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39話「勝負を焦る」

 爆発の音と悲鳴が聞こえてきたのは、ついさっきのことだ。

 ファルレッテと向き合う優花は、今だ変身をしていない。そんな2人の間を沢山の人が流れる水のように通り過ぎていく。


(他にも魔族《ボスティロ》が……)


 その考えに至るのに1秒もかからない。己の身内……仲間やクラスメイトに危機が迫っている、そう思うと優花は、半歩引いた。


「どこへ行く? 珍しいじゃないか、君が魔族《ボスティロ》を前に引くことを考えるなんて」


「……前に、貴方相手にそうしたことがあったはずよ」


「あぁ。だが、あの時は君はしぶしぶ引かされただけだ。それがどうだ。今回は自ら引くことを考えるなんて」


 おかしなモノを見るような目が、ファルレッテの仮面から覗く。その視線はメイド服の彼女にのみ注がれていた。

 優花は、半身で構えるものの、戦いは避けられないと悟る。逃げる隙がまるで見当たらない。


「仲間の身が危険かもしれないと思っただけよ」


「冗談はよせ。いつもの君なら、私を殺してから迎えばいいと考えるはずだ。君の魔族《ボスティロ》への異常なまでの執念は、ちょっとやそっとじゃ揺らがない」


「……えぇ、まったくだわ」


 自分で自分の行動に驚いている。

 魔族《ボスティロ》は殺せて当然。九頭龍《ポレゾニア》と言えど本気を出せば勝てない相手ではない。そんな考えは、前のフーリストとの戦いで揺らいだのは確かだ。

 だが、今彼女が抱いている気持ちはそんな怯えや警戒心ではない。

 言葉では言い表せないような、ゾワゾワとした不快感だ。


(何かしら……とってもやり辛い……こうして向き合ってるだけで、とても嫌な感じがする)


 それをファルレッテに勘付かれないように、優花はあくまで冷静にいつも通りを演じた。

 にらみ合いが続く。

 一向に動こうとしない2人だが、優花の方は、ようやく決心が付いたのか、魔法少女へと変身した。険しい表情に溢れる殺気。魔法少女ナデシコは、静かに初魄漆桶《しょはくしっつう》を抜いた。


「さて、お望みの殺し合いだ。手加減はせんぞ」


「えぇ、こっちも全力で貴方の命を刈り取るわ」


 ゆっくりと構えるファルレッテとナデシコ。いつの間にか、周りにはもう誰もいなくなっていた。無人の廊下でお互いタイミングを見計らう。

 大体の人の避難は完了している。だが、まだ近くにはいた。

 故に、周りに多大な被害が出る彼女の切り札、蹂躙する白き光《ヴァイスアーグレッソア》は今は使えないということだ。


(いえ……こいつはあくまで普通の魔族《ボスティロ》。最高速度《シャルヴェレ》で倒せる)


 ぐっと踏み込んだナデシコは、閃雷光鳴《せんらいこうめい》を発動させファルレッテに斬りかかった。

 初速では間違いなく対応される。それは、前回の戦いでも明らかだった。

 案の定、彼女の攻撃がファルレッテに当たることはない。

 無数に繰り出される斬撃。ファルレッテは、その全てを叩き落としていた。


「分かってはいたけれど、まるで手応えがないわね」


「あぁ、相変わらずスロースターターな魔法だ。よくこれで生き残ってきたものだ……よっ!」


「……ッ!? 第2速(ツヴァイ)ッ!」


 カウンターで繰り出された攻撃を、ナデシコはギアを1つ上げて跳び上がり、天井を蹴って距離を取るように下がる。

 今までよく見えなかったファルレッテの武器が、ようやく顕になった。

 ファルレッテの武器は、折れた槍。切っ先は錆びて苔が生えているような印象を受ける。長さも中途半端で、とても槍としての使い方が出来そうになかった。

 彼女は、そんな武器を軽やかに振り回す。リーチが短くなっている分、小回りがきいた。


「……随分とボロボロで貧相な武器」


「コイツか? そうだな、随分とボロボロになったものだ。手入れなんてしてないからな……これまで殺してきた魔法少女の血がベットリと付いたままで随分と汚れているよ」


(この眼! まただ……胸の奥から言いようのない気持ちがこみ上げてくる……)


