カミングアウト
ダンジョンを出たみくちゃんは、帽子と眼鏡をつけて軽く変装し、そのまま歩いていく。
引っ張られたままの手の温かさにドキドキしながら、俺は置いていかれないようにその背中を追いかけた。
やがて着いたのは一軒の焼き肉屋だった。
個室に案内されて座ると、みくちゃんは帽子と眼鏡をはずした。
ここまでずっとみくちゃんは無言だった。何か怒らせてしまったのかと、ちょっと怖い。
「あの……みくちゃん?」
「ちゃん?」
ただ返されただけでびくついてしまった。
「あっ、えっあの、すいません……」
「ち、違うんです!さっきまでさん付けだったから、ちょっとびっくりしただけで……」
まずい。どんどん空気がおかしくなってきている。いっそファンであることは打ち明けておいた方がいいかも知れない。
「実は俺、みくちゃんを推してて!グッズもめっちゃ買ってるし、メテローラの剣だって持ってるんです。さっきまでは配信中だったからファンのノリだと絡みづらいと思ってああしてたんですけど……」
「……なるほど」
みくちゃんは何か考え込んでいる。
「みくちゃんと話したことは絶対に漏らしません!だから、俺に何か言いたい事があるなら何でも言ってください。苦情でもなんでも聞きます!」
「……苦情ってわけじゃないんです。実は今ちょっと悩んでて……」
「悩み……何を悩んでるか聞いてもいいですか?」
ここで個室の扉がノックされた。俺が頼んだウーロン茶と、みくちゃんが頼んだオレンジジュースが届けられた。
飲み物を置いて店員さんが出て行ったのを確認して、みくちゃんはストローを指で弄びながら語り始めた。
「私って40層到達が目前じゃないですか。皆もう到達は決まってるみたいに言ってて……でも、39層にはボスがいるんです。あれに勝てるビジョンが見えなくて……」
39層のボス……配信で観たことがある。確かグレーターミノタウルスだ。
「配信者のコラボパーティが戦っていたのを参考に考えてたんですけど、あれにソロで挑むのが、正直怖いんです」
みくちゃんが怖いって……。いや、違う。みくちゃんだって人間だ。勝てるかわからないボスモンスターと戦うのは、誰だって怖い。
「ダンジョンって低層から中層の途中までは、基本的に優しいじゃないですか。悪くてもちょっとした怪我で済むように配慮されてるっていうか……」
「確かにそういう作為は感じますね」
これは誰でも知っている。ダンジョンは優しく作られている。最初の内は。
「でも、30層を超えてくると、ちゃんと死ぬ危険があるようになってるんです。配信中ではそういうそぶりは見せませんけど、危ない場面は何度もあったんです」
確かに危ない場面は何度かあった。でも、みくちゃんは平気な顔をして乗り越えてた……ように見えた。俺はみくちゃんの内心まで考えていなかった……。
「39層のボスはミスすれば死ぬ。そういう考えが頭から離れなくて……」
「なるほど……」
真剣な話をしている俺の横では、ミディアは黙々と肉を焼いて食っている。髪の毛に肉が吸い込まれていくのがシュールだ。
「でも、皆はもう私が勝ったような感じで言ってくる……シュウさんが初めてだったんです。40層のことで何かあるのかって気付いてくれたのは……それで、シュウさんになら話してみてもいいかなって」
みくちゃんの悩みはわかった。解決策はいくつかある。あるけど、その内の一つは配信者的にはどうなんだって手段だから、みくちゃん的にはアウトかも知れない。
「一応聞いてみますけど、ロケハンとかはありですか?俺とミディアを連れて39層に一度行って、3人で倒してみて感覚を掴むっていうのは」
「絶対にダメです!初見の反応を皆楽しみにしてくれてるんです」
「ですよねえ」
やはりトップ配信者なだけある。みくちゃんは初見撃破に拘りたいようだ。
それなら俺が言えるのは、勇者と同じスキルを持っていることを踏まえてのアドバイスくらいだろう。
「みくちゃん。みくちゃんが持っているスキルは光属性付与ですよね?」
「……はい」
今の間はなんだろう。少し動揺したようにも見えたが、とりあえず今はアドバイスが先だ。
「光属性付与は勇者のスキル。大事なのは気持ちの強さなんだ。絶対に諦めない、絶対に負けないっていう気持ちが強ければ強いほど効果が上がる」
「勇者のスキル……気持ちの強さ」
「周りは勝手にみくちゃんの気持ちも知らずに40層到達は決まったものだと思ってる。俺もさっきまでそう思ってた。でも、それはみくちゃんなら絶対に勝てるって信じてるからなんだ」
「……」
「皆の応援を力に変えるんだ。絶対にやれるって信じれば、どんな強い相手にだって負けない」
「詳しいんですね……それに勇者って」
「いや、えっと俺は元々視聴者だったからさ。配信で観てて気付いたことを言っただけで!」
アドバイスすることしか考えてなくて苦しい言い訳になってしまった。でも、勇者の本当の強さが想いの強さだっていうのは本当だ。同じスキルを持ったみくちゃんの強さも、きっと同じはずだ。
「誰にも言ったことなかったのに、シュウさんは気付いたんですね。私の本当のスキルが『勇者』だって」
「え?」
「変ですよね。職業名みたいなスキルで」
みくちゃんのスキルが……勇者?
