面談と耐久
今日は20層から探索だ、などと考えていたのだが、なんと、またしても八継さんが訪ねてきた。
「まだ何かあるんですか?」
少し棘のあるセリフを吐いてしまったが、こう何度もしつこく来られると、配信もままならない。
「本日は任意での同行をお願いしに来ました」
「任意での同行?」
オウム返しになってしまったが、不穏に感じるワードだ。
「失礼しました。梨田官房長官が面談を希望されています。それをもって、真桐さんへの警戒措置を解くことになっています」
「つまり、最後に会って話がしたい、と?」
「そういうことです」
それならいいか。これで終わりにして、攻略に専念しよう。
「わかりました。今すぐですか?」
「車を用意してあります。準備が整い次第、ご同行願います」
◇
ミディアは留守番かと思っていたのだが、一緒についてきた。
俺たちを乗せた車は、とあるオフィスビルの前で停車した。
「こちらのビルの会議室で官房長官と面談していただきます」
八継さんに先導されてビルの中に入る。彼女が受付に何かを見せて、代わりに二枚の入館証を受け取った。
「こちらの入館証を首から下げておいてください」
言われた通りにすると、八継さんは警備員が常駐しているゲートを通って中に入っていく。
エレベーターに乗って15階で降り、廊下を歩いて第三会議室と書かれたドアの前で八継さんが立ち止まった。
「官房長官はすでに中でお待ちです」
八継さんは俺たちにそう告げると、ドアをノックした。
「どうぞ」
部屋の中から、貫禄のある低い男性の声で返事が返ってきた。
八継さんがドアを開け、部屋に入るように促される。
「失礼します……」
なんとなく恐縮しながら入ると、円卓のように机と椅子が並んだ部屋の上座に一人の男性が座っていた。テレビで何度か見たことがある。梨田官房長官だ。
「よく来てくれた。好きなところに座ってくれたまえ」
梨田官房長官に言われ、隣はなんとなく嫌だったので、二つ空けた席に座る。ミディアは立ったままでいるようだ。
「まずは身辺を騒がせたことを謝罪しよう。必要なことだったとはいえ、さぞ煩わしかっただろう。すまなかった」
いきなり謝罪され、面食らってしまう。政治家というのは、もっと偉そうなイメージがあったからだ。
「この面談が最後だ。これ以降は君に対する特別な警戒措置は解くことを約束する。配信の監視だけは続けさせてもらうが、それは許してくれたまえ」
配信の監視は続くのかと考えてしまったが、もの言わぬリスナーが多少増えたところで変わりはないかと思い直した。
「ところで、異世界の話に関してなんだが……」
ここまでは前置きだったのだろう。官房長官は言いづらそうに切り出した。
「神によって召喚されたことや、そこで一度死んだことは、口外しないでほしい。これまで誰かに話したことは?」
「ここにいるミディアと、あともう一人います」
みくちゃんの名前は出さない。すぐに調べられるだろうが、これでみくちゃんに何かするようなら、その時は俺だって腹を括って抵抗する覚悟だ。
「ふむ。であれば、これ以上広げないでほしい。我々としては、今後また起こるかもわからないことで、国民の不安を煽るような真似はしたくないのだ」
神が相手じゃ対策も抗議もできない。被害者が俺一人なら、黙っておくのが一番ってことか。
俺もこれ以上騒ぎが大きくなることは望んでいない。
「わかりました」
俺が承諾すると、官房長官は露骨に安心した表情を見せた。
俺もこれで終わりだとすっかり安心し、だからこそ意表を突かれた。
「――あの、一つだけよろしいでしょうか」
これまで沈黙を貫いていたミディアが声を上げた。
「ミディア?」
「あなた方は、監視だの警戒だのと、やけに上からものをおっしゃってますが……魔王様が平穏を望んでいるからこそ無事に収まっていることをお忘れなく。本来であれば、もう少しきちんとお願いするべきだと、私は思っています」
そう言い放ち、もうこれ以上話すことは何もないというように、ミディアはまた口を閉じた。
