政府の動きと約束(一部三人称視点あり)
「以上が真桐周の証言です」
八継からの報告を聞き、会議室は重苦しい沈黙に包まれた。
『神が国民を拉致し、死ぬことを前提とした役割を強要していた』
これが表沙汰となれば、社会を巻き込んだ大きな騒ぎになる。誰もがそれを理解したが故の沈黙であった。
「異世界での力を引き継いでおり、スキル『魔王』はその名残りと思われます。なお、本人に悪性は認められませんでした。むしろ、事態の収束を望んでおり、ただの探索者に戻りたいとすら考えておりました」
危険分子かと思って監視・調査した結果、大問題が飛び出してきてしまった。
藪をつついて蛇を出してしまったと、誰もが考えていた。
「どのように対応されますか?公表は差し控えるべきと存じますが……」
会議の出席者である警察庁長官の長谷部が、議長を務める内閣官房長官の梨田に進言する。
梨田は顎に手をやり、眉間にしわを寄せて思案に耽っている。
「証拠はあるのだったな?不審な入金と、戸籍情報が作られたという」
梨田が八継に向けて問いかける。
「はい。どちらも公的な書類に不備はなく、『存在すること自体が不自然である』点を除けば、形式上は合法的に処理されています」
「ふむ」
会議の出席者たちは声を潜め、梨田の言葉を固唾を飲んで待っている。
たっぷり1分ほどの沈黙の後、梨田は顎から手をどかし、トントン、と机を軽く叩いた。
「物証もなしに異世界を認定するわけにはいかん。よって、神による拉致など存在しない。これが政府としての見解だ」
「――隠ぺいする、ということでしょうか?」
八継が氷の冷たさを帯びた抑揚のない声で問い返す。
「元より、君のスキル以外に確認する術はないのだろう?同様の事例が頻発するならば何かしらの対応が必要だろう。しかし現状はその一例のみ。公表して、むやみに国民の不安を煽る必要はない」
周囲の面々が梨田の言葉に深く頷く。
公表すれば大きな騒動になることは確実。しかし次があるかはわからない。であれば、今は騒ぎを起こさず、当人のケアのみで処理するのが最善。
多少の違いはあれど、出席者の思惑は一致していた。
「真桐周の処遇については、どうされますか?」
「一度私のところへ連れてきてくれ。その面談をもって真桐周への警戒措置は解く。配信の監視は継続するが、これ以上の議論は不要だろう」
「承知しました。真桐周へ任意での同行を要請しておきます」
「では、今日はここまでとする」
梨田が席を立ち、会議室を後にする。
(結局なかったことにするのね。まあ、他に例はないし、ちょっとつまらないけれど、妥当なところかしら)
絶対零度の視線で周囲の出席者を見渡しながら、八継は会議を振り返る。
(国家の動きなんてこんなものかしらね。もう少し面白い展開を期待していたのだけれど)
八継は書類をまとめ、氷の仮面を張り付けたまま、会議室を後にした。
◇◇◇
「シュウさん!こんにちは!」
「みくちゃん元気だね」
俺は今みくちゃんと通話している。
一緒に最深部を目指す約束を取り付けるためだ。
「どうしたんですか?今日は配信してないんですね」
「ああ。実はみくちゃんに提案があって……」
「提案?なんでしょう」
「みくちゃんって今、30層で狩りをしてるだろ?」
「?……はい。それがどうかしましたか?」
みくちゃんは40層に到達した後、ここ数日は他のトップ探索者と同様、30層で狩りをして稼いでいる。
「それで、俺達が今のペースで攻略していけば、40層までそんなに時間はかからないと思うんだ」
「もしかして……」
「そう。40層から先の攻略、一緒にどうかな?」
「それって、43層の先を目指すってこと……ですよね?」
「もちろん。俺は新宿ダンジョンは50層でゴールだと予想してる」
予想が外れる可能性はある。あるけど、それでも50層に到達すれば、俺たちがトップだ。
「40層でちょっと狩りをしてみたんですけど、ソロはまだ無理そうでした」
どうやらみくちゃんは配信外で40層での狩りを試してみたらしい。
「俺たちは1週間以内に40層に到達する。だから……」
「わかりました!」
俺が言い終わる前にみくちゃんから元気な返事が返って来た。
「前にも言いましたよね、勇者と魔王で暴れましょうって。しかもそれで新宿ダンジョンの記録更新って、面白そうじゃないですか!ぜひやりましょう!」
「ありがとうみくちゃん」
「っていうか……私が苦労した39層もあっさり突破しちゃう前提なんですね」
「あっ……それは、まあ、その……」
「ふふっ。冗談ですよ。本物の魔王様ですもんねー。配信でもまだまだ余裕たっぷりって感じでしたし」
「あはは……」
ついこの間みくちゃんが苦労して倒したグレーターミノタウルスをあっさり倒せるみたいな言い方は、ちょっと無神経だったな。
「じゃあ、私はシュウさんとミディアさんが40層に到達するまで、少しお休みしようかな」
「それもいいかもね。40層からはモンスターもだいぶ強くなるみたいだし、今の内に休んでおいた方がいいかも」
「お休みの間は、シュウさんの配信をみて応援してますね」
みくちゃんに見られるとなると、無様な姿は見せられない。これは気合を入れていかなければ。
「じゃあ、40層についたらまた連絡するね」
「はい。待ってます。それじゃあ」
通話を切って大きくため息をつく。みくちゃんと話すのは、まだ緊張するのだ。
「無事に約束を取りつけられたみたいですね」
「ああ。……やばい、めっちゃ楽しみなんだけど!」
「勇者と魔王の血を引く子孫はどちらになるんでしょうか」
「まだ早いというか、そういうんじゃないだろ。俺とみくちゃんは」
ミディアはやれやれといった表情で首を横に振っている。髪を切って顔が見えるようになってから、ミディアが急に感情豊かになったように感じる。
「いいですね。平和な世界というのも」
穏やかで優しい目をしたミディアがぽつりと呟いた。
こんな表情は、異世界では見たことはなかった。




