謎の多い九頭龍だ。
ヒナが操られている条件も、解除方法もまったく分からない。
「お願い……ヒナを止めて……」
「泣くな馬鹿……泣きたいのはこっちだよ」
「ヒナはどうなっても……いいから」
「……あぁ。体の無事は保証出来ないかもな……最悪の場合、殺してしまいかねない」
ギリっと奥歯を噛むフブキ。彼女の脳内では、最悪のケースとしてヒナを殺すシナリオが入っている。それだけ、フブキが追い詰められている状況だということだ。
味方であれば心強い魔法少女の力も、敵となってしまえばこの上なく厄介な魔族となんら変わらない。フブキは、魔力砲の嵐を凌ぎながらそう思った。
「なんだ?」
第4の魔法少女の足取りを掴むための調査中、普通の人間として街を闊歩していた織田一輝は、遠くの方で聞こえた爆発音に敏感に反応する。
暖かそうな服装に身を包む彼は、見晴らしのいい所まで足を運ぶ。そこで、かすかに黒い煙が上がっているのを見た。
「あれは……学校の方角か?」
そうなると、可能性は1つしかない。魔法少女と魔族の戦闘だ。
彼は、静かに魔王化する。髪は白く、瞳は赤くなり、纏う雰囲気もさっきとはまるで別人だ。黒いコートに身を包む彼は、直線上に存在する学校に意識を集中させた。
(複数の魔力を感じる……また、九頭龍が勝手に動き出したのか)
軽く舌打ちしたエフィナは、そこから屋根へと跳んだ。エフィナは学校へと向かう必要がある。
勝手に動いている九頭龍の目的もそうだが、事の顛末を知らねばならないのだ。
光の観測者を発動させ、一歩踏み出した、その時だった。
「おっと、ごめんね。ここから先に行かせるわけには行かないんだ。お兄ちゃん」
「……第4の魔法少女」
「ベガって言うの。ベガって呼んでねっ」
エフィナの目の前に現れたのは、メイド服をモチーフにしたような衣装を身にまとう、ピンク色の魔法少女だった。
ピンクの髪に深いピンクの瞳。目鼻立ちは幼く、中学生と言われればそれくらいのような気もする幼さだ。
無邪気な表情で、ベガはエフィナの行く手を阻む。
「ちょうどお前について調べていたところだ」
「へぇ、ならちょうどよかったね」
「それにしても、行かせるわけにはいかない……か。ベガよ、理由を問おう」
「知らなーい。ただ、お兄ちゃんは、文化祭には行かないんだよ」
「やはり何か知っているな?」
光の観測者で加速したエフィナは、ベガめがけて初魄漆桶で斬りかかる。だが、ベガは表情ひとつ変えずに避けた。
2撃、3撃と攻撃を加えるも、エフィナの手にはなんの手応えも感じない。ただただ、空を切る虚しい音が響くだけ。
「もうっ。すーぐ斬りかかってくる。せっかちなんだから」
「……大したものだ。この間の攻防はまぐれじゃないらしい」
「うっふっふ、まぁね。でも、今日は別にお兄ちゃんにいじわるしに来たわけじゃないんだよ?」
いたずらっ子のようにクスクスと笑うベガ。その何かを企んだような瞳が気になった。
「今日は、お兄ちゃんと雑談でもしようかと思ってきたんだよ」
「雑談?」
「うん。お兄ちゃんにとっても興味深い話だよ。知りたいでしょ?」
一呼吸置いて、ベガは1トーン低い声でエフィナに伝える。
「私達、魔法少女がなんなのかを」
エフィナの目が見開く。
それは、優花たちが魔法少女であることを知った時から気になっている疑問。当たり前のように変身する彼女たちだが、魔法少女という存在には謎が多すぎる。
目を細め、ふっと笑ったエフィナは初魄漆桶を腰に下げている鞘にしまった。
「いいだろう。その雑談、乗ってやる」
「そうこなくっちゃ」
ベガは、エフィナが立つ屋根のすぐ目の前の屋根までやってくる。エフィナの能力なら、コンマ何秒で首が落とせるような距離だ。だが、エフィナは試そうとも思わない。
なにより、エフィナが武器をしまったとはいえ、そんなところまで無邪気に跳んでくる彼女の絶対的な自信が、エフィナに攻撃の意思をなくさせた。
「それじゃぁ、話すよ。あ、いちいち斬りかかってこないでよね。話途切れるの嫌だから」
笑いながらそういうベガを観て、エフィナはその笑顔に既視感を覚えるのだった。
次回更新は、1月23日(土)です。