 ナデシコにはその気持ちの正体が分からない。ただ1つ分かるのは、勝負を長引かせてはいけないということだけ。


「貴方みたいな魔族《ボスティロ》はこの世界の害虫も同然。早急に駆除するわ」


 ナデシコは、壁や天井をランダムに飛び回る。

 まさに小細工とばかりに、ファルレッテは失笑した。

 フェイントを入れつつ、ファルレッテを中心に飛び回るナデシコ。そして、ファルレッテの背後から跳びかかった。


「分かりきったこ……ッ!?」


 防御に成功したファルレッテの体は、窓ガラスを突き破って外へと投げ出される。

 ナデシコの手には、いつの間にかもう一つの武器であり、今となっては師匠との思い出の武器となった槍が握られていた。彼女は、それを斬るためではなく、吹き飛ばすためにフルスイングした。

 追い打ちをかけるようにナデシコも校舎から飛び出し、ファルレッテを空へと蹴り上げる。その反動で、自分は地面へと素早く着地した。


「そういうことか……ッ」


 宙を浮かぶファルレッテの視線の先では、ナデシコが初魄漆桶《しょはくしっつう》を1つの弓にしているのが見える。そして感じる高密度で膨大な魔力。

 蹂躙する白き光《ヴァイスアーグレッソア》。今まさに、ナデシコは必殺の一撃を放とうとしていた。

 空へと放つなら、辺りに甚大な被害を出すこの技も心配はいらない。

 まして、いかに素早い攻撃を捌けるファルレッテとはいえ、これを捌けはしないだろうとナデシコは予想する。


(この胸のザワつきが何か分からないけど……こいつは早く殺さなきゃいけない気がする……ッ!)


 謎の焦燥感に煽られ、彼女は勝負を焦るように弓から手を離した。


「蹂躙する白き光《ヴァイスアーグレッソア》ッ!!」


 繰り出される魔力の塊。白い光は徐々に彼女の視界に広がっていく。

 それは、確実にファルレッテに命中した。ナデシコには、そう見えた。








「今から100年前、世界に大きな穴が空いた。当時の魔王、ガイリ・ヘダルク・ベルゼクラデュレスが開けた世界を繋げる穴。そこから、魔族《ボスティロ》は侵入してくる。ここまではいいね?」


 第4の魔法少女ベガは、何も知らない子供に教えるようにエフィナに話しかける。無論、エフィナはそんなことは知っている。

 それが表情に出ていたのか、ベガはクスリと笑って続きを話した。


「じゃぁ、同じく100年前。この世界の美しさに心を奪われた、魔王の右腕と称された九頭龍《ポレゾニア》が裏切って人間側に付いたのは知ってる?」


「無論だ。もっとも、俺はそいつとの面識はないがな。せいぜい話に聞いた程度だ。紅月《ヘダルク》ナンバー2が裏切り、複数の部下を連れて人間界《ディオス》へと寝返ったと」


 エフィナが話に聞くまでもなく、それは最初から違和感として存在していた。

 それは、九頭龍と呼ばれながらも、エフィナが小さき頃より、九頭龍《ポレゾニア》が9人にな(・・・・)ったことがない(・・・・・・・)からだ。

 減ることはあった。入れ替わることも稀にある。だが、決して8人より多くはならない。原因は、その裏切りの九頭龍《ポレゾニア》。

 つまるところ、そいつの抜けた穴を埋めるほどの実力者が現れなかったということなのだろう。あるいは、元魔王ガイリなりの執着なのか。それは誰にも分からない。


「じゃぁ、ここで問題。人間側に寝返ったのはいいけど、こちらでは活動時間が極端に限られる。また、人間を襲って魔力の供給をするわけにもいかない。そこで彼らが取った行動は?」


「なるほど、そこで魔法少女誕生というわけか」


「そう。彼らはこの世界で力を使わず温存するために協力者を得た。それが、戦闘代行者……後《のち》の魔法少女だよ。昔は男の子もいたらしいんだけど、魔力の扱いが総じて女の子が上手だったために、主に女の子が選ばれるようになった」