「……」
官房長官は眉間にしわを寄せて押し黙ってしまった。隣にいる八継さんは、心なしか楽しそうに見える。
「俺としては、これ以上騒ぎが大きくならなければそれでいいと思っています」
「……そうだな。ミディアさんと言ったか。彼女の言う通りだ。これまで迷惑をかけた。すまなかった」
そう言って官房長官は頭を下げた。
面談が終わり、家に送ってくれるという申し出を断って、そのまま新宿ダンジョンへ向かう。
「ミディア。怒ってるのか?」
「いえ。ただ、ああいう手合いは舐められたら付け込まれます。毅然とした対応が必要です」
「初めて幹部らしいことしてるのを見た気がする」
「見直しましたか?」
「こっちでは必要ない気もするけど。ただ……ありがとな」
「私は魔王様の配下ですので、当然のことをしたまでです」
口ではクールぶっているが、ミディアの頬は少し紅潮し、口元はニヨニヨと緩んでしまっている。
カッコいいと可愛いらしいが共存している。俺は妙なところに感心してしまったのだった。
◇
『【30層耐久】突き進む【シュウ/ShuuMaT】』
面会がいつ終わるかわからなかったので、待機枠を立てる時間がなかった。なので今日はゲリラ配信だ。
「どうもこんにちはー。シュウです」
「ミディアです!」
:いきなり通知きてびびったわ
:今日はないものと思ってた
:ゲリラでしかも耐久とな?
:30層まで一気にいくつもりか
:中層の終盤でも攻略速度は落とさないつもりか
「みんなごめんな。ちょっと用事があっていつ始められるかわからなかったから、待機枠とれなかったんだ」
:ミディアさんに免じて許してやろう
:ミディアさん今日も美しい……
:魔王邪魔だ!ミディアさんだけ映せ!
ミディアにはすっかり『さん』が付けられるようになった。カッコいい系の美人相手にちゃん付けは、さすがに解釈違いらしい。
「今日は30層まで突き進む。だけど、それはあくまで前座だ。俺たちが目指すのは、もっと先だ」
:もっと先?
:まさか
:最高到達階層を更新するつもりか?
:いくら二人が強くてもそれは……
:こことはモンスターの強さがケタ違いだぞ
「これまでの探索者が40層より先で狩りをしない理由は知ってる。でも、俺たちは狩りが目的じゃない。最終目標は、『新宿ダンジョンの完全攻略』だ」
:マジか
:いくら強いとはいえ……
:正気か?
:考え直せ
:4ぬぞ
コメントは俺が掲げた目標に否定的だ。
「皆が『できっこない』って思うのはわかる。これまで誰も成し遂げていないのには理由がある。それでも、俺はやりたい」
「私は魔王様についていきます」
:魔王のくせにかっこいいこと言いやがって……
:そう言われちゃったら俺らは見届けるしかねえ
:俺はミディアさんについていくぞ!
:ミディアさんがついていく魔王についていくぞ
ミディアが賛同したことで、コメントも肯定寄りに傾いてきた。
「まあ、多分楽勝だけどな!」
:これは魔王
:ほんとに楽勝だったらおもろいけどな
:楽勝であってくれ
「さて。それじゃ、今日はここから30層まで、付き合ってくれよな!」
俺はコメントとのやりとりを一旦打ち切り、探索を開始することにした。
「魔王様。アレはまだ言わないんですか?」
ミディアが余計なことを言ってしまった。
まだ配信のことをいまいちわかっていなかったミディアに、みくちゃんのことを秘密にするように言っておかなかった俺のミスだ。
:あれ?
:なんのことだ?
:まだ何かあるのか?
:話せ
:匂わせるな
「ミディア。アレはまだ秘密だ。当日までのお楽しみってやつだ」
「あっ……申し訳ありません。『ネタバレ禁止』というやつですね」
「そういうこと」
:気になるぞ
:隠すな
:吐け
:ミディアさん教えてー
「すみません。秘密なので教えられません」
:そんなー
:くそー魔王のくせに
:仕方ねえ。何かあるのを楽しみに待っておくか
俺たちはコメントとじゃれ合いながら、探索を進めていくのだった。




