とある勇者の憂鬱(三人称視点)
王城に与えられた自室で、勇者ナギサは悩んでいた。
魔王が討伐されて、一年。
モンスターも弱体化し、世界はすっかり平和を取り戻した。人々は偉業を成し遂げた勇者を称え、日常を謳歌している。
ではなぜナギサは悩んでいるのか。
「あの魔王……本当に悪い奴だったのかしら?」
魔王役であったシュウは練習に練習を重ねた。しかし、やはり素人の演技では迫真とはいかず、怯えの色が濃く出てしまっていた。それをナギサは敏感に感じ取っていたのだ。
最終決戦こそ使命感から死闘となったが、今思えば話し合いでも解決できそうなほど弱気な魔王だったように思えてしまう。
「なんか、セリフも噛んでたし……」
あの瞬間空気が凍りついたのを今でもよく覚えている。
そうした諸々を思い返すと、やはりあの魔王は悪い奴ではなかったような気がして仕方がなかった。
「何を悩んでおるのかのう」
ふと、ナギサの背後から声がかけられた。
「誰!?」
驚き振り返ったナギサの視界に人の形をした白い影が飛び込んでくる。
全身まっしろで、顔の口にあたる部分だけが三日月にくり抜かれている、なんとも不気味な存在だった。
「神様……?」
ナギサは以前にもこの影に会ったことがある。
この世界に召喚された時に、この存在は自らを神と名乗ったのだ。
「うむうむ。久しぶりじゃのう。元気そうでなによりじゃ」
ゆらゆらと揺れる影は、老人のような口調で再会を喜ぶ。
「いきなりどうしたんですか?魔王はもう倒しましたけど……」
ナギサは神がここに現れた理由を問う。
「お主が思い悩んでおったからのう。魔王討伐を成し遂げたご褒美に、悩みの種を取り除いてやろうかと思ってな」
三日月の形をした口がわずかに傾く。笑顔を作っているつもりのようだ。
「魔王のことを……教えてくれるんですか?」
「うむ。と言っても、世の中知らない方が楽な話というのもある。それでも聞きたいか?」
これでは、何か良くない話だと言っているようなものだ。だが、それでも――。
「それでも聞きたいです。考えてみれば、私は魔王のことを『倒すべき敵』としてしか知らなかった。邪悪な存在だから討伐しろと言われて、それに従っただけだった……。教えてください。魔王って、一体何なんですか?」
「ふむ。よかろう。といっても簡単な話じゃ。魔王はお主と同じじゃ」
「私と、同じ?どういう……」
「魔王もお主と同様、異世界から召喚された者だった、ということじゃ」
「えっ……?」
明かされた事実を消化しきれないナギサに向かって、神はさらに事実を突きつけていく。
「勇者と魔王は、対の存在として定義してしまったのでな。勇者を召喚するには、魔王も召喚せねばならんのじゃ」
「じゃ、じゃあ……私が倒した、あの魔王も……」
「そうじゃ。元はただの一般人じゃよ」
「そんな……」
「昔は召喚した魔王に侵略も任せておったんじゃが、あまりにも消極的すぎてのう。だからシステムを調整して、侵略は配下に任せ、魔王はお飾りにしたのじゃ。今となっては、魔王はただ最後に討たれるためだけの存在じゃな」
「それじゃあ、私が殺したのは……」
「お主が討ち滅ぼしたあやつは、毎日一生懸命練習しておったのう。精一杯魔王らしく振舞う演技の練習をな」
神は大したことでもないかのように淡々と事実を告げる。ナギサは放心し、次の言葉が出てこない。
「だから言ったじゃろう。知らない方が楽なこともある、とな」
ショックに打ちのめされているナギサに声をかける神の口角は、はっきりと上がっていた。
「なんで……なんで、こんなことをさせてるんですか……ッ!?」
異世界から一般人を召喚し、勇者と魔王として殺し合わせる。こんなことをする意味がナギサには理解できなかった。