 主に女が選ばれたのは、他にも理由がある。

 それは、魔力の扱いが上手くなるには小さい時より魔力に触れるのが望ましい。故に、精神年齢の成長が比較的早い女性のほうが、幼少よりの訓練に向いていたのだ。

 また、魔法の発現率が、女の子のほうが高いという統計的なデータも存在する。

 それがいつしか女の子だけの集団となり、呼び方が魔法少女となったのだ。


「そういうわけで、魔法少女はこの世に存在をし始めたの」


「待て。肝心なことが分かっていない。そいつらは、どうやって人間を魔法少女にした」


「……簡単な話だよ。武器を渡した。ただそれだけ」


「何……?」


 怪訝そうな表情をするエフィナを前に、ベガはゆっくりと自分の魔装戎具《まそうじゅぐ》を取り出した。

 日本刀そのものであるような、ベガの魔装戎具《まそうじゅぐ》。



「これは元々、魔族《ボスティロ》が持ってる武器なんだよ」



 ベガの言葉に、エフィナは目を丸くする。


「魔族《ボスティロ》の武器を、私達が使えるように若干の改造を施したのが、私達が言う魔装戎具《まそうじゅぐ》。逆に言えば、魔族《ボスティロ》を倒して武器を回収すると、魔法少女が1人増やせる計算になる」


「さながら、チェスのようだな」



「それからもう一つ。魔法の発現には、大きな絶望や後悔が欠かせないの。深い心の闇と魔装戎具《まそうじゅぐ》が反応して、初めて魔法となる」



 エフィナの眉がピクリと動く。

 それは、前にヒナタに聞いた話でも出てきていたことだ。後悔が魔法になったと、ヒナタは言っていた。

 大勢の敵に友達を殺されたヒナタは、その大勢の敵を1人で相手にできるような魔法を手に入れた。それが豪飛雨沫《ごうひうばつ》。

 同じ村の人達を殺され、住む場所を崩壊させられ、帰る場所を失ってしまった美雪は、帰る場所……街を守れる魔法を手に入れた。それが遮雲断霧《しゃうんだんむ》。


「その要領で敵を倒して仲間を増やした魔法少女は、もはや組織といってもいいくらいに増えたの。その指揮をとっていたのは、Nという人物」


「N……」


「まぁ、Nの話は置いておいて。最初の頃は大変だったらしいよ。魔法少女の力を悪用しようとする連中が現れたり、一般人に正体がバレて家まで被害にあったりとか」


「……? 結界があるのではなかったのか?」


 その言葉に、きょとんとした表情をしたベガは、少し考えてクスリと笑った。

 当たり前すぎて質問されるとも思っていなかったようだ。まるで一般常識を質問されたように、ベガは答える。


「実はね、魔法少女たちの認識レベルを下げる結界が開発されたのは、わりとつい最近なの。そうだね、今から19年前くらいかな? だから、昔は魔法少女は結構人々に認識されてたんだよ。噂程度にしか広がらないのは組織のおかげだけどね」


「ほぅ。変身して名前を変えるのは昔の名残だと聞いていたが、よもや初期の頃は結界がなかったとはな」


「うん。何もしない世代から結界の世代までは、髪の色を変えたりだとか、そういうことでやり過ごしてたんだけどね。わりと、そのやり方が一番長かったんだよ」


「お前も、髪を色を変えているのか?」


「……さぁ。でも、その頃が一番魔力の使い方が多種多様だったなぁ。今じゃ失われた技術なんだけどね」


 まるでその場にいたかのような発言に、エフィナの眼光は鋭くなる。

 魔法少女という存在も謎だが、いま眼の前にいるベガという第4の魔法少女も充分謎だった。


「さて、それじゃそろそろ前置きはこの辺にして……本題《・・》と、いきますか」


「本題?」


「そう、本題。私達、魔法少女が、なんなのか(・・・・・)という話の本題だよ」


 その言葉を口にするベガの表情が少し曇る。その変化をエフィナは感じ取っていたが、彼女がどんな心境なのかは知る由もない。

 エフィナは、ベガが次に口を開くのを待った。









 豪飛雨沫《ごうひうばつ》の弾丸の雨から必死に周りの人と自分を守るフブキ。

 まさに豪雨のような攻撃に、まともに動くことすら許されない。


「フハフハフハ、苦戦しているようだな」


「アグリネットッ!」


 ヒナの後ろに堂々と姿を表した九頭龍《ポレゾニア》に、怒りの視線を送る。この状況の全ての元凶。それがすぐ近くにいた。

 今すぐにでも首をハネてやりたい気分だったが、フブキには今それが出来ない。それどころか、今じゃ指先ひとつ動かすにも一苦労だ。

 アグリネット目掛けてかろうじて投げた刀も、ヒナの創りだした魔力砲の壁に弾き飛ばされてしまう。


「答えろ! ヒナに何をした! 何故ヒナばかりを狙う!」


「フハ、フハ、フハ。簡単な話だ。お前ら3人の中で、もっとも浸け込みやすいからに決まっているだろう。敵を操って味方同士で争わせる。それが我輩の戦い(やり)方だからな」


