第四回 仕事を移動させる仕事
経験者を異動させ、未経験者を迎えることになった現場。
円滑な移行のために、引継ぎ資料は四十七個作られることになった。
その後、五十三個に増えた。
資料は増えた。会議も増えた。残業も増えた。
ただひとつ、増えなかったものがある。
仕事を理解する人間である。
誰も仕事をしていなかった。
全員、仕事を移動させる仕事をしていた。
円滑な移行のため、現場では四十七個の引継ぎ資料を作ることになった。一資料あたり平均二十ページ。作るのは、異動する人たちだった。異動先の仕事を始めながら、元の仕事を引き継ぐ。受け取る側は、新しい組織のキックオフに出ながら資料を読む。
仕事を移動させる仕事は、忙しさだけは本物の仕事とまったく同じだった。むしろ本物より忙しかった。本物の仕事には終わりがあるが、移動には終わりがない。着いた先で、次の移動が始まるからだ。
田村は十四個目の資料を作っていた。
「なあ」
と田村が言った。
「『月末はA画面が重くなるので注意』って書いたんだけどさ。これ読んで、注意できると思うか」
「思わない」
「だよな。俺だって最初の一年は注意できなかった。二年目に一回やらかして、三年目にやっと、重くなる三日前の兆候が分かるようになった」
「その兆候、書けるか」
「書けない。画面の反応が、なんか、粘るんだよ」
「粘る」
「粘るとしか言えない」
野中郁次郎なら、これを暗黙知と呼ぶ。言葉にできる知識——形式知——は、知識の氷山の一角にすぎない。「粘る」が分かる感覚は、文書では移転できない。一緒に働き、同じ画面を見て、同じ月末を越える。共同化。それしか経路がない。
四十七個の資料は、つまり、暗黙知の墓標だった。
一基二十ページの、立派な墓標である。
墓標の数は、その後の部長会議で五十三に増えた。増えた六基のうち一基は「引継ぎ資料の作成手順に関する引継ぎ資料」だった。墓標の建て方を刻んだ墓標である。
そのころ、若手の矢口が妙なことをしていた。
入社二年目。議事録の速さと正確さで、すでに社内に名を知られた男である。彼の議事録は、発言者の沈黙の長さまで再現すると言われていた。
その矢口が、業務の合間に何かの表を作っていた。
「何それ」
「引継ぎの工数です。資料の数と、ページ数と、作成時間と、読む時間と、それでも伝わらなくて質問対応する時間。全部つけてます」
「誰かに頼まれた?」
「いえ。議事録係の習性です。数えられるものが目の前にあると、数えてしまうんです」
「合計、今いくら」
矢口は画面を私に向けた。
時給換算で、すでに小さな家が一軒建つ金額だった。しかも立ち上がり半年分の生産性低下は、まだ含まれていなかった。
「これ、KPIにしたら面白いですよね」
と矢口は言った。
「引継ぎ資料の完成数が今、移行の進捗KPIなんですよ。だからみんな、伝わるかどうかじゃなくて、数を揃えにいってる」
指標が目的になった瞬間、指標は指標として死ぬ。グッドハートの法則である。資料の数を測った瞬間、資料は「伝えるためのもの」から「数えられるためのもの」に変わった。
「その表、消すなよ」
「消しません。数えたものを消すのは、議事録係の倫理に反します」
倫理の置き場所が変な男だった。
だが、後にこの表が会社を動かすことになる。
そのときの私は、まだ知らなかった。
知っていたのは、翌日の部長会議の議題と、自分の中のネジが、二十年ものだということだけだった。
【本章の経営学】SECIモデル(野中・竹内)とグッドハートの法則
熟練の核は言語化できない暗黙知であり、その移転経路は文書ではなく「共同化」=並走の時間である。また、測定値が目標になると測定値は歪む。「引継ぎ資料の完成数」を進捗指標にした組織は、知識移転ではなく墓標建立の進捗を測っている。




