来訪
「もうだめだと諦めかけた時……、シュウさんが言ってたことが頭の中に浮かんできたんです」
「……」
「それでコメントを見たら、みんなが応援してくれてて……絶対に負けられないって、思ったんです」
今、俺はみくちゃんと通話している。
配信が終わって帰宅したばかりだという彼女から、通話をかけてきてくれた。
「不思議な感覚でした。1人で戦ってるはずなのに、あそこにはたくさんの想いが集まってて……」
まだ余韻が残っているのか、みくちゃんの声はどこかふわふわと浮ついていた。あの戦いの熱が、まだ冷めていないようだった。
「あれが、『勇者の戦い』なんですね……。1人だけど、1人じゃない。みんな一緒に戦ってくれてる。みんなの想いと一緒に……」
「配信観てたけど、あの時のみくちゃんはまさに俺が戦った勇者と重なって見えた。あっちの勇者の方がまだ強かったけど、勇者の輝きは、全然負けてなかった」
「私、あんなに頑張ったのに……あれより強いんですか?異世界の勇者って」
「そりゃもう。俺なんか、塵も残さず消し飛ばされたからな」
「そんなに……。私も、そこまでいけますかね?」
「覚醒はしたし、強くなるのに時間はかからないと思う。それに、こっちには配信がある。リアルタイムで応援されながら戦える勇者は、実質無敵と言ってもいいんじゃないかな」
俺は魔王の力をそのまま引き継いでる俺が言うのもずるいかもしれないが、勇者が配信しながら戦うのは、正直チートだと思う。
勇者は応援されればされるほど、無限に強くなっていく。
「あの時シュウさんに相談してなかったら、私は今頃死んでました。シュウさん……本当にありがとうございました」
「みくちゃんなら自分で何とかしてたと思うけど……。素直にお礼は受け取っておくよ」
「そうしてください。ふふっ」
みくちゃんの小さな笑い声が聞こえてきた。思わず漏れてしまったようだが、何かおかしいことでもあっただろうか。
「急に笑い出してどうした?」
「いえ。シュウさんって、話せば話すほど『魔王』っぽくないな、って」
「言っただろ?俺はただ勇者に討たれるためだけに召喚されたんだ。最終決戦のあの場面だけ魔王らしく振舞えばいい。そう言われたんだ。似合ってないのは自覚してる」
一番大事な場面でセリフを噛む魔王。それが俺だ。
「そろそろお風呂に入って寝ないと。シュウさん。また今度ご飯食べにいきましょうね」
「わかった。また今度。お疲れ様」
通話を切ると、ミディアから何か言いたい事があるような気配を感じる。
「どうしたミディア?」
「いえ。魔王様の覚醒はいつになるやら、と」
「俺の覚醒?そんなものあるのか?」
「勇者と魔王は対の存在。勇者にあるものは魔王にもあります」
「いまいちわからないな。どうすればいいんだ?」
「それは魔王様自身が気付かなければ意味がありません。ですので、私からは教えられません」
ミディアはそれだけ言い残して、風呂に入りに行ってしまった。
「魔王の覚醒……そんなもんがあるのか……でも、どうやって……」
俺の思考は、ろくに乾かしもせずベチャベチャな髪のまま風呂から戻ってきたミディアによって中断された。
◇◇◇
――ピンポーン
翌日。お昼すぎにうちのインターホンが鳴った。
「はーい」
何かを買った記憶もないし、訪ねて来る相手に心当たりもない。
前にも似たようなことがあったなと思い出しながら玄関を開けると、そこには1人の女性が立っていた。
しかし、今回は見覚えがない。
少しつり上がった目が印象的な、冷たい雰囲気の女性だ。
「……」
相手の女性はこちらをじっと見つめたまま、一言も話さない。
「あの……?」
気まずくなって声をかける。
「……失礼。真桐 周さんですね?」
「は、はい……」
見覚えのない相手に名前を知られている。得体の知れない気味悪さを感じる。
警戒心が、急速に高まっていく。