「屑がッ!」


「愉快愉快。普段なら心強い味方も敵になれば一転、これ以上ない強敵になる。昔から変わらない有効な手段だ」


 ヒナの後ろに愉快そうに笑うアグリネット。彼自身の戦闘能力が不明なだけに、フブキも一か八かの攻撃に移ることが出来ない。

 事態は想像以上に深刻だ。

 フブキの回りには、フブキの魔法によって守られていてはいるが、逃げ出すことの出来ない人たち。

 3人しかいない魔法少女の1人は敵に操られ、今でも攻撃の手を休めない。

 そして、その後ろには紅月《ヘダルク》において魔王の次に強い9人の魔族《ボスティロ》である九頭龍《ポレゾニア》の1人、アグリネットが控えている。


(絶望的だな……ヒナが実は操られていないなんて事に期待したいが、あの様子じゃどうにもそれはなさそうだ)


 敵の隙をつくために、操られた演技をする。そんな逆転劇を想像するも、ありえないと否定した。

 ヒナの表情は、悲しみで強張り、徐々に疲れも現れてきている。


「殺すしかないか……ヒナを」


 このままジリジリと防戦一方では勝ち目がない。それはフブキにも嫌というほど分かった。

 隙をついて、奇襲をかけることは不可能ではない。ただ、問題はその後だ。

 上手く気絶させるだけで済めばいいのだが、相手の能力の詳細が分からない以上、気絶しても動く可能性がある。

 それに、気絶させようと思ったらある程度の加減をしなければならない。それだけの余裕が自分にはないのではないか、という考えだ。

 殺す気で奇襲をかけて、死ななければラッキー。フブキには、そんなリスクの高い選択肢しか頭に浮かばなかった。


(優花がくれば、また違うんだが、これだけ時間が経っても来ないことを考えると優花も戦闘中ということか。それも、あの優花がすぐに片付けれられない事を考えて、相手は九頭龍《ポレゾニア》か)


 思わずため息が漏れる。


「街を……帰る場所を守るためだ。悪く思うな、ヒナ」


 覚悟を決めたように、フブキは拳を握りしめた。

 そんなフブキの様子を見て、アグリネットはクスクスと笑う。


「強がりだな。今までの魔法少女よりは決断が早かったが、それでもそう簡単に割り切れるものじゃない。そう思わないか、魔法少女ヒナよ。あいつは、お前を殺せると思うか?」


「……ッ」


「そう睨むな。そもそもお前が我輩の手中に落ちなければ、こんな状況にはならなかったのだ」


「……」


「我輩の魔術、ローンパラディス。人の心の闇……後ろめたさや利己的な欲望に浸けこみ、対象を操る魔術。本来なら、最強とうたわれる魔法少女ナデシコを操りたいところだったのだがな」


 ヒナは、ナデシコが操られ、敵となった時のことを想像してゾッとした。

 そんなのどうしようもない。勝てる気すらしなかった。


「だが、魔法少女ナデシコも魔法少女フブキも、なかなか付け入る隙がなくてな。そこでお前に白羽の矢が立ったのだ。まぁもともと、お前の魔法、豪飛雨沫《ごうひうばつ》は欲しい(・・・)と思っていた能力だ」


「……」


 一対多数を得意とする彼女の魔法は、多数を相手にする能力においては優花をも上回る。

 それだけの火力を1人の相手に向けると、それはまさに嵐のような猛攻撃だ。敵になると厄介なのは、今まさに現状がその通りであった。


「さて、そろそろ一気に畳み掛けるとするか。あの魔法少女ナデシコに来られると厄介だからな」


 アグリネットがそんなことを呟いた時、窓の外で大きな光が空へと駆けた。

 高密度で高出力な魔力の通過で、窓は震え、突然の光は例外なく全員の視線を集めた。ヒナは、それが優花のものであると気づくのに時間がかかる。

 フブキも気付くのに僅かな時間を要した。だが、そんなのは関係ない。隙が生まれたと同時に、彼女は行動を開始していた。コンマ数秒の隙を見逃すフブキではない。


 突如として爆破するヒナタの足場。突然の足場の崩れによりヒナは体勢を崩す。豪飛雨沫《ごうひうばつ》による連射も一瞬の隙を見せた。

 それをチャンスとばかりに、フブキはヒナ目掛けて踏み込んだ。

次回更新は、2月6日(土)です。

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