「色々事情はある。世界の外からエネルギーを取り入れるためであったり、光と闇のバランス調整のためであったりとな。じゃがまあ、まとめてしまえばこの世界が『失敗作』だから――これに尽きるのう。色々と欠陥だらけなんじゃ」
「創ってしまったからには管理せにゃならんのが面倒でのう」などと神は笑いながら言った。
その様子を見て、ナギサには目の前の存在が、本当に神なのか疑わしく思えてならなかった。
「ふむ。ワシが悪魔にでも見えるか?じゃが、それも仕方のないこと。神も悪魔も本質は同じじゃ。見る角度によって変わるというだけのことじゃよ」
自分は人々の想いを力に変えて戦ったのだ。……何も、知らずに。
ナギサはすっかり打ちひしがれてしまった。
「そんなに気を落とすことはない。魔王だったあやつは元の世界に戻り、中々楽しそうに暮らしておるぞ?」
それを聞いて、ナギサははっと顔を上げた。
「生きて……いるんですか?」
「うむ。異世界から召喚された者は、死ねば元の世界に戻る。そして働きに応じて相応のご褒美が与えられる。これがルールじゃからな」
「よかった……」
ナギサから安堵のため息が漏れる。
「望むなら、ちらっと見せてやろうか?」
神が提案する。
「見られるんですか!?」
あの魔王が生きているのを、この目で確認したい。ナギサは食い気味に身を乗り出して答えた。
神が手を振ると、部屋の壁に映像が映し出された。
「地球では今『ダンジョン配信』とかいうのが流行しているらしいな。魔王も配信者とかいうのになって、楽しんでおるようじゃな」
映像の中では、シュウがモンスターに腹パンを叩きこんでいるところだった。一緒にいる女性は、彼の仲間だろうか。
「髪型と衣装はだいぶ違うけど、あれは確かに魔王……というか、地球に、ダンジョンがあるんですか?」
ナギサは当然の疑問をぶつける。
「ちと事情があってな。地球にもダンジョンが出現し、探索者とかいうのが攻略しておる」
「……本当に、楽しそうにしてますね」
「そうじゃろう?だから、お主が気に病むことはない。ワシはそれを伝えに来たのじゃ。用件は済んだし、ワシはこれで帰るぞ。それではな」
伝えるべきことは伝えたと言い残し、神は現れた時と同様、ふっと消えて去ってしまった。
「地球にダンジョン……。あの魔王も、そこにいる……」
残されたナギサの悩みは消えた。そして彼女はある一つの決心をした。
翌日、勇者の自室で彼女の遺体が発見された。
王宮では少しだけ騒ぎが起こったが、すぐにかん口令が敷かれたことで、事態は速やかに収束した。
国の重鎮たちはこうなることをはじめから予見していた。
この国には、これまでの勇者の記録はある程度残っている。そして彼らは、歴代勇者の大半が、最後には自ら命を絶っているという事実を把握していた。
強大な魔王を討伐するほどの力を持つ勇者が、魔王亡き後に影響力をもつことを彼らは嫌った。そのため、表面上は英雄としてナギサを称えながら、内心では「早く自害しろ」と願っていたのだった。
民衆は勇者が表舞台に出てこなくなったことを、しばらくの間は訝しんでいた。しかし、それも日常に追われる内に、すぐに忘れ去られていった。
◇◇◇
「口座には1000万円。税金の心配はいらないって、神様は言ってたわね」
日本のとあるマンションの一室で、1人の女性が口座の残高を確認していた。
「明日装備を買って、探索者協会に登録しにいって……それで、ダンジョンに行って魔王を探す」
日本に帰還したナギサは、さっそく魔王との再会のために動き出した。
「魔王は今、30層。……絶対に追いついてみせる」
獅童渚の瞳には、燃え上がるような決意の炎が宿っていた。