「私は八継 美弥。『日本ダンジョン探索者協会』の理事を務めています。本日は政府からの依頼により、真桐さんとの面談のために伺いました」
「理事……?政府?」
偉い人だということはわかる。だが、突然すぎて意味がわからない。
協会の理事に政府からの依頼。なぜ、いきなりそんな大事になっているのか。
「できれば中で座ってお話しをしたいのですが」
八継さんは冷たい印象そのままに、淡々と俺に告げる。
「あ、はい。どうぞ……」
八継さんに部屋の中に入ってもらい、小さなリビングにある椅子を勧める。
「早速ですが――」
お茶を出す間もなく、八継さんは俺を訪ねて来た目的を話し始めた。
スキル『魔王』について。
職業名のようなスキルを持つ者は、その属性に引っ張られること。
政府が現在、俺の『魔王』スキルを警戒していること。
まずは接触して、どのような人物か見定めようと決まったこと。そして、誰が接触するかで議論になり、選ばれたのが自分であること。
八継さんはそれらを淡々と告げた。
「俺が、この世界で『魔王』として振舞うことを警戒してるってことですか?」
正直、俺は困惑していた。協会で鑑定された時の記録が目に留まったのはわかる。ただ、それで政府が警戒するような大事になるとは……。
「端的に言えばそうなります。過去の事例から言えば、高い確率でそうなるだろうというのが、政府の見解です」
「そんな……俺にそんな気はないですよ。中身はただの一般人なんですから」
「今はそうかもしれません。しかし、今後もそうである保証はありません」
八継さんはただ淡々と言葉を羅列しているだけだ。抑揚がないので、人間と話している気がしない。
「そう言われても……」
「今のうちに真桐さんの身柄を拘束しておこう、という意見も出ています」
「そんな、無茶苦茶な!?」
「今のところ少数意見ではあります。ですが、真桐さんの振る舞い次第では、そちらの意見に傾く可能性もあります」
「……」
「もっとも、実際に今お話ししている私の所感としては、まだ危険視するレベルではないと判断しています」
「そりゃそうでしょう。俺はただのダンジョン配信者ですからね」
「配信は今後も続けてください。その様子は常に監視されますが、同時に、真桐さんが危険分子ではないことのアピールにもなります」
「つまり、俺は今まで通りにしていればいいってことですか?」
配信は監視される。危険だと判断されれば拘束されるかもしれない。だが、今の時点で大丈夫だと判断されたなら、これからも同じように普通にしていればいい。
「そういうことです」
そう言うと八継さんは唐突に立ち上がり、
「今日は顔を見せてご挨拶しにきただけですので、この辺で」
それだけ言い残して帰っていってしまった。
「何やら大事になってきたみたいですねー」
今まで黙っていたミディアが、大したことでもなさそうに言った。
「いきなり政府だの拘束するだの言われたからなあ」
「本気で魔王様が暴れたら、拘束なんてできるはずがありません。おかしなことを言う方でしたね」
「暴れねえよ。普通にしてれば大丈夫って言ってたし、今まで通り普通にするさ」
普通にダンジョンを探索して、普通に配信して、それだけだ。
俺にそれ以上の欲はない。
「いっそこの世界を征服してみては?」
ミディアが物騒なことを言う。
「しねえよ。そんなことより、お前の美容室の予約。もうすぐ時間だぞ」
この後、ついにミディアの髪を切ってもらいにいくのだ。
「今からでも、キャンセルしませんか?めんどうなのは嫌です……」
「だめ。この前も乗車拒否されただろ。こっちで暮らすなら、最低限見た目には気を使え」
ぐずるミディアを連れて、美容室へと向かった。
「まあ!こんなきれいなお顔を隠してるなんてもったいない!」
なお、美容師さんはミディアの顔をみるなりすっかりやる気になってくれたようで、張り切ってミディアの髪を整えてくれたのだった。