ミディアも勇者の単語に反応して食べるのを中断してこっちを見ている。
「魔王様。ここは魔王様も打ち明ける場面かと」
ミディアの言う通りかも知れない。
「みくちゃん。俺のスキルも職業名みたいなやつなんだ」
「シュウさんも?」
「……俺のスキルは『魔王』なんだ」
「えっ?」
「別に悪い事しようとかって考えたことはないんだけど……前に異世界に召喚されて魔王役をやらされたことがあって、その名残りっていうか……」
俺のカミングアウトにみくちゃんは絶句している。ストローをいじる指もピタっと止まった。
「っていうことは……、本物の魔王だったってことですか?!そんなこと、現実に起こるんですか?」
「俺も自分に起こるまではそう思ってたんだけど――」
すっかり敬語も忘れ、俺は自分に起こったことを全てみくちゃんに話した。異世界に召喚されて『やられ役』として魔王にされた事、勇者に討たれて日本に帰還したこと。全部話した。
「そんなことが……それでスキル鑑定をしたら魔王だったと。ロールプレイじゃなかったんですね……」
「そんな感じ。だから、勇者には詳しいんだ」
「想いの強さ……」
「そう。勇者ってのは人々の想いを力に変えて戦う。みくちゃんは配信を通じてファンの想いを力に変えればいいと思う」
「……」
みくちゃんは俺の目をじっと見ている。
「俺も応援してる。俺はまだまだ初心者だけど、必ず追いついてみせる。その時は今日みたいな突発じゃなくて、きちんとコラボして一緒に深層で狩りをしよう」
俺も目をそらさずに、必ず追いつくと宣言した。
「わかりました。その時は勇者と魔王パーティで暴れましょう!」
みくちゃんの顔に笑顔が戻った。良かった……。
「え?待って。ロールプレイじゃなかったってことは、ミディアさんは?」
「俺が魔王だった頃の配下の一人」
「神が魔王様へのプレゼントで送ってくれたんです!」
ミディアが胸を張る。
「すごい……ほんとにそんな話が現実にあるんですね……」
「みくちゃんと会う前にミディアの顔を公開したら、すごい反響だったんだ」
「え……私もみてみたい!ミディアさんさっきから髪の中にお肉が吸い込まれていくから気になってたんです!」
器用というか……肉が髪に吸い込まれて消えるという謎の食べ方をしているのが、俺も気になってしょうがなかった。
「ええ……」
ミディアはめんどくさそうにしながらも、前髪をどけた。
「えええええ!?すっごい美人じゃないですか!何で隠してるの!?」
俺も同じ感想なんだけど……。
「無頓着というか、めんどくさいらしい」
「髪型なんてどうでもいいじゃないですかー」
「ダメですよ!見せなきゃダメ!これは損失ですよ損失!」
それからみくちゃんは、ミディアが顔を隠しているのが配信者としてどれほどの損失になるのかを、懇々と力説してくれた。
「――というわけで、シュウさんは必ずミディアさんを美容室に連れていく事!わかりましたか?」
「お、おう」
それはもうすごい剣幕だったので、俺とミディアは押されっぱなしだった。
焼き肉屋を出ると、みくちゃんはまた帽子と眼鏡を装着した。
「今日はありがとうございました。絶対に39層を突破して、40層に到達します!観ててください」
「うん。絶対に応援するから、頑張って」
「勇者と魔王ですし、またご飯食べたり一緒に狩りしたりしましょう。連絡先を交換しておきましょう」
なんと、俺はみくちゃんと連絡先を交換してしまった。チャットアプリの方も交換した。これで話そうと思えばいつでも話せる。俺はこの後死ぬのかも知れない。
「それじゃ。今日はありがとうございました!」
手を振って帰って行くみくちゃんを見送る。
「魔王様。勇者もいましたね」
「そうだなあ。雰囲気が似てるとは思ったけど……ほんとに勇者だったとは」
「敵対はしなさそうで良かったですね」
「みくちゃんと敵対するくらいなら俺は自害するぞ。絶対にあり得ない」
みくちゃんと敵対なんて考えただけで気分が悪くなる。
「とりあえず。明日にでも美容室の予約とらないとな」
ミディアは乗り気じゃなさそうだが……今も遠巻きにちらちらと見られている。
日本で暮らすなら、ジャパニーズホラーの幽霊のままってわけにはいかない。
ポリシーがあってそうしてるなら無理にとは言わないんだけど……。
タクシーで帰ろうと思ったが、ミディアを見た運転手に乗車拒否された。
こう言う事があるからなあ……。
俺は仕方なく、ミディアと並んで歩いて帰ったのだった。
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